第7話面倒事は、遅れてやって来る


「真美様、お似合いでございます」

「そんなことはいいから、さっさと行こうぜ」


我が家のタンスに眠っていた女性用の服に着替えた真美。

白いニットシャツに白いデニム。急拵え感が否めないが、今回はしょうがない。


「そう言うあんたは、かなりラフね」

「そりゃな。出掛けるにはTシャツにジーパンで十分だ。下着で外を歩き回らないだけ感謝してほしいくらいだよ」

「あっ、当たり前よ!」

「その通りですよ。家主が露出狂とは、洒落になりませんよ」

「冗談だよ、冗談。本当にやる訳がないだろ」

「そっ、そうよね……分かってたわ。アハハ」


この反応。真美は俺のことを一瞬でもやりそうだと思っていたらしい。

凄い腹立つ。


「帝様、護衛は必要でしょうか?」

「いらん。自分の身は自分で守る。それに、善神騎士団なり、国土異能力対策課なりが仕掛けてくるのを待つのなら、護衛は邪魔だ」

「かしこまりました」

「真美、行くぞ」

「はーい、分かったわ」


左手親指と人差し指にそれぞれ黄金に煌めく指輪をはめる。

親指の指輪には何の飾りもない指輪。だが、何故か時折赤く煌めく。

人差し指の指輪にはダイヤモンドが取り付けられた指輪。


「随分と派手ね」

「まあな、ただのお守りだ」


俺達は玄関へと向かう。






ショッピングモールへと足を運んだ俺達は、服屋を見て回っている。


「ねえ、次はあそこの店に行きましょう!」

「オイオイ、これで十三店目だぞ!俺の腕見て!ショップバッグ十二も持ってるの俺だからね」


まあ、楽しんでいるのなら別にいいけど。

一歩下がって真美を観察するとやっぱりただの女の子にしか見えない。連れてきて正解だった。

周囲の国土異能力対策課の気配は消えている。このまま帰ったとも思えないが──いや、現時点では俺はただのジョーカーの知り合い。知り合いの時点でただのと言うのはおかしいが、そこまで警戒度は高くないのだろう。


「ねえねえ、似合うかしら?」

「似合ってんじゃね?」

「何で質問で返すのよ」


不貞腐れた表情をしている真美の手には、可愛らしい白いワンピースが握られている。

案外、乙女チックな一面もあるようだ。


「何か失礼なことでも考えてた?」

「いやいや、まさか。俺が魔王様に喧嘩を吹っ掛けるような度胸があるように見えるのか?」

「フッ、あなたなら神にさえ喧嘩しそうね」

「お前が俺に対してどんだけ偏見を持っているのか、一度話を聞く必要があるかもな」

「えー、嫌よ」

「嫌なら、止めておこう」


真美は、ふと思い詰めた表情で店の外を見ている。その方向には、子連れ一家。

小さな女の子が父親と思われる男性と母親と手を繋ぎ、歩いている。その表情は幸せに塗り固められている。


「手でも繋いでやろうか?」

「……えっ?」

「冗談だ。羨ましいか?あの子が」

「別にあなたには関係ないわ」


真美は顔を逸らし口調を強める。


「そうだな、俺には関係ないな」

「だったら、私のことに深く干渉しないで頂戴。それが互いのためよ」

「分かった。真美がそう言うのなら、そうしよう。お互いのために。それと、他に欲しい服は無いのか?」

「無いわ。そのワンピースだけでいいわよ」

「だけでって、俺の金で買うんだけどな」


真美を引き連れ会計を済ます。

これで、真美の私物のために十万は消えた。


「次はどこに行く?」

「そうね、あの店は?」


示された方向を見やるとそこには──


「ペットショップか」

「あの店は、そう言う名前なのね」

「一応、先に行っておくが、あの店では何も買わないぞ」

「どうしてよ?」

「この世界ではな、ペットを飼うことは簡単じゃあないんだよ。最近は、ご近所トラブルも多いと聞くし。取り敢えず面倒だ」


呆れたような顔の真美に更に喋る。


「あのなぁ、ペットだって俺達と同じで生きてるんだよ。ペットを飼うと決めた以上、生命いのち一つ分、余計に背負うということだ。それを投げ出すのは外道のやることだ。人殺しよりもタチが悪い」

「最もなことを言ってるように感じるけど、要は面倒だからって理由を、善人ぶった言葉で正当化してるだけよね」

「冷静に分析するなよ。恥ずかしいだろ。上手く誤魔化せたと思ってたのに」


真美のしらけた視線が俺のメンタルに追撃する。


「はぁ、まあいいわ。あの店はパス。お腹が空いたわ。何か甘いものが食べたい」

「お前は女王かよ」

「違うわ、魔王よ」

「そうだったな。忘れてたよ、その設定」

「設定言うな!」


その後、館内マップを見ながらフードコートへとたどり着いたのだが、真美の純粋な疑問を宿した視線が痛い。精神的に。


「ねえ、迷ってたみたいだけど、あまりここには来ないの?」

「まあな。俺はあまりファミリー向け施設には来ないもんでな」

「へぇ」


真美はそれ以上は何も言わない。


「お前が今、思っていることを当ててやろうか?もし、当てられたら一つ貸しな。外れたら俺に何でも一つ命令していいから」

「ええ、分かったわよ。当てれるのならね」


フードコートの入り口の中央で真美は大きく息を呑む。

周囲からは、凄く迷惑そうな視線を向けられるが、その美貌に思わず誰もが思わず二度見する。


「お前が俺に感じたシンパシーは、互いに苦労したという点以外に、どちらも天涯孤独の身であること、違うか?」

「……少し違うわ。でも、あなたは私よりも恵まれているわ。師匠もいて、ヴァルケンさん達もいて。凄く恵まれている。本当に羨ま──」

「えい!」

「アグッ!」


俺は、ポケットに入っていたペロペロキャンデーを真美の口に突っ込む。

ずっとポケットにしまっていたため、微妙に温い。


「お前暗い、暗すぎるわ、ダークマターかお前。あのなぁ、俺もできた人間じゃねえから、大したことも言えねえし、一生守ってやるなんて格好付けたことも言えねえけどな、気負いすぎて後ろばかり見ても辛いだけだぞ。誰か、ではなく、他でもない自分自身を救うことをまず第一に考えろよ。そうしなきゃ、大事な物ばかりが消えてなくなるぞ。到底アドバイスとは言えない、ろくでもねえ自分本意の意見だけどな」

「美味しいわね、このキャンデー」

「……聞いてねえのかい。まあ、別にいいけど」


フードコートへと歩みを始める直前、耳に誰かの息がかかる。そして、追尾するように「帝、ありがと」と照れたような掠れた声が微かに聞こえた。


「どういたしまして」


振り向くと、顔を真っ赤に染め、照れたようにもじもじとしている真美がいた。

だが──


「やっぱりお前にヒロインは似合わねえな。やっぱり何だろう、どこかが違う。違うんだよな。決定的な何かが欠けているんだよな、うん」

「全て台無しよ!この大馬鹿!」


今まで見たことがないような速度で必殺の右ストレートが飛んでくる。

無駄に洗練された魔力操作で右の拳に魔力を集中させ、威力の増幅を行っているようだ。瞬時に体を仰け反らせてかわすが──


「予測済みよ!」


横蹴りが腹を穿つ。


魔力は纏っていなかったため骨折はしなかったが、数メートルは吹き飛んだ。

休日のショッピングモールで人が飛ぶ。ヤホーニュースで話題に上がるかもしれない。嫌な注目の仕方だ。


目の前には機嫌が悪い魔王様。

俺から献上された数多のスイーツを頬張りながら、殺気を孕んだ鋭い視線で睨んでいる。


「悪かったって、俺も冗談がすぎたことは認める。さっきの賭けは俺の負けでいいから。何でもするから」

「帝、その言葉に嘘は無いわね」

「本当に本当だ。俺は約束は守る男だぞ、マナーは破るけど。それにその甘味の山脈を堪能していただいてるのも、私の誠意でしてね」

「ハイハイ、分かったわよ。許してあげる」

「ほんと──」

「その代わり」


真美はプラスチックのスプーンを俺の方へ向け、話を続ける。


「心の広い私への感謝をしっかりと心に刻んでおくのね。それと、貸しの一つは保留だから。いつか、頼みごと聞いてもらうわよ」

「分かったよ。ありがとさん」

「分かったら、ハイ、あーん」


真美がチョコレートアイスをスプーンで掬い、口元へ近付ける。


「どうしたんだ?お前、頭でも打ったか?フラグを立てたつもりは一切ないんだが……」

「黙りなさい。また蹴られたいの?」

「分かりましたよ。魔王様には逆らえませんからね」


満足そうな表情をしている真美を見ながら、僅かに溶けたアイスの甘味を堪能する。


「真美は、今後どうするつもりなんだ?」

「今後って、これを食べた後?」

「いや、異世界云々が終わった後だ」

「……そうね、何も考えてないわ。もう、あの世界に私の居場所があるかどうかも分からないし」

「信用できる誰かはいなかったのか?」


真美は黙って首を横に振る。


「いたわ、一人だけ。たった一人だけだけどね。けど、多分もう……」

「お前な、俺が何度も明るい方向に話を戻してんのに、それ以上に暗いオーラ振り回してちゃ意味ないだろうが。確かに、さっきの質問は蛇足だったけど」

「ごめんなさい」

「こちらこそ。ところで、後ろの君はどこの誰だ?」


真美の後ろからテーブル上のスイーツを眺める茶色がかった黒髪を団子状に束ねた少女へ視線を向ける。

少女は、花柄の白いワンピースを着ており、おっとりとした清純な印象がより一層強まり、抜群のスタイルもよく分かる。背丈は真美よりも低いくらいだ。


「わっ、私ですか?」

「他に誰がいるんだ?」

「そうですね」

「ツレはいないのか?いるのなら連絡を取った方がよくないか?」

「スマホを家に忘れちゃって」


少女は真美の隣の席へと座り、チラチラとスイーツと俺を交互に見る。

まるで、待てをされている犬のようだ。


「食べていいわよ。私のお金で買った訳でもないし」

「そっ、そんな悪いですよー」


そう言いながらも、少女の手はロールアイスに触れている。


「新しいスプーンを貰ってくるから待ってろ」

「ありがとうございます!」

「何だかんだで面倒見いいわね」

「そりゃどうも」


席を立った瞬間に周囲を見渡せば、あまり喜ばしくない集団がこちらに向かって来ているのが見える。


「ほらよ、これ使え」

「えっ?このスプーン、どこから出てきたんですか?」

「手品だよ、手品」

「凄いですね!」


ネタバラシをしてしまえば、手品でも何でもない。取り寄せアポートを使い、スプーンを手元に取り寄せただけにすぎない。


「ちょっと彼女、俺達と遊ばない?」

「カラオケに行こうぜ、こんな奴なんて放っておいてよ」

「そうだぜ、俺らと遊んだ方が絶対楽しいって」


耳にピアスを付け、髪を派手に染めた三人組が真美と黒髪の少女に話しかける。

それに対する、二人の美少女の反応は淡白な物だった。


「失せなさい、羽虫」

「結構です」


三人組には目もくれず、スイーツを眺める二人の口調には、微かに鬱陶しさが含まれていたことを気付くのは、そう難しいことではないはずだ。


「不味いな」


俺は思わず呟く。


次の瞬間、突如遥か上空から魔力反応を感知する。

真美と、何故か少女も気付いたようで上方を見上げている。

三人組もつられて天井を見る。


「この魔力は何でしょうか?」


少女が疑問を口に出す。

間違いなく、この少女は異能力者だ。

俺は真美に精神感応テレパシーで伝える。


「分かったわ!」


声に出しちゃ不味いだろ。


「あの魔力について何か分かったんですか?」

「あっ?えっ?魔力?何のことかちょっと分からないなー?」


その誤魔化しかたには、かなり無理がある。


「でも、お二人は異能──」

「ちょっと、場所変えようか」


俺は少女を引きずりフードコートの端へと場所を変える。三人組の前で異能力者だの言われれば面倒だ。


「ほら、ここならいい。言いたいことがあるなら言っていいぞ」


俺は真美に視線で「俺がやる」と伝え、下がらせる。


「お二人は異能力者ですよね?あの驚き様はその証拠ですし」

「まあ、正直に言ってしまえばそうだが、何故そう思ったのかの理由は?」

「私、魔眼持ちなんです。固有名は真実を映す瞳トゥルーアイです。能力は、私だけですけど、幻術と認識阻害の完全無効化です。それで、帝さんが特殊な認識阻害をかけていることに気が付いて」


その能力、聞いたことがあるな。卯月家の長女の魔眼は、まやかしを祓うと。

魔眼は多種に渡る効果、多岐に渡る能力がある。所有者は、異能力者全体の中でもごく少数であり、かなり重宝されるが、中には自覚していない者も少なからず存在する。

魔眼は一種の魔道具レリックと考えた方がいいと、かつてジョーカーから教わった。


「また、随分と稀有な物を。ならば、その黒い瞳はカラーコンタクトか?」

「いえ、違いますよ。私の魔眼は黒いんです。あなたの魔眼は赤いみたいですけど。ところで、お二人のお名前を聞いておりませんでしたがどのように呼んだらいいですか?」

「そうだったな。俺は帝、こっちの連れが真美だ、よろしくな。それと、余計なお節介かもしれないが、あまり魔眼でなくても自分の能力を教えない方がいいぞ」

「ご忠告有難うございます。肝に銘じておきます」


少女は美しいく一礼をする。思わず、一瞬見とれてしまうくらいには美しかった。


「ところで帝さん、上空の方達はどうするんですか?」

「向こうの出方にもよるが、お前の連れにもよるな」

「お前ではありませんよ。織姫と呼んでください」

「分かった。織姫の連れはどのくらい戦える?」


織姫は首を傾げる。


「それなりに強いと思いますけど、実戦となると……」

「まあ、そうなるよな。訓練と実戦は別モンに感じるだろうし。戦えないかもしれないな」

「いえ、そうじゃなくて」

「そうじゃないって──来たぞ!」


直後、砕ける天井。逃げ惑う人々。


そこから舞い降りたのは二人の化物。


一人は、筋肉質な巨体の巨漢。床から三メートルを越える高さにある頭部から、捻れた角を生やしている。

黒光りする鎧を全身に纏い、手には黒い戦槌と白銀に輝くロングソードが握られている。

恐らく、魔術的な何かしらの能力があるだろう。


対してもう一人は、背丈も見た目も一般人と大差ない。金色の髪の下から覗かせた表情は、自らへの確固たる自信と他者への軽蔑が見て取れる。右手にはいくつもの刺の付いた槍のような杖を持っている。緑のローブを身に付け、指には派手な指輪をはめ、品がなく輝いている。

巨漢の男が一歩引いた場所に居ることから、この男の方が立場が上なのだろう。


「エンツォ!バリシャ!あなた達が何故ここに!?」


ヒステリック気味に叫ぶ真美に返答したのは杖を持っている男。


「分かっているでしょう?姫。あなたを連れ戻しに来たのですよ。はるばる、遠い世界から」

「連れ戻す?馬鹿言わないで!クーデターを起こしたのはあなた達でしょう!」


男は悲しげな表情を浮かべるが、先に話させるつもりはない。


「オイ!テメェ、どういう了見だ?百歩譲って、ショッピングモールに襲撃したことは水に流すとして、織姫に魅了チャームをかけるのは別の話だろ」

魅了チャーム?私が何故そのようなことをしなければならないんだ?下等な猿に。私はやっていないぞ!」

「真美、どうだ?」

「どうやら嘘みたいね」


真美の真偽の判定で言い当てられた男の顔は醜く歪む。


「全く面倒だな!わざわざ俺が来た理由を教えてやるよ!姫を捕らえれば、姫の体も心も好きにしていいと指令が下ったんだよ!つまり、姫!お前は俺の所有物だ!ついでにそこの女も俺の物にしてやる!」

「御愁傷様だな。同情のあまり、涙が出そう」

「うるさいわよ」

「真美さん、今はあなたの事情を伺いません。ですが、あの二人は一体何者なのか教えて下さい」


織姫は、小さく呟く。


「あの二人は、大きい方が魔国魔王直属正規近衛軍総隊長。小さい方が、魔国魔王直属魔術大隊団長よ」

「肩書き凄いな。それよりも、直属の部隊にクーデター起こされるって、やっぱりお前凄いんだな」

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