第12話深夜に現れるのは、ヒャッハーな奴ばかりではない


話が大きく逸れているがとても有意義な会談だったと思う。


「もう帰っていいか?聞きたいことは大方おおかた聞けただろ?」

「いいだろう。だが、聞かなければならないことができたら、またお前に聞くことになるだろう。そのつもりでいるように」

「分かった。それじゃ帰るぞ」

「ああ」


六条院は早く帰らせるように手で促しながら、机上に鍵を置く。


「これは?」

「手錠の鍵だ」

「やっぱり手錠だったんだな」


俺は鍵を鍵穴に挿し解錠し、外れた手錠と鍵を机に置く。


「お疲れしたっ!」


六条院は何も言わず、面倒な表情で追い払うように手を振る。

ジョーカーが対策課はしつこく嗅ぎ回っていると聞いていたがそうでもなかったな。


部屋を出るが誰も居ない。どうやら、送り迎えはないらしい。

来た道を辿り、国土異能力対策課の本部から出ようと思ったのだが、迷った。非常にマズイ。

国土異能力対策課の本部は、一見普通のありきたりなオフィスビルなのだが、中は相当な広さを誇っている。勿論、聖王協会の本部程の広さはないが。

てっきり、誰かが送ってくれると思っていただけに、道のりをよく観察していなかった。

現在は食堂にてただただ水分補給を行っている。


どうしよう。

ここは誰かに聞くべきなのだろうが、変に詮索されたくないし。何も聞かず、ただの親切心で、出口まで送ってくれるような人はいないだろうか。

いや、いないか。


「ここいいか?」


唐突にかけられた声の聞こえる方向を見ると──


「なんだ、鞍手のオッサンかよ」


先程のタクシードライバー──鞍手哲二が缶コーヒーを片手にやって来ていた。


「なんだとはなんだ。帰らないのか?もう十一時を過ぎているぞ」

「出口が分からないんだよ」

「そうか、せいぜい足掻け、若人わこうどよ」

「足掻いても不可能なことぐらいあるだろ。対策課の本部を破壊しながらだったら足掻く必要はないんだけどな」

「ならば、送ってやろう」


俺は、驚愕のあまり声が大きくなる。


「アンタがか!?」

「そんな訳がないだろう。俺がお前を助けるくらいなら、自らで命を断った方がマシだ」


俺は思わず「だよな」と口走る。


「俺の仲間はお前に殺された。俺を残して一人残らずだ。むくろの山、流血の海、地に堕ちた右腕、深紅の瞳をした悪魔神月帝。あの光景が瞼の裏に焼き付いて、一向に離れない。何度、お前を殺してやろうと誓ったことか」


鞍手は心の奥底から捻り出すかのように、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「そこまで嫌われてるとはね。何事も因果応報、自業自得だな」


小さく呟く俺を無視するかのように、鞍手は一人の女性を呼び止める。


「星野!コイツを外まで送ってやれ」

「分かりました」


腰までの長さの絹のように美しい茶と金を混ぜたような色彩の髪、透き通るような肌、おっとりとした垂れた瞳、ひときわ目立つ大きな胸、そして、どこかあどけなさを残す顔立ち。

身長は成人女性にしては少しばかり高いくらいで年齢は俺よりも僅かに上。恐らく十八前後といったところか。


「それでは、行きましょうか!」


そして、やけにテンションが高い。

これは、生まれながら持ち合わせている性格なのだろうけど。


女性について行きながら出口へと進む。


「お名前は何て言うんですか?」

「神月帝です」

「鞍手さんと知り合いみたいでしたけど、どういう経緯で知り合ったんですか?」

「まあ、いろいろあって」

「今はどこの高校に通ってるんですか?」

「今日、中学の卒業式でした。高校は……まあ、ぼちぼち決めていこうかと」

「私は国立異能力専門学校東京校高等部に通ってたんですよ!」

「そうですか」


女性の話が止まらない。

ここまで相手に休憩を許さずに、矢継ぎ早に話す人を初めて見た気がする。


エントランスへと到着し別れを告げる。

外へ出ると、やはり真っ黒な星空が空を包んでいた。


「……アレ?もしかして、徒歩?徒歩で帰るの?」


家まで送る人員が見当たらないことからも、そういうことなのだろうが──


アイツら国土異能力対策課は鬼か。ここから家まで、どんだけの距離があると思ってんだ。タクシーで三十分だぞ」


チラチラと対策課の本部を見るが、先程の女性が追い討ちをかけるように、未だに笑顔で手を振っている。

それが決めてとなり、徒歩で帰ることになった。

ヴァルケンへと電話をかけるが、一向に出ない。善神騎士団から襲撃を受けたと聞いたことから、その時に壊れたのだろう。

精神感応テレパシーを使えば一発なのだが、あいにく俺は得意ではない。






三月の深夜は寒い。

両腕を服の上から擦りながら、一台も通らない信号を待つ。

それにしても、周囲からのまとわりつくような粘着質な視線が非常に気持ち悪い。

早く襲撃すればいいものを、何故か遠くから見てくるばかりだ。


「やっぱり来るのか」


道路の向こう側に人影が三つ。

中央に立っているのは男女を引き連れた三十路と思われる男性。無精髭を伸ばした中肉中背の冴えない見た目とは裏腹にその瞳は琥珀色の輝きを放っている。深夜の暗闇の中であることもあり、より一層異様な光景に見える。


人影が道路越しに現れると同時に周囲の気配も俺を囲むように展開する。


信号が緑の光を放つと、男達は俺へと向かって歩き出す。


「君が神月帝だな?」


中央の男が口を開く。

両脇の男女と違い横柄な態度はなく、油断もない。琥珀色の瞳もカラーコンタクトでなければ間違いなく魔眼だろう。

まあ、十中八九どころか絶対にカラーコンタクトなんてつけてないだろうけど。


「そうだが、それがどうした?」

「口の聞き方には気をつけた方がいい」

「それは警告か?」

「その通りだ。我々、善神騎士団の報告次第では君の処遇も変わってくるだろう」


オイオイジョーカー、全然牽制できてねえじゃん。


この髭面のオッサンは、まずは自分と俺との立場の差を理解させるつもりなのだろう。

その後、交渉と言う名の脅迫に移るつもりなのか。


脅迫?この俺に?


思わず失笑が漏れる。


「そうかい、それは怖いな」

「とても怖そうに見えないがな」


左右の男女だけでなく、周囲の気配からも殺気が飛ぶ。


「隠密活動するなら気配を隠さないとダメだろ。素人かよ」

「ほう、気付くか。だが、これ程の数を一人で相手するのは不可能だろう?そこで、君を無傷で帰す方法が一つある」

「それは?」

「異界から来た銀髪の少女の引き渡しを求める」

「何故?」


本当の答えは知っているが、敢えて聞く。


「それが職務だからだ」

「当たり障りのない模範解答だな」


周囲から人が続々と現れる。総数は九。

眼前の男を除き、誰もが嫌らしい笑みを浮かべ、その手に持った拳銃を俺へと向ける。

よって突き付けられた銃口は十一。


「どうだ?我々の要求に応じる気になったか?」

「要求じゃなくて脅迫だろ。答えはノーだ。諦めな」

「非常に残念だ。撃て」

「本当に残念だよ」


十一もの銃声が深夜の街に響く。


「……なんだ?なんなんだ、それは。その能力は映像になかったはずだ」


髭面の男は驚愕しながらも、冷静さを残した表情を向けてくる。

俺は無傷の体を手で払い、周囲の善神騎士団の異能力者を見る。


「無事なのは三人だけか。案外、少ないな。もう少し残るかと思ったが」


周りには、九人もの異能力者が血を流しうずくまっている。


「まさか、銃弾をすり抜けたのか?そのような魔術、聞いたことがないが──」


一人で考察を続ける男に、刃渡り三十センチ程のナイフを向ける女がヒステリック気味に叫ぶ。


「隊長!早くこのガキを拘束しましょう!高貴な私達に危害を加えたのだから口実はあります!」

「不可能だ。危害を与えたのは彼ではなく、君達の拳銃だ。下手に持ち上げれば、問題になるのは君達の方だ」

「それは!それは、実家が上手くやってくれます!」


何?その、実家が全てやってくれるってパワーワード。

俺もたまに面倒事をジョーカーに丸投げすることもあるけど、その後毎回、それ以上の面倒事を押し付けられるのがオチだ。是非ともその言葉をジョーカーに聞かせてやりたい。


沈黙を貫きながら立っている男が再び俺に銃口を向けるが、気にせず髭面の男に話しかける。


「どうする?まだやるか?俺はそろそろ帰りたいんだが。夜も暗いしな」

「そう易々と帰せば、我々の沽券にも関わる」

「お前らのメンツなんざ、知ったこっちゃねえよ。そもそも、勝手に攻撃してきたのも、自滅したのもお前達だぞ。沽券も何も、この時点で既にアウトだろ。理解できてます?」

「貴様!」


その後も女は甲高く叫ぶ。

興奮のあまり、何を言っているのかが分からないがニュアンスだけは分かる。恐らく、さっきの言葉を撤回しろ、とでも言いたいのだろう。

だが、そんなことはどうでもいい。俺は早く帰りたい。


「このままだと埒が明かないし、後日また来てくんない?俺は眠いんだよ」

「我々に帰すつもりがないことくらいは分かっていると思うが?」

「どうだろうな?だが、時には引くことも重要だぞ」

「今、ここで引くことは英断ではない」

「見解の相違だな。何も成せず無意味に死ぬより、恥にまみれ、無様に生き延びた方が大事を成せることもあるだろう」


髭面の男は好戦的な笑みを浮かべる。


「つまり、君は我々を倒せるとでも思っているのか?」

「そう思ってなければ、そんなことは言わねえよ」


未だに立っている善神騎士団の団員達は俺を囲むようにジリジリと動く。


「こんな街中で戦うつもりか?」

「君が大人しく投降すれば終わることだ」

「俺が何か悪いことでもしたか?ここ最近では見に覚えがないんだが」

「君を捕まえれば、有意義な話し合いができると思ってね」

「自分勝手だな。だから、大人は嫌いなんだよ」


左手後方からナイフが飛来する。先程、ヒステリックに叫んでいた女性の異能力者が投げた物だ。

そのナイフは一直線に頭部へ向かってくるが、屈折したかのように曲がり、拳銃を持っている男へと向かう。


「っそんな!」


ナイフは叫ぶ男の胸へと突き刺さり、女が悲鳴を上げる。

男は最後の力を振り絞るように震える腕を懸命に焦点を合わせ、拳銃の引き金を引く。

鳴り響く銃声と地へ倒れる人体。


「これで、後一人だな。それにしても援護の一つくらいしてやってもよかったんじゃないか?」


思わず呆れたような口調で髭面の男に話すが返答はない。

髭面の男はポケットから収縮している特殊警棒を取り出し、右手で握り振り下ろす。

振り下ろされた六十センチ程の長さの特殊警棒の先端には刺のような突起物が付いている。恐らく、レイピアのように刺突用の武器なのだろう。


「足を引っ張るだけの無能は要らん」

「結構冷たいんだな。もうちょい、仲間思いかと思ったけど」


髭面の男は含み笑いを浮かべ、構えもなく唐突に特殊警棒を振り下ろす。

どうやら、特に刺突専用の武器じゃなかったらしい。


振り下ろされた右手を掴み、そのまま背負い投げの要領で後方に投げる。

男は投げ飛ばされながらも、受け身を取り、ナイフを投げつけるが、空中に停止させ、男へと飛ばす。

男は特殊警棒でナイフを弾き飛ばし、地に落ちている拳銃を左手で掴む。

だが、男が引き金を引くより先に拳銃は握りを残し崩壊する。

男は舌打ちをしながら拳銃の握りを投げつけ、自らも俺に接近する。

さっき弾き飛ばされたナイフを再び念動力サイコキネシスで操り手元へ動かし、右手で握る。


近くの車を動かすことも一瞬考えたが、深夜の夜遅くにあまり大きな騒音は立てたくない。銃声が何度も鳴っている時点でもう遅いと思わなくもないが、何故か誰も気付いていないのか、顔を出す者はいないらしい。

まあ、ジョーカーが裏で手を回しているのだろう。

国土異能力対策課はそこまでの余裕はないだろうし。確か、アイツが裏で動いていると耳にしている。


「話に聞いていた以上だな。随分と戦いなれているな」

「ルール無用の喧嘩は、昔から得意なもんでね」


ナイフを逆手に掴み直し、迫り来る特殊警棒から何度も繰り出される突きを捌く。

次第にナイフが欠け、大きな亀裂が入る。一撃が重い訳ではないが、非常に早く鋭い。

その上、異能力を一切使っている気配がない。


「考え事とは随分と余裕だな!」


掛け声と共に放たれた特殊警棒は俺の持っているナイフを木っ端微塵に砕く。


「ヤベッ!」


思わず声を上げる。

そして理解した。この男の行使している異能力を。

それは、強化と軌道指定。

それは、特殊警棒の強度の向上と突きの軌道をあらかじめ決めておき、因果率に挟み込む能力。前者は単純だが、後者は扱いが難しく、効率が悪い。

何故なら、相手の動きを知っていなければ実用不可能であるため、未来予知による行動の特定や確率操作による行動の指定などの能力を持っていなければならない。

つまり──


「お前のその目は、未来視か確率変動のどちらかってことか」


男は答えず特殊警棒を構える。


「それとお前、元は善神騎士団の人間じゃないだろ?」


男の表情が微かに強ばり、視線の鋭さが増す。


「お前、どこに所ぞ──」


突き放たれた特殊警棒を後ろに下がることで避ける。


「っと、危ねえな」

「無駄口が多いようだが、そのうち足元を掬われるぞ!」

「忠告どうも!」


向かい来る特殊警棒を目視しながら、軽く上へ地を蹴る。


「はっ?」


男は特殊警棒を握った拳に乗った俺を見ながら、驚愕の声を上げる。

怯えた視線と変わらない視線、交差する視線が異能力者としても互いの優劣を決定付ける。


「終わりだ」


俺はそう告げると、右手で男の頭部を鷲掴みにし、そのまま路面へと叩きつける。

男の頭部は鈍器で殴られたスイカのように砕け、溢れだした果汁のように血液が広がる。

いくら正当防衛と言えど、やり過ぎたかもしれない。まあ、生き残りはいないし、きっとジョーカーが上手くやってくれるだろう。


よしっ!今日はかなり疲れたし、いい加減帰ろ!


俺が立ち去ろうとすると同時に集まってくる気配。


「……帝、久しぶり」

「んっ?お前、サイレントか?何も変わってねえな」


暗闇から忽然と姿を表したのは、グレーのセーターを見に纏った、異常な程の長身の男。

長すぎる銀髪は背丈の半分まで伸び、顔を隠しているので表情は一切伺えない。

そして、病的なまでに痩せ細った体格から骨が浮き出ている。この、深夜の暗闇であることも相まって現世に蘇った亡霊のようだ。

彼は、聖王協会の幹部の一人。与えられたコードネームはサイレント。そして、序列は確か8だったはずだ。


「……後は任せて」

「はいよ、よろしく頼む」


俺は後始末をサイレントに任せ、その場を後にする。

そして、三十分もかけて走って帰った。

当然と言ってしまえばそれまでだが、非常に寒かった。

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