第11話長い物には巻かれてろ。ただし、寛容な奴に限る
国土異能力対策課の本部へ到着した。
見た目は普通の新築のオフィスビル。だが、強力な魔術と魔術陣が幾重にも重ね掛けられ、張り巡らされている。
その中でも強力かつ精巧なのは認識阻害の魔術陣だろう。認識阻害と一括りに纏められてはいるが種類は非常に多く、術者の技量に作用されやすい。この魔術陣を張った術者は、世界に五人もいないだろう。
「俺はここまでだ。千早、後は任せた」
「はいよ」
千早は敬礼で答える。
タクシーを降りると、千早から飾り気のない鈍く光る二つの腕輪を渡される。鎖で繋がれており、腕輪と言うより手錠にしか見えないが。
「それを付けろ、長官からの指示だ。反抗するなよ、面倒だからな。マジで」
「ハイハイ、分かったよ。異能力発動阻害の効果を持った自動発動型の
「ご名答。マジで」
千早から常時観察されるような視線を受けるが敢えて無視する。
腕輪を両腕へ装着し、本部内へと入っていく千早について行く。
本部は白を基調としており、非常に簡素な印象を与える。実際に、入り口に彩り豊かな花が飾られていただけで、それ以上の装飾品などの嗜好品は見られない。
「思ったより地味だな。本部ならエントランスだけでも派手にしとけよ」
「俺もそう思うが、誰も呼ばず、誰にも気付かれずが前提の本部だからな。マジで」
「俺を呼んでしまったけどな」
千早は「まあな」と呟きながら進む。
エレベーターへ乗り、更に進む。そして、立ち止まったのは、とある扉の前。
その扉に彫られている文字を読む。
「長官室」
「その通りだ。お前の言う通り、長官室だ。くれぐれも失礼のないようにな。マジで」
「分かったよ、気を付ける」
「頼んだぞ。マジで」
千早は扉をノックする。
返答するのは、重々しい声音。まるで物理的な圧力を帯びているようだ。流石は、日本における最強の異能力組織の長。
「失礼します!」
千早の声が響く。
その後、開け放たれた扉の先には、鋭い眼光を放つ初老の男。体格、体躯は至って年相応だが、身に纏う覇気は尋常ではない。エラ張った顔はこの上なく厳つく、まさしく実在する修羅。
その男の右手には黒い黒曜石のような光沢を放つ杖。そして、対照的な絹のような白髪。右目には黒の眼帯を付け、左目は金色に輝いている。
「千早、ご苦労だった。下がっていいぞ」
「かしこまりました」
千早は一礼して去っていく。
そして、俺へと視線を向けると、再び口を開く。
「いつまでそこに突っ立っているつもりだ。早く中へ入れ」
俺は男に従うように部屋へと入る。
数歩進むと、自然に扉が閉まる。非常に便利だ。我が家に欲しい。
「お前の武勇は何度も聞いたものだ。今では伝説となり、空想の産物とまでされている」
「俺としてはそれでもいいけどな」
男は含み笑いを隠そうともしない。
「このような形ではあるが、会うことができた幸運に感謝しなければな。偶然ではあるが、異世界との問題に巻き込まれたのだから」
「そうだな、巻き込まれるとは思いもしなかったよ。それはそうとして、俺をわざわざここまで連れてきたのはアンタの指示か?」
「そうだ、私の指示だ。最初は同姓同名の他人と思っていたが、ジョーカーがお前の家へ訪問したことで確信した。しばらく観察するつもりだったのだが、ショッピングモールでの戦闘で状況が変わった」
男は隠さず答える。
「善神騎士団が動き出すのは聞いていたが、俺だけを呼んだ理由はヴァルケン達の戦力の確認か」
「ああ、既に善神騎士団を追い払ったようだがな」
「そうかい、そんなことはどうでもいいだろ。さっさと本題に入れよ。六条院武蔵長官殿」
「私の名を知っているようだな」
「知らない方がおかしいだろ」
六条院武蔵、それは最強の召喚術者。
魔獣使いの異名を持つ異能力者。
それぞれが特異な能力を持つ四匹の獣を使役し、敵を屠る。打ち立てた武功は日本の異能力組織に所属する者の中で最多を誇る。
かといって、本人は一切の戦闘を行わない訳ではない。
右手に持った黒い杖は、強力な
「今回、お前を呼んだ理由は単なる興味と情報の確認だ」
「単なる興味って、そんなに俺は面白いか?」
「面白いとも。あのまま異能力者社会にいたのであれば、栄光も名誉も何もかも、全てがお前の望むがままだったが、お前はそれを捨てた。その真意が知りたい」
「真意も何も、ただ何も考えてなかっただけだ。今になって全てを捨てたことに後悔してるところだ」
六条院は大きなため息を吐き出す。
「とてもそうには思えんがな。私が思うに、お前は栄光も名誉も興味があるようには見えん。もっと他の何かを見据えているように見えてならない」
「期待に沿えないようで悪いが、何も考えてないし、何も見えていないし、やる気でないし。お先真っ暗だよ」
笑いながら「そうか」と返す六条院に、俺は質問をぶつける。
「アンタにはいろいろと聞きたいことがあるが、一つ聞かせてくれ。七年前のあの件、何か知っているか?」
「あの件……か。随分と懐かしいな。知ってどうするつもりだ?公表するつもりか?」
「その反応は何か知っていると、とってもいいのか?」
「どうだろうな」
六条院の表情は変わらない。無表情のままだ。
「脅しはあまり好きじゃないが、覚悟した方がいいだろうな」
「望むところだ。あらゆる苦難を払って見せよう」
「楽しみにしている」
俺は六条院の殺気を宿した突き刺すような視線を無視する。
気付けば自分の口が歪んでいた。嗤うように。
「それが本当のお前か。非常に歪んでいるように見える。神童とは、よく言ったものだ。まるで魑魅魍魎を統べる魔の皇帝だ」
「そうか」
歪んでいるという発言を否定するつもりはない。他でもない自分自身で自覚している。
「それでは本題に入ろう」
「俺はさっきから早く入れって、言ってたけどな。それに──」
六条院は俺の話を切るように、大きく咳払いをする。
「まずは、お前の自宅にやって来た少女について聞きたい」
「俺の質問には答えない癖に、自分の質問はちゃっかりするんだな。それで、俺が答えるとでも?」
「答えないなら、無理矢理にでも答えさせるまでだ」
「外のチビッ子を使ってか?」
「気が付いていたか。ここは流石と言うべきだろうな」
直後、六条院が扉の外に「もういいぞ」と告げると気配が遠ざかる。
「まあ、答えてもいいけどな」
「そうか、それなら頼む」
俺は何の前触れもなく世界強制排除魔術陣に巻き込まれたこと、真美が異世界の魔王であること、ショッピングモールにて襲撃を受けたことを所々ぼやかしながら話したが、気付かれているだろう。ダテに日本最強の異能力組織のトップに立っている訳ではないだろう。
もっとも、何かを隠していることを気付かれただけで、その内容までは分からないだろうが。
「なるほど、何が起きたのかは理解できた。だが、お前は別としても、異世界の魔王たる真美殿を生かしておくことできない。身柄の引き渡しを要求する」
「この件には聖王協会総帥が既に関与している。一度、聖王協会へ話を通していただきたい」
「聖王協会は、いや、ジョーカーは許可を出さないだろう。あの男はお前には甘いからな」
考えるように虚空を見上げる。
「だろうな。まあ、諦めろ。それに、異界からやって来るのは悪意のある妖魔だけではない。人も友好的な妖魔もやって来ることもある。聖王協会は、そういう者達を保護している──」
「それは、聖王協会という組織が大きな力を有しているからこそ可能だ。我々では、いちいち善意か悪意かを見極める余裕はない」
「かもしれないが、彼らはこの世界には存在しない知識、能力を持っている──」
「力ずくで奪えば済む話だ」
六条院は迷い表情で即答する。
「敵は異界からの妖魔だけではない。人の最大の敵は人だ」
「そう言えば、この国は異能力者、または妖魔に憑依された人間の犯罪数が多かったな」
「そうだ。誰も魔境ロンドンには寄り付こうとは思わない。ましてや、善神騎士団という犯罪者に対し、微量の益を与えられれば身を保障までしてくれる国家公認の組織があるのだからな」
「そりゃ大変だ」
善神騎士団も想像以上に腐っているらしい。
仮に、国土異能力対策課が悪事の証拠を握ったとしても、善神騎士団にご子息、ご息女を送り込んだ実家からの横やりが入る。いくら厄介払いで善神騎士団に入らせても、不祥事が明るみに出て地位が失墜すると、不祥事の内容によっては送り込んだ本人も無傷では済まない。
どんな小事でさえ必死に隠したがるだろう。まあ、あまりいい噂を聞かない時点で情報操作は上手くいってるとも言い難いだろうが。
つまり、話を要約すると敵は妖魔だけでなく、犯罪異能力者に善神騎士団もいる。前だけでなく、左右からも攻撃されている状況。世界最大級の組織と言われてはいるが、その内情はかなりキツイらしい。
そりゃあ、長官殿はシビアになるわけだ。
「要は、現状がキツキツだから他に気を使う余裕はないと?」
「その通りだ。我々、国土異能力対策課は聖王協会と違い、世界中から異能力者を集めている訳ではないないからな」
「結果、人手不足か。現実は厳しいな」
六条院は何も言わず視線を逸らす。
誤魔化すようにではなく、まるで何かを考えているかのような表情で。
「思ったんだが、鞍手のオッサンも言ってたが、俺の名前ってそんなに広がってるのか?ジョーカーが必死こいて隠してたはずだが」
「そうだな、お前の情報はジョーカーが幾重にもフィルターを施していたため、自力では情報は得られなかった。いや、少し違うな。異名や抽象的な噂だけは耳にした。ただ──」
「ただ?」
俺は思わず首を傾げる。
「お前が、国土異能力対策課の前本部の襲撃しに来た時に自らで名前を言っていた」
「……そう言えば、そうだった気もするな」
「ああ、だが安心していい。お前の名を知っているのは国土異能力対策課の中でも一握りだ。お前に襲撃を受けた者の生き残りと智だけだ」
「つまりは鞍手のオッサンとあのチビッ子だけか」
「その通りだ」
俺は六条院の表情を観察しながら話を繋げる。
「なら、今の"勇"は誰なんだ?」
「自分で調べろ」
「オイオイ、教えてくれたっていいだろ。早いか遅いかの違いでどうせ分かる。だが、一つ言うとすれば、お前と同等の力を有していると思っている」
「その時間だけでも視線がどこかに固定されるのであれば意味と価値はある」
「性格悪いな」
「それが組織運営というものだ」
「ハイハイ、分かった。それで結局、真美はどうするんだ?」
六条院は大きく息を吐き出し、吸い込む。
「どうすんの?即断即決は大事だよ。俺もどうするか決めなきゃなんないし」
「そうだな、どうするか。お前さえ関わっていなければここまで面倒な事態にはなっていなかった」
「俺だって好きで巻き込まれた訳じゃねえよ。俺は被害者なんだよ、被害者。それなのに、ショッピングモールに行けば襲撃されるわ、帰ってこればこんな場所に連れてこられるわ。ったく、さんざんだ」
「それは災難だったな。ところで、ショッピングモールで使っていた黒い刀は何だ?」
六条院は机の引き出しから数枚の写真を出す。
一枚目は黒刃の展開前の形態。
二枚目は日本刀へと展開した形状。
三枚目は敵であるバリシャの使っていた漆黒の戦槌と白銀のロングソード。
「何これ?アンタもしかしてストーカー?」
馬鹿にするような表情で、ふざけた口調で話すが、六条院の絶対零度の如く冷めきった視線を受け思わず姿勢を正す。
「まっ、まあ、これはあれだな、秘密だ。冷静に考えてみろよ。他人の異能力と
「ご法度?何を馬鹿なことを言っている。私は国土異能力対策課の長官だ。危険因子がいれば聞き出さなければならないのが道理だ」
「言ったら言ったで、今度は製作方法を教えろだの言い出すんだろ?嫌だよ、俺。だって考えたの俺だもん」
「流石にそんなことはせん。個人的に興味があるだけだ。あの
写真から視線を変えない六条院は、表情に変化は見られないが好奇心までは隠しきれていない。
確かに、異能力者にとって
足りない要素を補うことも、持ちうる能力の向上も、身を守るための手段としても、攻撃手段としても、頼るとしたならまず
異能力者の戦闘において、術者の技量が同等同格であったのならば、機転、運を除けば
「強度に関しては敵の身体能力高かったのもあるが、確かに低いな。でも、情報は教えないぞ。何一つな」
「そうか、私もそう簡単に教えるとも思っていない」
「案外、簡単に引き下がるんだな」
「そうか?」
俺は頷いて肯定する。
「監視カメラを見たが、あの程度の力でよく敵を倒せたものだ」
「それはまあ、ご都合主義?」
「何故私に聞く。分かるはずがないだろう。私が疑問に思ったのは、何故全力を出していなかったのかだ。全力で戦えば即座に戦闘は終結しただろうに」
「アレ?監視カメラを詳しく見てない?卯月家の長女が居たんだよ、偶然な」
「卯月家の長女がか?」
六条院は怪訝な顔をしながら俺へと視線を向ける。
「卯月家の長女がどうかしたのか?」
「どうかしている訳ではない」
六条院は顔のシワを深めながら続ける。
「卯月家長女は睦月家次男との縁談が持ち上がっているらしくてな」
「それはかなり前からじゃなかったか?」
「そうなのだが、正式な発表が互いに国立異能力専門学校東京校中等部の卒業日、つまりは今日なのだが──」
「どうせ拗れたとかそんなんじゃないのか?」
「そうとは思えない。卯月家長女だけでなく、その侍女までも側室にする話まで出てきていた。つまり、卯月家は本気で縁談を結ぶつもりだった」
「侍女を側室で本気ってのはいまいち理解できないロジックだが、それよりも睦月家次男ってかなりの問題児って聞いてるが?行く先々で面倒事に中途半端に首を突っ込んで事態を混乱させて去っていくってな」
六条院は、「まあ、そうだが」と呟く。
睦月家は十二の名家の中でも戦闘力に関しては上位に入るだろう。
だからこそ縁を結びたいのは分かるが相手は選んだ方がいい。そうしなければ、共倒れは必至だし。
「まあ、俺には関係ないか」
思わず本音が漏れる。
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