日本人が二人
昼間、通りを歩いていた彼が目の前にいる。同じ黒目黒髪、この世界に居るからこそ分かる、同民族独特の雰囲気。
「…………」
「…………」
え? この沈黙どうしたらいいの? なんでこんな日本独自の気まずい雰囲気になっちゃったの?
あれか? お見合いの席で後は若い人同士でっていう無茶ブリされた感覚なの?! それとも噂に聞くネット仲間や文通相手とリアルで会った時の何とも言えない雰囲気ってやつですか?!
今更だが自己紹介するべき? 初めましてって言った方がいい?
実際に話すのは初めてだから変じゃないよね??
「……えっと、あの……初めまして? ゆ……勇者さん?」
言ってから気が付いたけど私、彼の本名知らなかった……。
「あ、えと、はい。初めまして、石田さん。……ひょっとして俺の名前、ご存じ無いですか? 一応まとめの方で人物紹介コンテンツに載ってるんですが……」
「す、すみません。あんまりそこら辺は見てなくて……スレでの印象が強くて勇者として認識してました」
「……あ、いえ、はい。そうですよね、すみません。では改めて自己紹介しますね。石田さんと同じ関東在住で普通の会社員してる独身22歳、学(マナブ)と言います。苗字は流石に危ないので名前だけですみません」
これぞ日本人、という会話だ。すみませんという言葉が久々すぎて泣きそう!
結構長くこっちに居るが今の今まで「すみません」という単語を聞いた事がない!!
普通の自己紹介なのに彼との会話は色々と私の琴線を刺激する。なんか泣きそう。
勝手に滲む視界を我慢して、少し気になった事を含めて私も自己紹介をする。
「いえ、ご丁寧にありがとうございます。知ってらっしゃると思いますが私も自己紹介を。関東住みの主婦で29歳石田弥生です。就学前の息子が一人います。……あの、苗字が危ないってネットだからですか?」
そこが気になった。今は別に大衆の目に晒されるネットの場ではない。苗字を教えてくれないって拗ねている訳ではない、私も本名ではない。ただ妙にソコが引っ掛かった。
「すみません、やっぱり気になりますよね? でも良かった、石田さんがこっちでは旧姓の苗字だけを名乗っていてくれて。あまりいい事じゃないのでスレの方でも言ってないのですが……」
そこまで言いかけて勇者こと学君(この名前を聞くと学生時代の頭のいい同級生を何故か思い出す)は「今夜は長丁場になりそうなんで」と、言いながら上着の内ポケットをまさぐってポットとカップを出した。
どこから突っ込んでいいか分からない位、おかしい。主に内ポケット! ドラ○もんが四次元ポケットからなんか出す時の物体の歪みを今リアルに目撃したぞ私!!
「あ、これ便利でしょ? これの事も追々話しますから先ずは苗字から行きましょう」
受け取ったカップに学君が注いでくれたのは珈琲だった。
ずっと飲みたくて渇望していた珈琲。視界がぼやけて鼻水が垂れてしょうがないが学君はその事には触れず、「牛乳と砂糖いりますか?」と聞いて来たから「牛乳だけ」とちゃんと発音出来たか怪しい返事をして、焦がれた珈琲をカフェオレにして飲んだ。
それからは彼の独擅場だった。私の顔色を見て分かってなさそうな所は捕捉をしたり、分かり易い例えで理解を促してくれたり、教師というより企業のプレゼンを思わせる話し方だった。プレゼンなんかに参加したことないけど、多分こんな感じだろう。
「こうやって喋れるのが嬉しくて長々と説明してしまいましたが、要約すると本名の姓と名の両方を知られると魔法で色々監視されちゃうって訳。俺の場合、教えなかったから今回みたいにパーティって形の監視が付いた」
最初から要約して言ってください。ついでに話してる内に彼の敬語は崩れていき、いつもの
勇者様w的な口調に変化した。
「高い確率で洗脳、服従的な事も出来ると思う。召喚なんてぶっ飛んだ事出来るんだから魔術のレベルはかなり高いよ、ここ。それが間違った方向なのが痛いけど」
「それは同感」
「んじゃ能力的な話しね。俺の事チートっていうけど、石田さんもチートだと思うよ?」
「はあああ???!!!!」
間髪入れずに反応してしまった。これには反論しか出来ない!
「はいはい反論は後で。俺の能力ての? なんだと思う? ゲームみたいに特技やスキルではないんだなーこれが。属性もなにもない、能力は一つだけ。」
そこで学君はまた間を空け、珈琲に口をつけた。ついでに彼はブラック派だ、胃が傷むから牛乳入れなさいと注意したらお母さんがここにいる!と茶化してはぐらかした。
学君がカップから口を離して言った続きは、私にはよく分からない事だった。
「《認識》する能力。だと、俺は思ってる。この内ポケットの原理は、有名な四次元ポケットだと認識したから、この内ポケは四次元に繋がって物の出し入れが《出来る》。思い込みと似てるけど決定的に違うのは《そうである、と確信している》ってのがポイント。出来るかな? なんて思ってちゃ出来ない。出来て然るべきって認識でいないとダメ」
そんなん難しいから俺はハマってたゲームを土台にしてる、そう付け加えて学君は内ポケから焼き菓子を取り出して食べた。呆然としながらも私は差し出されたそれを受け取り、口に入れた。美味い。先に咀嚼し終わった学君が言葉を続ける。
「皮肉なのが勇者って立場にされたからこの能力に気が付いたってとこ。最終的に自棄になって勇者なんだから出来んだろっ!て色々試したのがなかったらヤバかった。認識するまでは持ってたノーパソでしかスレに行けなかったし、そこん所は石田さんに感謝。石田さんが気合的な何かでアクセスしてるって事実で、俺にも《出来て然るべき》って認識させた」
だから、ありがとう。
照れくさそうにハニカミながら彼、学君が私にお礼を言う。
それを聞いて私はこちらこそ、ありがとうと言おうとして言葉が出なかった。
「…………まいったな、なんか俺マズッた? ……ごめんね? 土下座して謝るから、石田さん?」
違うと伝えたくて左右に顔を振って意思表示する。
まだ声は出ない。のどがキュッと締まった感覚が続いている。
ボロボロと零れるのが煩わしくて顔ごと両手で覆って隠す。
「……だから…………泣かないで?」
そう呟くようにしか聞こえない学君の声も、……少し震えていた。
嬉しかった。嬉しかったの。
私でも、彼の役に立てて。
学君ごめんね? 涙はしばらく止まらなそうだ。
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