降って湧く

 結局、私の日々は何も変わらない。


 朝起きて、宿の仕事をし、眠る。その繰り返しを続ける毎日。そうそう、一つだけ変わった事と言えば、まーくんの頑張りで付いた目覚まし機能で寝坊知らずになりました。


 もう察していただけたと思いますが、また情報収集という名の待機が、私に与えられた今後の行動方針として可決されました。


 非戦闘員として当たり前の事なのに私はどこか納得できない。別に最前線で戦いたいとか、神殿内部に諜報活動しに行きたい訳ではない。


 役立たずだから『待機』と言われている様な気がして――。


 戦力にはならないかもしれない。でも、勇者として戦っているまーくんの力に私もなりたい。たとえまーくんの戦いの大部分が巨乳だとしても。胸以外での協力をしたい、胸以外でだ。


 決意を再確認しながら動かしていた足を止めれば周りは鬱蒼とした森。

 前にスライム退治をしにバイスに連れて来てもらった場所より少し奥に入った所に私は居る。ひのきの棒も勿論持ってきているが別にスライムを倒す事が今回の目的ではない、今日は私ひとりだから護身用としてだ。 


 バイスからの情報ではこの森はスライム以外いないらしい。スライムには飽きたバイスと近所の仲間達は街の反対側に新たな秘密の場所を発見して、目下そっちを拠点にしているとドヤ顔で語っていた。どうしてもって言うんなら連れてってやるぞと上から目線で述べられたお誘いは丁重に興味がないねとお断り致しました。私は孤高のソロプレイヤーなのだ。……嘘ですごめんなさい、ルイーダの酒場があったら即仲間を募ります。


 腰かけるのに丁度いい物はないかと探せばいい感じに倒木が目に入った。表面が苔むし年期を感じさせる、これぞ冒険者が休憩する時にピッタリな雰囲気。苔なんぞ気にしないで座ってみる。少し体重を掛けたらミシッと不吉な音が鳴った。


 老朽化しているだけだ。決して私の体重とは関係などない!!


 空気椅子みたいに下半身が鍛えられる座り心地を嫌でも満喫しながら、ここに来た目的を果す為に右手を森独特の少し湿った空気を撫でる様に動かす。メニューを開く時のピッと鳴るいつもなら気にならない音がやけに響いて聞こえた。


 まーくんは言った。私にも能力がある、って。


 支える力が無いなら、身につければいい。そう私の中で結論がついてから即次の休み、言わば今日、特訓の為にここに来た。誰も来ない穴場だ。ぶつぶつ一人で呟いても声や人の気配を気にしなくていい、まさに最適な場所である。バイス様、感謝します。 


 「――まずは認識、か」


 二人とも同じ能力かは分からないけど、まずは試してみない事には始まらない。練習方法さえも分からないのだからがむしゃらだっていい、やってやる!


 手に持ったいるひのきの棒を正面に掲げ、向かい合う様にする。いきなり、このひのきの棒をロトの剣にしようなんて無謀な事は低学歴な私でもしない。

 


 《この、ひのきの棒は力を込めて振ると、衝撃波が出る》



 こうカマイタチっぽいのが! イメージは完璧だ。


 私は、信じて疑わない子供の時のピュアな心を思い出し、その気持ちのまま女将愛用ひのきの棒を構え、真正面にある木に向かって、空を切る音と共に振り下げた。


 ブンッ、と鳴った。……それ以外、特になにも起こらない。


 ふっ、予測の範囲です。一度で諦めるほど私は何かを悟った訳ではない!


 オラッ、次!! 目標の木に向かって私は色々な体勢や、剣筋(棒筋?)を変えながらブンブンと音だけが量産される、傍から見ればさぞ滑稽だろう事を続ける。


 場所をここに選んで本当に良かった……!        

  

 台詞付きで殆どを試したが、変わらない。運動不足が祟り、フウハアと肩で息を上げながら小休憩の為にまた苔むした倒木に腰を落とす。疲弊した下半身では上手く加減が出来なかったのか最初よりも激しい不吉な音が尻の下からした。

  

 初っ端から衝撃波はやっぱり無謀だったかな……。


 呼吸を落ち着かせながら次はどう試そうか考えていると、木材が激しく叩き壊される様な音が突然辺りに響いた。淡い期待をしながら視線を正面の木に向ける。


 ……成功?!


 そう思いかけて、直ぐにそれどころではない状況に陥っている事に気づいた。


 木が……こっちに倒れてきてるんですけどーーーーー!!!!


 メキメキ音を鳴らしながら迫ってくる木を咄嗟に右に避ける。結構ゆっくり倒れてくれたおかげで私でもなんとか対処が出来た。……木が倒れた場所が私から1mくらい離れていたのは幸か不幸か。


 今更ながら恐怖で足が震えてきた。木の検分は震えが収まってからと、またさっきと同じ木に腰かける。座ったと同時に私の右側を鋭い風圧が通り過ぎ、今度はドンッと何かが地面に落ちた音が腹の奥まで響き、衝撃が伝わった。何が起きたのか一瞬、分からなかった。


 呆けながら右側に突如倒れてきた大木に目を向ける。大きい。


 見上げるほど大きいのに、大きいのになぜその向こうに空ではなく違うモノが見えるのだろう。しかも見覚えがある、モノ、だ。


 遠目で見てもすっごく大きくて、黒くて、見覚えのあるモノな~んだ?


 脳内でまーくんの声で再生されたその問いかけの答えは――。



 「バハム……ドラゴンです。ありがとうございました」 



 最後にこれだけは主張させて下さい。


 別に私は戦闘に参加したい訳ではない。断じて違う。


 



 私は心の中で謝った。



 ごめん、ママだめかもしれない。


 


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