必要ない時
還る時は絶対に二人一緒です。
その目のまま、力強く、まーくんはその言葉を続けた。
だからだろう、だからまだ私は自我を保っていられる。
でも感情は違う。心に色々な気持ちが一気に混ざり、グチャグチャ絡んで駆け巡る。はっきり言って何か考えるなんて事は出来ない、邪魔をしている心を理性で何とか抑えるので一杯だ。
今の私はまーくんの言うことをただ聞くことしかできない。
私の様子を少しうかがっていたまーくんが私の座っている椅子の横に立ち、左手を私の右肩に軽く乗せた。手から優しく伝わる温もりに少しだけ身体の強張りが和らいだ気がする。
「石田さん、前を見てみて」
聞こえる声に従って足元を漂っていた視線を前に、まーくんがさっきまで座っていたベッドの方に向ける。向けた先で私は目を見開いた。
そこの空間一面に文字が羅列している。
薄い枠組みに整理され、何かの映画で見た近未来の情報端末画面に似たようなヴィジョン。文字の向うに透けて見える景色が今いる与えられた自室じゃない、ああ、ああ、これは。
「……俺の住んでる市だよ」
高台の公園からだろうか、緑に囲まれた高度のある場所から見下ろす形で副都心みたいに栄えた街が見える。戻りたいと願ってやまない、私達の文明社会日本、生まれ育まれ、いずれ眠る大地。
「一時だけのまやかしだけど……今だけだよ?」
そう言って幼い笑顔を私に向けるまーくん。でも辛そうな目をしてる。その目を正面に向け、右手を前に突出すと右に振り払う様に動かした。
その瞬間、前面にあったまーくんのメニュー画面と思われる映像の両端が、球を作るみたいに私達の周りを囲む。
反射で目を瞬き、次に映る光景は360°の展望。
「幻影にすぎないけど。居る場所はいっしーの部屋のままだからね?」
現実と錯覚し始めていた私にまーくんは釘を刺す。それでも、それでもよかった。一回でもいいから、見たくて仕方がなかった。私の世界。
「……まーくん、ありがとう」
もうちゃんと発音出来てないとか気にしないでまーくんにお礼を言った。ひり付いた喉とかぼやけ過ぎた視界とか関係ない。私がお礼を、今、言いたいだけ。
「一緒に還ろ、俺達の世界に。二人で」
視線は正面のまま、まーくんが力強く言うと同時に、右肩に乗せられた手にほんの少し力が込もった。やっぱり返事が出来なくなった私はただただ頭を上下に振ってそれに答える。
そのまましばらく、二人で目に映る光景を眺めた。
今は、会話なんか必要なかった。
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