日常編

日常編 開幕



 清々しい平日の朝。いつもと変わりない時間に起き、精神的な疲れが取れない上にガチガチに固まって激痛を訴える身体を引きずり階下に降りて、いつもは狭く感じる無人の広い洗面所で身支度を整える。


 そんな平日の朝。いつものように朝食の香りが漂う中、一歩足を進めるのも困難な下半身を無理やり動かしリビングのドアを開け、おはよう、と既にダイニングテーブルに揃って座っているオネエさん達に朝の挨拶をする。


 それがいつもの平日の朝。



 日常編 開幕



 穏やかな朝日が差し込むダイニングで自分の席に着きなんとか朝食を取っているが、私は強制森林お散歩の影響で立派な全身筋肉痛という憂き目にあっている。特に下半身が酷い。怪我を庇いながら歩いた事により普段使わない筋肉を使用した結果がこの様である。いや、スパルタ特訓も影響してると思うけど。


 流石に昨日の事があったから今日はお休みだよね、てかお休みにして。筋肉痛もそうだけど昨日の今日で依頼仲介所に顔を出せるほど私は面の皮は厚くないです。絶対ヒソヒソ噂されてそう。うわ、お家籠ってたい。

 パンを千切りながらお休み、今日はお休み、てか私は絶対休む! と目に力を込めながらアンジェリカに視線を向ければ食後の珈琲を口に運ぼうとしていたアンジェリカと目が合う。

 私の言いたい事が伝わったのかアンジェリカは眉間に皺を軽く寄せて器用に片眉だけ上げ、口を開こうとする。発せられる言葉がどうか休み確定でありますようにと祈りながら見ていると、私の斜め前からアンジェリカの邪魔をする様に声が上がった。

 発言と言うよりそれは最早、宣言と言った方がしっくりくるくらいに堂々と、マチルダが言う。

 

「一週間仕事しないから」


 椅子に斜めに座りゆったりと組んだ足を遊ばせて、テーブルに付いた片肘の手の甲に顎を乗せたいつもの様子でさらりと言ってのけるマチルダは、その宣言で皆の視線を集めて、よろしくっと少し垂れた目でウィンクまでしてみせた。美女力に圧倒される。悔しい。

 そんなマチルダのいつもの調子に流されないアンジェリカが眉間に寄せた皺をより一層深くして鋭く抗議する。


「長すぎる」

「魔術師の繊細なプライドが酷く傷付いてしまってね。癒えるまでとても外を歩けそうにないんだ」

 

 この気持ち分かってくれると昨日言ったじゃないかとマーティンで言いながらアンジェリカに身を寄せたマチルダに、アンジェリカは嫌そうに近寄るなと言うと手で押し返した。


 すごい、マチルダが優勢だ。アンジェリカもマチルダには勝てないのか。珍しい光景を見れた。

 そもそもマチルダは何かあっても基本的に甘受しつつ自分の思うままにする自由人なのでこうやって自分から要求をするのを初めて見た気がする。風呂に入るのをサボらなければ、だけど。


 一週間の休暇。とても甘美で心惹かれる言葉だ。そんなに長い休みはこの世界にきてから経験していない。でもその一方で、私達の責務も気に掛かる。

 これでも元々オネエさん達はこの街で数少ない高難易度依頼も達成できる上位請負人だ。役割がハッキリしている前衛後衛回復とバランスのいい構成に迷い人までメンバーにいるのだから尚更で、いつも受ける仕事は危険な高難易度指定の討伐だったりする。


 それがこんなに休んでしまっていいのだろうか?


 その懸念はアンジェリカも思ったらしく、実入りの良い依頼は受けるわよと言い、ここが引き際かと肩を諌めたマチルダから妥協案をもぎ取った。


 そして私は初めての長期休暇というものを手に入れたのだった。


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