徹夜明けはおかしいと言う事に気付かない
草原。平野。広大な世界。明るくなっていく空。ゲームでは心躍る初めてのフィールド。
そう、冒険の始まりだ。馬車なども通るのだろうか広く歩きやすい道で足を動かす。
『この道をまっすぐ行けばマシエドの街に着くからね』
隣街の名前。そんな名前だったのか。歩みを止め、今までお世話になっていた宿屋のある街? 国? に振り返る。
そういえば此処はなんて名前だったんだろう。
レッスに説明されたはずなんだけど、全くと言っていいほど覚える気すらなかった。恨みこそすれ、愛着など到底湧かない。女将さん達がいる、その為だけにマシエドの街に着いたら少しだけ調べてみよう。それだけ考えてまた前を向いて歩きだす。
大人の足で昼位には着く近さらしい。らしいという表現なのは私は大人だが、ここの世界の大人とは体格が違う。散々子供扱いされるのもそのせいだ。奴らは揃って西洋体型、といえばいいのだろうか? コンパスがまるで違うのである。自分の身長から割り出してみたら、女将さんは170㎝近く、旦那さんは女将さんから10㎝位高い。レッスなど旦那さんより明らかに高かった。それに比べて160㎝に満たない自分である。
やめて! 私の首はもう瀕死よ! 何度声無く叫んだ事か……。
「一般人がみんなスタイル抜群、おまけに美形とかどんだけチートなんだ」
早速、最近覚えた単語を使い、ブツブツ呟きながら手に持つ棒を振り回した。
棒。宿屋から出る時に女将さんから渡された警棒みたいな真っ直ぐな一本の棒。
変な人や魔物が近付いてきたらこれで追い払いなさい、と女将さん愛用だという棒。握りの部分に布が巻かれた(使いこまれた痕跡有)、先端が丸く加工された打撃専用の棒。
どこからどう見ても、ひのきの棒です。本当にありがとうございます。
初武器がディーキュー5主人公初期装備とか、どんだけ。ありがとう、たぎります。
歩きながらメニュー画面を開けば、装備項目に激しく悶えた。
E ひのきの棒
E 布の服
にやにやが止まらないのは徹夜テンションのせいである。そう納得させた。
歩けど道。道。お天道様が天辺にいらっしゃるのに街のまの字も現れない。木がちらほら生えていて少し先に林が見える位には風景は変化したのに。このままでは不味い。暗くなるのだけは頂けない。松明とか無いし。
こっちの世界に来てから半年近く、絶賛アナログ生活していたので体力は前より上がったと信じてペースアップの為、田舎で歩く速度から東京駅での歩行速度に切り換える。
…暇だ。
せかせか動かす足を余所に上はとても暇だ。
ここの世界に来てからゆっくりと考える事を放棄していた。生活の為と身体を動かして、くたくたになるまで宿屋を手伝い爆睡、を繰り返していただけ。還りたいと願うだけで手段さえ考えないで。暇に任せて少しだけ思案してみる。
屑共は救世主(勇者様)を欲しがって拉致をしていた。(過去形。勇者拉致成功させてるし)
魔王うんたらいっていたけど、宿屋にいた時に魔王とか魔物がとか私は聞いた事が無かった。テンプレじゃ、
魔王誕生→魔物超元気なる→人が襲われる ←イマココ
ではないんだろうか?
昨日のお客さん達だって、疲れた~とか腹減った~とか明るかった。ぶっちゃけ、これで幾多の魔物を屠った…的な使いこまれた武器とか見た事ないし。
現に今だって、一度も魔物なんて現れていない。
丸くて青い、ぴょんぴょん跳ねる魔物に会うのを少し期待していた私のやるせなさ。諦められなくて周りをキョロキョロ、道いなし、平原いなし、林いな……
…い、や、え? なんかいた。
黒くて、遠目に見ても……その、…すごく、おっきいです。
そうですよね。別にゲーム的始まりの町に居た訳じゃないですしね? だからってだからって、これは反則じゃないですかね?
どう見てもドラゴンです。ありがとうございました。
走って逃げろと思うのに、好奇心に負けた。
向こうは気付いて無いのをいいことに、しばし、ガン見。視姦レベルでガン見。
一言で表すならファイファン5のバハムート、としか表せられない己の表現知識の無さよ。
「やばい。バハムートかっこいい、マジかっこいい」
思った事を素直にすんなり出てしまう自分を残念な人だと、今更感じる。
その声に反応してしまわれたのかバハムートさんの首がぐるんと動き、まんまドラゴンな顔が私に向いた。
( ゜д ゜) コッチミンナ
コレだ! 私の心情を表すのに最も適した顔文字が浮かんだ。細部などよく見えないくらい遠い位置なのにバッチリ目が合った気がする。
なんという事でしょう。バハムートさんがゆっくり動き出しました。なんていう死亡旗! これはもうあれしかない。今、アレをしないでどうする。
「わっ私なんか食べても美味しくないですよーーーーー!!!」
逃走。最初どもったけど何とか捨て台詞も吐けた。逃げるが現実的判断です。道をダッシュで駆けて、息が苦しくなった時にちらりと振り返れば特に何も追ってきていない。
無事、逃げるは成功した。けど、そのまま私は走り続ける。
初エンカウント……、怖かった。
手が嫌な感じにベトつくのを感じながら、やっと小さく見えてきた街に少し安堵し、振り払えない恐怖をそのままに街の入り口を越えるまで私は足を止められなかった。
ボサボサで汗で顔にへばり付く髪、着崩れている服。命からがら逃げてきた様な格好を直さず、荒い息のまま宿屋を探す自分を思い出して、夜ベットの上でゴロゴロ暴れるはめになるのは、閑話休題。
知らない宿屋の扉をくぐり、今からやっと「私」として在る事が出来ると徹夜明け&恐慌状態の最悪なコンディションで考えた名言に一人はしゃいだ。
まともな状態になってから思い返して、数十年単位で開く事の無かった黒歴史ノートにその迷言をそっと封印し。私の初イベント、逃走イベントが終了した。
徹夜なんてもうするもんか。そう心に決めて。
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