親方!空から非童貞がっ!!……そんな夢を見ていたいんだ

 迷い人。

 異なる世界からこの世界へと迷い込んだ者の総称。


 この世界は異界と繋がりやすいのか元々数百年に数回、迷い込む異界人が居るのだがその異界人は皆が皆、ここより発展した世界の住人だった。早々に異界人の知識や能力に目を付けた各国の上層部は極秘裏に異界人を迷い込ませやすくする術式を研究し意図的に迷い人を増やし、その周期は年に多くて数人にまで上っている。


 異界人の増加により分かった事があった。様々な世界から来る迷い人でも能力が出身によって大まかに分類されていると言うこと。地球出身者で言えば米国人なら物理系、英国人は魔術系、そして日本人は言霊である。ほぼ例外なく日本人は言霊という結果だった。全くもってありきたりである。おまけに個人の語彙力により能力や操作に著しく影響があるので難易度は高い。使いこなせれば万能である、が、沈黙の魔術だけが恐ろしい。


 

 いく手を阻む枝を払い小さいもこもこな動物に付いて行きながら、オネエさん達と調べたこの世界での異界人と日本人の能力知識を思い起こす。改めて意識するとえげつない。もし小鳥ちゃんが発した言葉が《どっかいっちゃえ》ではなく、《貴女なんて死んじゃえ》だったら、と今思うとぞっとする。あの子は能力を覚える前に常識を理解させなくちゃまずい。

 小鳥ちゃんの所属が国なら後見人が付くはずなんだが、国家所属ではない迷い人、通称野良人なんだろうか? 保障や手当、待遇を考慮すれば普通は国に仕える。逆にフリーランスなのが野良人だ。私も野良人の括りに一応入る。初期の頃はこの選択すらなく強制従属だったらしいが先進国の方々が今の状況にもっていったらしい。さすがです、個人主義万歳!


 余談だが、勿論ギルドでも極たまに他国の野良人をみる。私は異界人と西洋人の見分けが得意ではないので専らフレンドリーに話し掛けられる専門なんだが残念な事に異界ほんやくコンニャクは地球人同士では発動しない様で英単語で会話という様である。向うはネイティブな発音でくるので私はほぼ聞き取れないというオチもつく。リスニング力って大事だなって思いました、まる。


 思考の横道という名の現実逃避をしているともこもこな動物が歩みを止め、こちらを伺う様に頭部だけ振り返った。視線が合えばどこか心配げな、こちらを気遣うような色を目に浮かべている。


 とても優しいこ。

  

 言霊で行動が縛られているけれど、私を気遣えとは指示していない。ならこの優しさはもこもこな動物本来の性格なのだろう。純粋な優しさを受けて靴を履いてないまま鬱蒼と茂る木々の中を歩いている足が少し楽になったような気がした。

 今の私の服装は簡素な寝間着、上が膝丈の貫頭衣みたいなもので下は膝上のステテコみたいなものだ。足を保護する為に使える余裕はない。勿論ハンカチなんぞ持ち合わせていない。てかポケットなんて無い。結果、森だか林だかしらんが素足をズタボロにしながらお散歩楽しいな状態だくそったれ。


 私が裸足なのはキャサリンが強制的に布団から担ぎ出したせいだけどな!!


 呼ばれても狸寝入りしていた自業自得の結果なのだがそこは丸っと無視だ。あの状況からこうなるとはさすがに思い至らなかった、てか予想出来る奴が居たらどんだけ危機感持って毎日生きてるんです? 


 もこもこちゃんにありがとう大丈夫と声を掛け、いや大丈夫じゃないけど、足めっちゃ傷付いてるけど! 歩みを再開させた。


 

 清々しい朝の空気が穏やかで柔らかい空気になる頃、木々の隙間にやっと建造物らしきものが遠目に映る様になってきた。正直助かった。私の足はもうとっくに限界を向えている。

 もこもこちゃんと一発で出会ったものだから人の住む場所にすぐに出られるだろうと甘く見ていて素足のまま頑張り過ぎた。足裏を地面に転がっていた枝でざっくりやってしまい、ステテコが簡易靴もどきになった。もっと早くやっておけばと後悔は先に立たずである。

 

 もぎゅもぎゅと奇怪で低い音がもこもこちゃんから発せられ、顔を前に向ければ平野と木々の境についていた。ギャップ溢れるもこもこちゃんの鳴き声にツッコミたい思いもあったが平野のすぐ近くにある街にとてつもない安堵感を覚えてそれどころじゃない。

 自分の役目はここまでと言わんばかりにもこもこちゃんが軽く飛び跳ねて主張した。震える足を無理やり曲げ、もこもこちゃんに手を差し出すと、私の意思を汲む様にそのもこもこした体毛を擦り付けてくる。

 

 「ありがとう、ご苦労様。もこもこちゃんに幸多き生がありますように」


 言霊を使ってそう言えばもこもこちゃんはもぎゃっと一声鳴いて直ぐに木々の合間に消えていった。

 もこもこちゃんを見送り、あと少しだと気合いをいれて街のある方向に振り向けばマチルダが居た。もう一度言う、マチルダがなぜか居た。完全武装しているマチルダがなぜか す ぐ 後 ろ に居た。


「え」


 ビックリしすぎて固まってる私に構わずマチルダは私の頭からつま先まで視線をやって、足に巻いた元ステテコに血が滲んでいるのを見止め、小さく鋭い舌打ちをした。そのまま彼女にしては珍しく乱雑に自身が纏っていたコートを脱ぐと私の肩に掛けた。身長差があるので裾が汚れると断りを入れる前にひょいっと軽い調子で持ち上げられた。俵持ち? ラグビーボールみたいに? 残念お姫様だよ! 誰か私を殺してくれ。 


「ちびちゃん。前、ちゃんと合わせときなさい」


 羞恥から顔を両手で覆っていれば、下履いてないんだからと続けて注意された。歩み出したマチルダの速さなら街まではすぐに着くだろう。渋々、顔から手を離してコートの前を合わせたら、途端にマチルダから楽しげな笑い声が上がった。


「あっはっは! やだちびちゃん、顔真っ赤じゃない」

「この持たれかた恥ずかしくて仕方ないんだよ!!」

 

 そこは見て見ぬふりすべきなのにさすがマチルダ。腹が立つし恥かしいしでコートに隠れる様に頭まですっぽり覆ったら、めちゃくちゃいい匂いがした。金木犀みたいに甘くて、でもしつこ過ぎない。女子力、もとい美女力高いなマチルダ。ガチの戦闘衣装なのに抜かりない。

 マチルダのいい匂いを思いっきり吸い込み、感謝と謝罪と一緒に吐き出した。

 

「マチルダ、ありがとう。……ごめんね」


 助けに来てくれて、ありがとう。

 あんな事を言わせて、ごめんね。


 大事な部分を省略して伝えればマチルダはほんの一瞬だけ身を固くしたが、すぐに察してくれたのか溜息混じりに馬鹿ね、と言う。


「ちびちゃんが謝る必要性はないわ。今回悪いのはぜ~んぶ、あたし達よ」 

 

 いつもは色気を湛える垂れ目を鋭くしながら、まあ大部分はアンジェリカのせいねと咎める口調でいう。マチルダはそう言うがアンジェリカやオネエさん達だけが悪い訳じゃない。確実に私も悪い、悪いは悪いのだけれど今それを否定するべきではない、そう思い空気を壊さないよう調子よくマチルダの言葉に乗っかる。


「なら今日は盛大に労わってもらおうかな!!」


 存分に扱き使ってやる、覚悟しろと言えばマチルダはまた楽しげに声を上げた。ひとしきり笑ったのか、マチルダが笑うたび伝わって来ていた振動が落ち着く。そんなに笑える事をいったつもりはなかったのでマチルダの笑いのツボがよく分からない。さすが魔術師、そう納得しとこ。

 コートの中で一人結論を出していれば聞きなれない声が頭上から降ってきた。


「姫君の仰せのままに」


 ぞくりと嫌な予感がした。発言もそうだしなにより声音が既にヤバい。慌ててコートから顔を出して叫ぶ。


「なんでマーティン!?」


 即座に顔を出したのを後悔した。あ~、これ見たことあるわ~、あ~まんま同じですわ~。

 顔を出して見上げたマチルダの顔は悪ふざけした時のアンジェリカと同じ、にたぁと粘った音が聞こえてきそうな嫌な笑顔を浮かべていた。


 なにも言わずそっとコートに中に隠れる。私の反応でなのか分からないがマチルダは含むような小さな笑い声を漏らす。小刻みな弱い振動を感じながら、現実逃避と重々承知しながら新たな街で出会えるはずだったいい男に想いを馳せた。


 あー、どっかにヤれる非童貞落っこってないかな。

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