仲間だから関係ない


 さあ帰れるぞとかいてもいない汗を拭う仕草をしつつ、いい仕事したわぁと充足感に浸っていればいつの間にか自分で立てる様になったマチルダが長椅子に座るジョン君の右側から私とバーバラがいる左側の方に合流する。

 うーん、私だけまだ座ってるせいでマチルダとバーバラを見上げると途轍もなく首が痛い。実は過去に何度か痛めてる。原因は皆を見上げ過ぎという情けない理由です。早々に顔を向ける事を諦め、もう行く? と声をかける前にマチルダがジョン君に話しかけた。まだ教える事があったらしい。


「あれは初歩であって今度は片足で生成して起動できる様にしろ。左右で出来る様になってから正式な陣生成だ」

「わ、分かってるよ、それくらい」


 ならいい、と満足気にマチルダが会話を締める。おめでとうマチルダ、ジョン君はマチルダの立派な弟子だね。


 一仕事終わった清々しい気分で、さあ帰ろうかと二人に声をかけ立ち上がる。そしてやっぱり立てなかった。また崩れ落ちそうになれば今度はマチルダとバーバラが片手づつ出して支えてくれた。すまねえ。すまねえ。


「なあ、なんでおっさんは」


 近付けるんだ、最後は聞き取れるか怪しいくらい小さい声だったが、聞かずには居られなかっただろうジョン君が呟く。おっさんと言われて片眉を吊り上げたマチルダだったが最後のか細い疑問が聞こえると今度は呆れた顔をした。


「いざとなったら抱えての撤退もありえるし、ちびちゃんが危ない時に触れるのを躊躇したらその隙にやられるだけだ」


 何を当り前なと言わんばかりな声音でマチルダは「それに」と尚も言葉を続ける。


「ちびちゃんは俺達の護りの要だ。失えば最悪は全滅する」


 私の役割を正確に理解して重要な存在だと示してくれるマチルダの言葉が嬉しくて、でもどうしても知っておいてもらいたくて会話に割り込む。


「絶対に私より先に死なせたりしないよ」


 皆の膝が地面に触れる時は私が死んだ後だから。この二年の間に言霊師として培い、自分で掲げた誇りだ。そう自分にもマチルダにも宣言するように言えば、驚いた表情を一瞬だけしたマチルダだがどこか挑発的でいて満足気な表情を浮かべると私の言葉に応じてくれた。


「俺達は命を預け合ってるんだ。ちびちゃんに触れるのを戸惑う奴はうちのパーティにいない」


 ジョン君ではなく私に向って嘘偽りのない真剣な声音でそう言いきったマチルダに心が高ぶり震える。


「マチルダ……!!」


 感極まって無意識に名を呼ぶ。そう想ってくれている事は感じてはいたが改まって言葉として伝えられると、とんでもなく感動する。マチルダ、感動した! 今日のことは全てチャラにするよ!!

 オネエさん達、いや、みんなと一緒にパーティを組めて良かった。今まで何度も思った事だけどキャサリンやカトリーナ達の顔を思い浮かべ、重ねてその幸運に感謝する。


 複雑そうに口元を引き結んでいるジョン君には悪いが、あえて無視して私は感動の余韻に浸っているとバーバラが「ちびさん」と私を呼んだ。緩んだ顔そのままに未だ支えてくれているバーバラに顔を向ければ、優しい顔でいて少し怒ってるような表情をしたバーバラが続きを口にする。


「私も同じ想いですよ。でも先程のちびさんの言葉に一つ訂正をして下さい。私がちびさんを、絶対に死なせないですからね」

「バーバラアアァァァアア!!」


 急速に胸に込み上がる熱い感情のままバーバラの名を叫んで、決して拒む事のない盛り上がった筋肉が主張する広い胸に抱き付く。全力で抱きしめれば珍しくバーバラも同じだけの力で抱擁を返してくれた。

 こんな事をしていたらまた誤解されるとか、伴侶でもない男性に対してはしたない、だとかもうどうでもいい!! 今はこの想いを伝えないでいつ伝えればいいのか!! バーバラ大好きぃぃぃぃ!!


「ちびちゃん俺にはないのかい?」


 バーバラに言葉とハグでありったけの想いを伝えていればこれまた珍しくマチルダが腕を開いてハグ待ちの体勢を取っていた。


「お、ハグしちゃう? 今なら大盤振る舞いだぞー!」


 そう言って今度はマチルダの胸に飛び込む形で抱き付く。女子力しか感じとれない良い匂いのするマチルダをバーバラと同じ様に全力で抱きしめれば、立てない私を支える意味合いが強い抱擁ながらも腕に力を入れて抱きしめ返してくれた。


「でも女にはー?」

「特になんとも思わないな」


 普段は必要最低限の接触しかしないマチルダの本当に珍しい行動に少し感じた照れを隠す様に言えば、いつもの興味なさそうな声音でそう返ってきた。その言い方がツボに入ってしまい堪える事も出来ずに大きな声をあげ、笑ってしまった。

 一過性だったらしい笑いのツボは直ぐに収まり、マチルダから腕を解くとこれが正しいドン引きの構えですといった体勢をしているジョン君と目が合った。いや、フードで目なんか見えないけど。でも今確かに目が合った気がした。

 

「あ、ジョン君もする?」

「しねえし近寄るな!」


 仲間外れにしちゃあれかなと冗談混じりで口にすれば全力の拒否だった。ジョン君からしたら当たり前で至ってまともな反応が、どうしてかまた私の笑いのツボを刺激する。でも今度はマチルダとバーバラも一緒に声を上げて笑った。


 私達三人にひとしきり笑われたジョン君は不貞腐れた声ではあったが改めて陣生成の礼を述べると、隠し切れない弾んだ足取りで依頼仲介所から出て行った。

 それを微笑ましく見送り、さあ帰るかとバーバラに補助してもらいながらもなんとか歩ける様になった足を動かす。さり気無くマチルダもバーバラに掴まってるのでまだ足にきてるようだ。


 さっきのやせ我慢してたんだなと思い至るとまた笑いが込み上げてくる。

 堪えれず少しだけ溢しながら、やっと私達も帰路に着いた。


 

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