第8話強い奴程いい加減
「姫、大人しく投降してください。私はあなた達のような美しい女性を傷付けたくはない!」
「じゃあ帰れよ。傷付けたくはないんだろ?だったら、お前らが帰れば万事解決じゃねえか」
「猿は黙っていろ!それにしても嘆かわしい。あの麗しの姫がこんな野蛮な獣といるとは!」
男は右手を額に当てながら首を振る。
それにしても酷い言いようだ。猿だの獣だの言われれば、流石に傷付く。
「真美、あの二人はどのくらい強い?」
俺の小さな問い掛けに真美も小声で答える。
「私が能力を万全に使えないことと相性の差もあるけれど、かなり厄介よ。エンツォは搦め手を使ってくるし、バリシャのパワーとタフネスには手も足も出ないでしょうね」
「能力を万全に使えない?」
「ええ、この世界に来てからどこか調子が悪いのよ」
初耳の新情報に思わず苦笑いがこぼれる。
「俺がデカブツやるから、ちっこい方頼めるか?」
「やれるとこまでやってみるわ」
「私も手伝います」
織姫を横目で見ながら考え直すが、今は戦力が多い方が喜ばしいこともまた事実。
「織姫、何ができる?」
「障壁ならいくらでも張れます」
「そうか、真美と協力してくれ」
「分かったわ」
「はい」
二人の声を聞きながら一歩ずつ前へ進む。
「何だ?諦める気になったか?類人猿」
内心、呆れた気分に、思わず頬がひきつる。
「っ何!」
ガラス張りの壁の奥からエンツォへ、自動車があり得ない速さで接近する。
だが、エンツォに届くことはなかった。
「エンツォ、油断するな。これは戦いだぞ」
バリシャが戦槌で打ち返したからだ。
「分かってる!お前が指図するな!」
エンツォは羞恥で真っ赤に染めた顔を震わせながら、冷水器へと右手を向ける。
それと同時に、エンツォへ向けて数多のテーブルを
だが──
「油断するなと言ったはずだ」
バリシャが自らの体を盾として防ぐ。
その後、何事もなく立ち上がっていることから、ダメージは一切ないだろう。元々、常軌を逸したタフネスに顔以外の箇所にはフルプレートの鎧を着ているのだから当然だろうが。
「クソッ!じゃあ、お前があれを何とかしろよ!」
「いいだろう」
バリシャがゆっくりと近付く。
「真美、織姫。確認だが、あの生け簀かねえ緑ローブを任せていいか?」
「任せて!」
「はい!」
俺はバリシャへと視線を向ける。
「場所を変えないか?ここじゃあ、満足に戦えないだろ?その巨体じゃあな」
「そちらこそいいのか?小物を動かすだけが取り柄のようだが」
「言ってくれるな。別に構わんさ。付いて来い」
敢えて背を見せるが、バリシャは何もしてこない。
その代わり行動を起こす者がいた。
「馬鹿め!敵に背中を見せるとはな!」
エンツォは大気や冷水器から集めた水の刃を一斉掃射する。
「させません!」
織姫が結界を展開するよりも先に、透明の殺意は黒き戦槌によって全て叩き落とされる。
「みっともない真似はするな」
覇気を纏ったその声音を向けられれば、並の兵では意識を保つのも精一杯だろう。その点を考慮すると、エンツォはそれなりの実力者なのだろう。小物に見えるのはご愛嬌なのだろう。
ある程度離れてから、二階から一階へと飛び降り振り返る。
「ここら辺でいいだろ?」
「ああ、構わない。得物は無いのか?」
「いや、あるさ、ここに」
握り易さを追求した掌サイズの物体。
目の前のバリシャに見せ付けるように胸元まで上げ、その物体に魔力を流し込む。そして、一気に振り下ろす。
「ほぉ、武器になるか」
「まあな、凄いだろ」
バリシャの視線の先には、先程までと形が変わり果てた黒い物体──日本刀だ。
一メートル程の刃は薄く、深紅の光を放ち、スパークが弾く。反りは大きく、切っ先は大切先の形状。鍔も同様に黒く、上下から半円状に展開している。
これが、俺がジョーカーにも黙ってこっそりと開発していた新型の
「
「それは残念だな。お前は実戦データを取れることはない。今ここで、息の根を止めてやろう」
言い終わると同時にバリシャは肉薄しながら、戦槌を振り下ろす。
振り下ろされた戦槌を後ろに下がり避けるが、猶予を与えずロングソードが突き出される。
辛うじて何重にも対物理障壁を展開して受け止める。その内の半分以上を破られたことに驚きはするが、あくまでも想定内。
戦槌に
そして、黒刃をバリシャの頭部へと薙ぎ払うように振るう。
「って、オイオイ。歯で噛んで止めるって、野生的すぎじゃないか?」
バリシャは噛んでいる黒刃を砕き、気付いたときには後ろへ吹き飛んでいた。
頭から血が流れている。
どうやら、頭突きをされたらしい。
「貴殿は我のことを野性的と言ったが、貴殿も随分と戦いなれているようだな」
「そりゃどうも。俺も一つ聞きたいんだが、何故お前があの緑ローブの手下みたくなってんだ?どう考えてもお前の方が強いだろ」
一瞬の間を開け、それでも答えるつもりはないようにも見えたが、結局口を開いた。
「貴殿には関係ないことだ」
「なら、どうしてクーデターを起こした?」
「これも貴殿が知る必要性はない」
今度は即答した。
どうやら、何も教えるつもりも答えるつもりも皆無のようだ。
バリシャは戦槌を放り投げ、ロングソードを地と水平に構える。
「異界の者よ、死ぬがいい。心配せずとも苦しませはせん。すぐに逝ける」
バリシャは駆ける。
十数メートルもの距離を刹那で詰めるその速度は計り知れない。
バリシャは、白銀に輝くロングソードで俺を突き刺し、血潮を撒き散らした光景を目にしたはずだっただろう。
だが、それは相手が俺ではなく今の平和な世界が基準に囚われた者であったのならば。
三メートルを越える巨体が宙を舞う。
これは何の比喩でもなく、ありのままの事実。
思ったより飛んだな、というのが正直な感想。俺はただ、バリシャの力を利用したのと、僅かに
振り返った視界の先には、起き上がろうとしている小山のような巨大な体躯が見える。
無論、大人しく待つつもりはない。
バリシャが放り投げた戦槌を宙へ浮かせ、容赦なく頭部へと叩き付ける。
呻き声を上げているが、目の前のこの男の目には殺意が色濃く見える。
「まだ諦めるつもりはないらしいな」
「当然だ」
「そうかい、俺はお前の事情は知らねえし、興味もないから終わらせてもらうぞ」
左手にはめた二つの指輪を撫でながら、起き上がったバリシャに告げる。
だが、対するバリシャの顔には不敵な笑みが浮かんでいる。
「フッ、我には第二形態があるぞ。それを分かって言っておるのか?」
「あぁ、そういうパターンね。なるほど」
「恐怖せよ、驚愕せよ、我が力に!」
右腕を振り上げ、突如上げたバリシャの咆哮に思わず耳を塞ぐ。まるで、大気を直接叩いているような振動は、質量を持っているかのように周囲の物体をより遠くへと押し出す。
バリシャの腕は更に四本生え、角はより捻れ鋭く、身体中の筋肉が膨れ上がっている。
その変化に合わせるかのように、鎧も変形していく。
これは、きっとアレだ。次は第三形態とか言い出すのだろう。
最終形態がスリムなフォルムになるのは定番中の定番だし。
「っ!」
バリシャの姿が消える。
「上だ!」
「言っちゃあ不意討ちにならねえだろ」
声の聞こえた方向──上に目を向けると、バリシャは発言通り上にいた。より正確に言うならば、右手で戦槌を振り上げ、左手でロングソードを俺へと向けながら。
それぞれの武器を三本の腕で握っていることから、破壊力が大幅に上がっているだろう。
下がり、ロングソードを避けるが大きく振りかぶられた戦槌が迫る。
宙返りを何度も繰り返し戦槌の連撃をかわすが、予想よりも速さの上昇が高い。
目前には戦槌を振り上げたバリシャ。
後方には天井まで伸びた白亜の柱。
つまり、逃げ場はない。
「覚悟!」
「いや、もう少し先だな。窮鼠猫を噛むって言うだろ」
親指にはめた指輪に魔力を流す。
怪奇は瞬時に起きた。
「何!?」
赤い稲妻が戦槌を蹂躙し砕けた。
直後、ロングソードが振り下ろされる。
その動きには迷いがない。
追撃してくる敵の動きを予測しながら攻撃を最低限の動きで防ぐ。
武器の性能はバリシャのロングソードの方に軍配が上がる以上は、正面からの打ち合いはあまりにも愚策。
その上、あの豪腕から振るわれる破壊力もそうだが、洗練されている剣技も面倒だ。
身体能力で劣っていることから、搦め手を使わなければ負けるが、この暴力の化身に効く搦め手は今の俺には持ち合わせていない。
「その刀が複数本存在するとは思わなかったぞ」
「量産品なもんでね」
既に負った傷を確認する。
切り傷は今のところはない。強いて言うのなら、頭突きで負った傷くらいだろう。
「あの戦槌は思い入れがあってな、恩人の魂が宿っている」
「そりゃあ、悪いことをしたな。けど、お前も一回、雑に放り投げてた気がするけどな。なら、その剣も誰かの魂が宿ってたりするのか?」
バリシャはロングソードを哀愁こもった瞳で眺めながら口を開く。
「どうだったかな。それよりも貴殿、手を抜いているな?」
「どうしてそう思うんだ?」
「勘だ」
「随分といい加減な根拠だな」
思わず面白げな口調になる。
「まあ、確かに本気も全力も出してはねえな」
「ならば、無理矢理にでもその気にさせよう」
バリシャがロングソードを構える。
「諦めろ、お前じゃあ無理だ。お前の力の底はもう見えた」
俺は黒刃を両手に握り、バリシャへと迫る。
響く金属音。
飛び散る火花。
黒刃をバリシャへ投げ付ける。
バリシャは腕の一本で掴み取り、へし折る。
黒刃をまたも
迫り来るバリシャへ、
バリシャは最初に飛んできたテーブルの脚部を掴み、盾としながら走ってくる。
カフェテリアからテーブルと椅子がなくなると、今度は掴んでいるテーブルを俺へと投げ付ける。
飛来したテーブルを蹴り返し、黒刃を投げる。
蹴り返られたテーブルをバリシャは腕で弾き、死角だったはずの黒刃を難なくロングソードを振るい弾く。
返す刃で俺の首目掛けて振るわれる。
それを防ぐのは、先程破壊したはずの戦槌。まるで、空中で縫い付けられたかのように固定されている。
「おっ、案外いけるもんだな」
「なかなか面白い能力だ。それにしても、先程から黒い刀を投げてばかりのようだが」
「量産品の
バリシャは戦槌を無視し、体を独楽のように回転させ、ロングソードを俺へ向けて投げ付ける。
俺は即座に体を仰け反らせながら、ロングソードの握りを掴む。
一瞬逸れた意識が戦槌に干渉している
同時にガラスが割れるような音が響く。
それは、バリシャが
その砕けたガラスの破片はバリシャへと疾走する。
それでも残念ながら、間違いなくガラスではバリシャの鎧には歯が立たないだろう。
無数の刃が獲物目掛け、あらゆる方向から錯綜する。
バリシャは腕で顔を隠し、露出した急所を防ぐ。
結果、第一陣は予想通り鎧に傷一つつけることはできなかった。
「そのような小細工、我の前では無意味と知れ!」
「そうだな、無意味だ。最初から期待してなかったしな」
正直、話を聞くためにバリシャかエンツォ、どちらかは生きて捕らえる必要がある。だが、誇りと信念の塊のようなバリシャは、滅多なことでは素直に答えるとは思えない。
それに対してエンツォは口が非常に軽そうだ。
「どうした、いい加減全力を出す気になったか?」
「本気は出すが全力は出さん。まあ、死なねえように頑張ってくれ」
二刀流、ましてや日本刀とロングソードを同時に使うことなど殆ど皆無に近い。
だが、眼前には戦槌を六本の豪腕で上段に構えた人外。相手に取って不足はない。ましてや、この程度の修羅場など慣れている。
流血も、破壊も、殺意も、、死も、全てはいつも通りのありふれた日常のひとコマ。
思わず口を歪ませる。いや、気が付いたら歪んでいたという方が正しい。
「じゃあな、デカブツ」
俺は黒刃を振り下ろす。
「ハハハッ!どうした、どうした!二人がかりでこんなものか!?」
フードコートでは、金髪の男が猛威を振るう。
エンツォの周囲には薄い水の膜が展開しているが、真美と織姫はこれを攻略できずにいる。
だが、二人の体は傷だらけという訳でもない。それは単に、エンツォが攻撃を当てていないだけなのだが。
「お前と一緒にいたあの不遜な男は、バリシャが殺すだろう。無駄な希望を捨て、この僕と一緒に来るんだ。そこの黒髪の君もだ」
「死んでもお断りよ!」
「激しく同意です!」
テーブルに隠れながら拒否反応を示す真美と織姫。
エンツォは舌打ちをする。
気に入らない。これが、今のエンツォを支配している感情だ。
自分より強いバリシャも。
自分に従わない真美達も。
真美達と一緒にいた帝のことも気に入らない。
全ては自分の下にあるべきだ。
そんな歪んだ思考が終わることなく螺旋している。
「もういい!力ずくで従わせてやる!」
エンツォが杖を床に二度叩く。それにより、収束する大気中の水分。
だが、異変は別に起こった。
ありとあらゆるガラスが割れたのだ。
「何!?何が起こっているの?」
「何が起こっているのでしょう?」
「なんなんだ!一体、これはなんなんだ!?」
「私達に聞かれても分かるはずないでしょ!」
真美は、今ここでこのような異常事態を起こせる人物は思い当たらない。
それでも、ショッピングモール内のガラスだけを破壊など、ピンポイントで行えるのかは正直疑問だった。最早、概念の行使に近い。
悪態を吐き続けているエンツォに視線を向けると、偶然視線が交差する。
その瞳には、底知れない欲望と狂気だけがおぞましく渦巻いている。
「もう、どうだっていい。どうだっていいや。力で捩じ伏せてやる。僕の方が優れているんだって教えて上げるよ。君達の体に直接ね」
エンツォは歪んだ笑みを更に歪める。
「織姫!」
真美の声に反応し、周囲に障壁を張る。
「次はこちらの番よ!」
真美の翳した腕の上方には夜空を凝縮したかのような、美しくも禍々しい球体が一つ。
「させませんよ」
エンツォの言葉と共に、不吉な亀裂音が真美達の足元から響く。
「嘘でしょ!織姫離れて!」
「うっうん!」
織姫が障壁を解いた瞬間、千を越える水の槍が襲いかかる。
瞬時に織姫が障壁を展開する。
それでも、全てを防ぐことはできなかった。
「えっ?真美さん?大丈夫ですか!真美さん!?」
織姫を庇うような体勢の真美の体には、水でできた透明の槍が右肩、左脇腹、左足に突き刺さっていた。
「フハハハ!これが僕の力だ!思いしったか!」
織姫は、高笑いするエンツォに一切の視線を向けず、槍を引き抜いた箇所から手を翳す。
その表情は、まさしく一心不乱。
「その傷を直せる者は僕しかいない。彼女を渡したまえ」
真美の傷が徐々に治癒される。
エンツォの顔に不快感が滲み出る。
そして、織姫を睨み付けながら杖を再び床に二度叩く。またしても形成される千を越える凶器。
そこに気の抜けた声が場を支配する。
「うわぁ、なんかヤベェじゃん。織姫、手を貸した方がいいか?」
「お願いします!」
織姫が声の主へと希望に染まった顔を向ける。
そこには、思った通りの人物が、宙に浮かぶ巨体を引き連れながら歩いてくる。
「そろそろ撤収しないと不味いし、サクッと終わらすか」
そこには非常に面倒そうな表情をしている帝が、あくびをしながら立っていた。
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