早く帰りたい、切実に

 

 マチルダの腕の中で脱力していると、すぐさま歩き出そうとするので慌てて待ったの声をかけ、コートの中から顔をだす。

 早々来るような場所ではないだろうし、さっき居た街では何も見もせず終わったのでせめて移動陣なるものぐらい見学し見識を広めたい。そうマチルダに伝えれば私が見渡せるようゆっくりと周辺を周ってくれる。

 知っているのと知らないのとでの差は計り知れない。ここには気軽にアクセス出来るデータバンクなど無いのだから。本音はただの好奇心だけど。 


 マチルダ曰く一度も入った事のないギルド内部、その一角に移動陣はあるようだ。さっきまで立っていた場所は石で出来た土俵の様な形で、土俵の中心部には謎の液体でこれぞザ・ファンタジーと言わんばかりに魔法陣が描かれていた。これがどのように発動するのか見れなくてとても残念である。


 へー、やら、ほー、と言いつつ見回していると、もうお終い、と意思表示するようにマチルダは私の体勢を整える様に軽く抱え直し、足早に移動を開始した。


  しんとする静寂の中、マチルダが響かす石畳を歩くコツコツとした靴音だけが広がる。マチルダはキャサリンの様なお喋りではないけれど、さっきから嫌に口数が少ない。口を開いてもマーティンだし。ほんとやめて。知らない人みたいだから。


 少し気まずく感じる沈黙の中、廊下の先から明かりと聞きなれた騒がしさを感じ改めて帰って来たと思えた。明かりの中に踏み込めば、通いなれたギルドの受付広間だった。

 明るさに目を細めていると広間の少し離れた所から聞きなれたバーバラの、でも少し焦りが混じった声が響いた。


「ちびさんっ」


 駆け寄ってきたバーバラにマチルダが私の足が負傷していることを告げると、そのまま荷物を渡す様にバーバラに私を渡した。受付に向かうマチルダを横目にバーバラは広間に設置されているテーブルの席に優しく私を降ろすとすぐに傷の確認に入った。ここだよ~とマチルダのぶかぶかなコートから元ステテコに包まった足先だけ出せばバーバラは悲しげに微笑んだ。



 急に傷を塞ぐと跡が残るのでバーバラは回復術でゆっくり癒してくれる。回復術によるじんわりと温かい心地よさについうとうとしていると、知らない男性の声が私達に話しかけてきた。


「失礼、野良人のちび殿でよろしいですか」


 椅子に座ったまま見上げると、城勤めの官服を着たおっさんと警備隊服を着たおっさん一歩手前な男の人だった。そうですがと返事をすれば今回の小鳥ちゃんが起こした騒動について色々聞きたいらしい。

 帰ってきて早々、今じゃなきゃ駄目なのかと口には出さずにげんなりとした顔をすればバーバラが私の気持ちを代弁してくれる。バーバラ素敵!


「それは今すぐでなければいけないのですか? 見て分かるとおり、ちびさんはこちらに帰ってすぐですし、負傷もしており治療の最中です」 

「お気持ちは分かります。ですが今の現状での確認が取れれば、虚偽の疑いをかけられずにすみます」 


 警備隊の人の言葉は高圧的にも聞こえるが、目を見ればこちらを労わる色だった。それに日本でも同じ事をするだろう。ならさっさと済ますに限る。警備隊の人に分かりましたと了承すればバーバラがお手短にお願いしますと付け足して治療に専念し始めた。


 聞かれることは全て小鳥ちゃんを警備詰所(日本でいう交番みたいなもん)に届けてきたアンジェリカが説明した事の裏取のようだ。私が警備隊の人の質問に答える度に官服のおっさんが無言で手元に抱える紙にペンを走らせている。あらかた聞き終わったのか警備隊の人の言葉が途切れると、今度は無言だったおっさんが口を開いた。


「見知らぬ所に居たとありますがそれを証明できるものは?」


 はあ? 証明ってあの大自然溢れる場所の?

 足に付いた土や草木の成分調査とか出来るんならしてくれ。ここは日本とは発展分野が違うから出来なそうだけど。

 呆れた顔の警備隊の人がおっさんに声をかけるより早く答える声が上がる。少し聞きなれて来たマチルダの、いやマーティンの声だ。慣れたくはない。


「証明は簡単だ、こちらは移動陣を使用している。向うのギルドに確認を取ればいい。それでは不十分というなら街の門兵にでも聞くと良い」



 よぉく覚えている事だろう、とマチルダは皮肉気に言葉を付け足した。ああうん、目立ってたみたいだからね。正直もう忘れたい。

 言われたおっさんは素っ気なくそうですかと言葉を流すとまた質問してくる。


「寝間着とあるんですが確認しても?」


 絶句である。私もバーバラも、警備隊の人も。唯一絶句しなかったマチルダが鋭い批判の声を上げた。


「この場で、女性に、寝間着を、晒せと?」


 この場の空気が一瞬で変わり、ピンと張りつめた。マチルダからただならぬ気配を感じて、足先にいるバーバラに救いを求めて見れば細めた目のまま口元だけ笑みの形にされた。駄目だこれ、もう笑顔になってない。

 当のおっさんは素知らぬ顔で私には妻が居りますからと言った。違う、そういう問題じゃない上に返答になってない。そんな言葉を言ったと知ったらあんたの妻は泣くぞ、きっと。 


 もうさっさと寝間着でもなんでも確認してもらおうかとおっさんに話しかけようとして気付いた。

 やけに広間が静かだ。さっきまでそれなりの騒がしさがあったのにと周りに目をやれば受付員や同業の皆がこちらをじっと静かに見ている。


 え、これ私が思ってるよりなんかヤバいの?!


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