第9話小物程、生命力の高い奴はいない


「馬鹿な!バリシャが負けただと!?」

「そんなこと、見りゃ分かんだろ」


エンツォは顔を真っ赤にさせ、鬼のような形相で睨んでくる。かなり気持ち悪い。


「何だ!その人を食ったような視線は!貴様は、僕がどれだけ偉いのか分かっているのか!」

「はいはい、もうそういうのいいから。面倒だから」


織姫のいる方向に目を向けると真美が血を流し、倒れている。

真美の顔は蒼白く、まさしく顔面蒼白と言ったところだ。


「その汚いのが素の口調か。それにしても、連れて帰るって言ってたはずなのに、おもいっきり致命傷の攻撃してんじゃねえか」

「何余裕ぶっている!今の僕は、さっきまでとは違うぞ!」


水の膜の中に居るということは、あれが何かしらの効果を持っていると考えられるが、何だろう。

小物臭が漂い、三流感が否めない。

金髪は乱れ、瞳には狂気を宿し、興奮しているのか肩を揺らしている。完全に関わっちゃいけない系のヤバイ奴にしか見えない。


「僕の全力を見せてやる!あの世で後悔するといい!」


エンツォは杖を掲げる。

すると、次第に水の球体が出来上がり、徐々に大きくなっていく。

だが、最後まで大人しくしているつもりはない。


バリシャの持っていたロングソードを念動力サイコキネシスで今放てる最高速度で飛ばす。

ロングソードの能力は未だに分からない。バリシャが使っていなかったこともあるが、選ばれし者感のあるこのロングソードが聖剣の類いであることぐらいは予想がついている。

そのロングソードは容易く水の膜を切り裂き、エンツォの胸に深々と刺さる。


ヤベッ、やり過ぎた。


響く耳障りな絶叫。

ひどくうるさい。


「ゴメン、やり過ぎたかも。予想以上にその水の膜がショボすぎてな」


右に数メートル跳ぶ。

先程まで立っていた場所には、数本の水の槍が突き刺さっていた。

一本が人間の身長を越える長さを誇り、先端部分を見ると、槍よりも薙刀に近い形状をしている。

エンツォに視線を向けると、同様の水の槍が数百単位でエンツォを囲むように展開されている。

水の膜は既に無く、引き抜かれたロングソードの傷を治癒しているかのように覆っている。エンツォの水は、想像以上に便利能力だったらしい。攻守を兼ねるだけでなく、回復まで可能とは思いもよらなかった。


ロングソードを取り寄せアポートで手元に呼び寄せ、左手で握る。


「終わらせるか」

「舐めるな!」


エンツォは水は巨槍きょそうを俺へ向けて飛ばしてくるが、常に二、三本しか飛ばせていない。だが、休む暇は与えてはくれない。

治癒と同時に行っているせいか、その分だけ制御能力が落ちているようだ。まあ、あれ程の大きさの水は槍を形成していること事態が凄いことも、また事実だ。


飛来してくる水槍すいそうをロングソードで叩き落とす。叩き落とされた水の槍は槍の形状を維持できずに床に広がる。

眼前の槍を掴み、魔力操作で干渉を試みるが、瞬時に防がれる。槍の表面にしか魔力を流せないことから、防ぐと言うよりは弾くと言った方がより正確だろう。

思わず舌打ちをしながら、次の槍へ投げ付ける。


織姫の前では出来る限り、能力を使いたくはない。これは、織姫が完全に信用できないと言うよりは、異能力者全体における「自らの能力の秘匿」という常識でもある。

勿論、能力全てを隠すという訳でもないのだが、今ここで能力を見せるのはデメリットの方が大きい。今のままでは、少し強いだけの念動力者ですむだろう。まあ、それだけでも多少の問題はあるだろうが、正体がバレるよりははるかにましだ。

それに、この程度の敵であれば負ける方が難しい。


倒れたいくつかのテーブルをエンツォに向けて飛ばす。

エンツォは槍を数本、床に突き刺すことで防ぐ。

猶予を与えず、礫のようなガラスの破片がエンツォを襲う。

突き刺さった槍がいくつもの大盾へと変わり、ガラスから身を守る。

だが、同時に上方から天井だった物と車が降ってくる。

エンツォは周囲に槍を展開していたため逃げることは不可能。

だが、「これで終わりだろう」という俺の予想を裏切り、エンツォは槍を掴み車へと投げ、軌道を逸らす。


「おぉ、結構やるな」


思わず感嘆の呟きを発した俺を睨むエンツォは、次々と槍を能力で飛ばすと同時に投げ付ける。見栄えとしては美しくはないが、コントロールがいいこともあり、なかなか厄介だ。


ロングソードの剣身で打ち返し、次に迫る槍にぶつけているが、エンツォの周囲の槍の本数は気が付けば残り十数本にまで減っている。


俺は、一気に接近しロングソードを振り下ろす。


「急ぎすぎたな、猿」


エンツォの嘲るような言葉と共に、全ての槍が俺へと向く。

傷口を覆っていた水が引いている。どうやら、完治したらしい。


視界には十七の水の槍。

左手には一振りのロングソード。

容易だ。非常に容易い。


あの槍の特性は遠距離へ飛ばすことが可能であること。だが、一定の距離を越えれば制御が困難となり、他の物体と接触すると槍の形状が保てなくなる。そして、大盾としての維持性能はかなり高かったことからも、制御能力と距離には非常に密接な関係がある。

そして、槍の制御にはエンツォの認知能力が深く関わっていることも分かっている。

たったこれだけだ。

何とかの団長の肩書きは名前負けに感じるが、恐らく何らかの原因で真美と同じく全力を出せないのだろう。


「終わりだ!」

「その通りだ。お前が馬鹿で助かったよ」


エンツォが驚愕と疑問が織り混ぜたような表情をしているが、実際にこの男は非常に馬鹿だ。

異能力者への異能力の直接干渉は非常に難しい。そのため、簡単な異能力ならまだしも、異能力で体内の水分を操作するような複雑な干渉は不可能に近い。

だが、それ程までの耐久力を持つ水の大盾を発現できるのだから、敵を水で覆い尽くし、窒息させるか、捕らえるかすれば大抵の敵はなんとかなる。

やっぱり、こいつは馬鹿だ。


エンツォが槍を放つと同時に、敢えて遠くに置いておいた戦槌がエンツォへ向かう。

戦槌へエンツォの意識が向き、従うように槍の殆どが戦槌へ殺到する。


「しまった!」

「やっぱお前、馬鹿だろ」


残った槍を打ち払い、エンツォへ必殺の右ストレートを放つ。

まりのように跳ね、時折骨が折れる音が聞こえてくる。

内心で、次回からは自重しようと心に誓う。


念動力サイコキネシスをかけた椅子とテーブルで気絶したエンツォが逃げ出さない、ように固定し、真美と織姫の元へ向かう。


「真美の様子は?」

「直ぐに治療を行ったので、大事には至っていないと思います」


息を切らし、額から汗を流しながら織姫は真美の容体を告げる。

真美は眠っているようで寝息を立てている。織姫が眠らせたのだろう。


「ありがとうな」

「いえ、帝さんのご活躍に比べたら私は……」

「人には向き不向きがあるんだし、気に病むことはないだろ」

「そうですね」


織姫は「それにしても」と口にし、純粋な好奇心を宿った満面の笑みを浮かべる。


「帝さんは、高名な異能力者なのですか?とても、戦いなれているように見受けられましたし」

「どうだろうな、高名なのかどうかは俺が決めることではないからな」


織姫はクスッと笑い、礼をする。


「私達を守って下さってありがとうございました」


思わずむず痒い気持ちになり、右手をヒラヒラと振りながらぶっきらぼうな口調で喋る。


「成り行きだ成り行き。そんな大層な奴に見えるか?俺は気分で動く男だぞ」

「私にはとても不器用でとても優しい方にしか見えませんよ」

「直ぐにでも眼科行ってこい」


恥ずかしくなり、話題を変える。


「織姫の連れは、結局間に合わなかったな」

「そうですね、楓ちゃん達が巻き込まれなくてよかったです。その言い方だと、こちらに向かって来てるように聞こえますけど」

「現に向かって来てるよ。後、十数秒もすれば到着するだろうな。まあ、そういう訳で俺達はずらかるとする。じゃあな」


俺は寝たままの真美を両腕で抱き抱え、空間に球状の歪みが生まれ、次第に歪みが周囲を押し退けるように広がる。


「あっ!待ってください!」

「真美のこと、ありがとな」


体が歪みの中に入ったことを確認し、歪みを戻す。

歪みが収束すると、見慣れたリビングに立っていた。

リビングのテーブルには、ヴァルケンにラース、テラが着いている。

真美を黒の革張りのソファーに寝かせるように横たわらせると、ラースから声がかかる。


「どうやら大変だったらしいな」

「まあな。おぉ、ニュースになってるじゃん」

「どうやら、国土異能力対策課の対処が遅れているようですね」

「みたいだな、善神騎士団には可能な芸当とは思えないしな」


ヴァルケンは頷き同意する。


「ところで、転送されてきた物品はどういたします?」

「ショップバッグは真美の部屋に置いといてくれ。他は、と言っても──」

「二人の人物と、杖、戦槌、ロングソードですね」

「ああ」


俺は肯定し話を続ける。


「片方は……多分死んでるな、デカイ方。チッコイ方から情報を聞き出すとするか。それと、捕らえたことは真美には黙っておけよ」


三人のラスボス達から口頭での同意を得る。


「帝、じゃあ武器はどうするんだ?」

「ボクは要らないよ。何よりクールじゃない。魔剣なら貰ってたけど」

「お前に言ってねえよ、テラ。魔剣なら、アホみたいに持ってただろ」

「分かってないね、ラースは。男とはロマンを追い求め続ける生き物だよ。最早、ただの筋肉ダルマって言った方がいいんじゃないの?」

「何だと!オラ!」


何故か口喧嘩を始めたラースとテラを呆れた表情で一瞥しながら、椅子に座る。


「ラースも言っておりましたが、武器はどうなさいますか?」

「アイツに解析を頼むか」

「アイツ、というとあの方ですか?」

「ああ、死の武器商アンダー・コレクターだ」


ヴァルケンは釈然としない表情で問いかける。


「あの方は、あれらが異世界の武器と知れば良からぬことをすると思うのですが。最悪の場合は返すこと無く行方を眩ます可能性もございましょう」

「それについては同感だな。魔道具レリック一つのために家族さえ売った男だからな。ついでに覇王の王鍵ドミネートキーの改造も頼んどくか」

「逃走手段を託してどうするんですか?」


一呼吸開け、口を開く。


「手は打つから心配無用だ。それよりも、転送してきたあれやこれやを隠すぞ」

「何故です?」

「監視カメラにおもいっきり写った」

「なるほど、異能力対策課が直ぐにでも駆けつけるでしょうね」

「そういうこと」


それに、織姫にも直に戦闘を見られた。

結構、ポロッと喋ってしまいそうな感じの子ではあったこともあり、正直かなり不安ではある。一緒に来ていた友人、確か「楓ちゃん達」とか言う連中にまず話すだろう。


虚偽を見破る魔眼を持ち、真美の傷を直すほどの治癒魔術を行使する少女。

まさかな。

間違いなく俺の想像の通りだろうが、現段階では限りなく黒に近いグレーと言ったところか。

十二の名月。その四番目の月。


そう言えば、俺と同年代の名月及び、三皇家さんこうけの子息がいると聞いたことがある。そして、任務として調べさせられたこともある。

脳内の奥底にしまいこんだ情報を引っ張り出す。


「楓って言えば、卯月家の分家の子女の名前じゃなかったか?」

「確かそうだったと記憶しております」

「……独り言のつもりだったが、何故お前が知ってるんだ?ヴァルケン。怖い」

「ジョーカー様から、この国の異能力組織及び、名家のについての情報をいただきましたので」

「そうか、聞いてなかったぞ」

「わざわざ、言う必要があると思いませんでしたので」

「そうですか。まあ、別にどうでもいいけど」


心中で次からは言ってほしいな、と付け加えながらテレビを見る。

画面にはニュースキャスターがショッピングモールの外から現状を伝えている。

ニュースキャスターの手元にある情報によると、空から何かが降ってきた直後、急に車が浮き上がるという未知なる現象が起き、挙げ句の果てには全ての窓ガラスが一斉に割れたらしい。らしいと言うか、殆ど俺がやらかしたことなのだが。


「随分と暴れられたようですね。お怪我は?」

「俺は、勝手に傷が治ることぐらい知ってるだろ?」

「ええ、ですから念のためです。帝を殺せる生命体など存在しないでしょう。あれは、治癒や回復と言うよりも──いえ、何でもありません」


俺から視線を浴びたヴァルケンは口を噤む。

そして、口喧嘩をしながら聞き耳を立てていたラースが口を挟む。


「なあ、帝。お前がいながらに真美が寝込んでるんだ?」

「敵が予想以上に厄介でな。たまたま、その場に居た人に治療してもらったんだが──」

「思ったんだが、異世界の魔王なんだからそれなりの強さを持ってるんじゃないのか?」

「どうやら、この世界に来てから全力を出せないらしい。敵もそう言ってた」


ラースは頷きながら疑問を述べる。


「俺達はそんなことなかったんだがな」

「そうだね、ボクはそんなデバフなかったよ」

「つまり、真美さんのいた世界に何かしらの事態が起こっているのか、もしくは──」

「思い当たる節がないこともない」


こんな出鱈目なことをしたのは、アイツしかいない。瞬時に世界強制排除魔術陣の書き換えを行ったアイツしか。


「そうですか。帝様に心当たりがあるのであれば結構です」

「そんなことよりもよぉ、帝」

「何だ?ラース、お前のその不敵な笑みに悪寒がするんだけど」


思わず後退る。

辺りを見渡すと、興味深げな笑みを浮かべているのはラースだけではない。テラもヴァルケンも同様だ。

強いて差別化するのならば、ラースとテラは笑みを隠そうとしていない。


「お前ら何?揃いも揃って。凄くキモいんですけど」

「帝、女子が弱って寝込んでるんだぞ。頭くらい撫でてやれよ」

「その下卑た笑みがなければ善意で言ってるようにも見えたかもな、ラース」


相変わらず表情を変化させないラース達に辟易しながら話を続ける。


「あのなあ、昨今のハーレム系小説じゃねえんだぞ。下手に女子の頭を撫でてみたりしてみろ。最悪、セクハラで訴えられて性犯罪者の仲間入りだぞ。現実はそう甘くはないの。現実舐めんなよ」

「ボクは面白くないな」

「テラ、俺はな、夢や理想を持たない主義なんだよ」

「出た、口先だけの現実主義者」


テラに図星を突かれ、思わず思考が一瞬停止する。


「最近、気にして──」

「お客様が来られたようです」


どうやら、もう来たらしい。国土異能力対策課の異能力者が。

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