寒い国から来た少年

冷門 風之助 

第1話

『子供の依頼は受けて貰えませんか?』

 ソファに坐った少年は、傍らの黒い鞄を大事そうにしっかりとつかみ、真剣な眼差しで俺をまっすぐに見つめて言った。

彼の名前は吉田健一、栗色の髪、白い肌に高い鼻、黒い瞳、年齢は15歳。今年高校に入ったばかりだという。

『契約書は読んだろ?依頼人の年齢制限は書いてなかった筈だが?』

俺はそう言ってシナモンスティックを取り出し、口に咥えた。彼

彼も俺が淹れてやったココアのカップを取り、安心したように啜った。

『当然、子供だからってギャラの割引はなしだ。1日につき6万円、後は必要経費。それから万が一拳銃がいる仕事だと分かっているなら先にそう言ってくれ。4万円ほど割り増しをつける。支払いは別に小切手でも構わんが、原則的にキャッシュでお願いしたい。』

健一少年は手元の大きなバッグを開け、中から黒い革の財布を出すと、そこから下ろしたてというのが直ぐにわかるピン札ばかりを慣れた手つきで数え、俺の前に置いた。

『42万あります。ちょうど一週間分・・・・七日間ですよね。必要経費と危険手当、そしてもし七日以上かかった場合は、後から請求書を下さい。間違いなくお支払いします』

実にしっかりとした口調で言った。

『確かめさせて貰う』俺は手元が見えるように、丁寧に勘定した。

確かに42万円、間違いなくあった。

数え終わった俺が札と少年を交互に眺めていると、

『僕みたいな子供が、なんでこんな大金を持っていたのか不思議なんでしょう?これは僕の亡くなった父が遺してくれた、いわば遺産なんです。』

父親は今から五年前、つまり彼が10歳の誕生日に亡くなった。

吉田家は曽祖父、祖父、そして父親と三代続いている貿易商で、小さいながらも北海道の小樽ではかなり名の知られた会社だという。

父は少し前に亡くなったが、会社の業績は順調だし、祖父はまだ健在で、現在会長職に就いている。

社長には父の部下だった男が代理を務めてくれているそうだ。

 彼は少し間を置き、ココアを飲み終わり、それから続けた。

『僕、母のことは知らないんです。物心ついた時には側にいませんでした。離婚したのか、死んだのか、それすらも分かりません』

 仕事で忙しい父に代わって二人を育ててくれたのは、祖母と、そして長いこと家付きの家政婦をしている女性だった。

『誰も母について教えてくれませんでした。みんなその話をすると、悲しそうに黙ってしまうばかりでしたから・・・・でも、僕は見つけてしまったんです』

 そう言って、またさっきのバッグから、一枚の古びた写真を取り出した。

 白いベビー服を着た。一歳になったかならないかという赤ん坊が真ん中にすわっており、右隣に紺色のスーツにブルーの縞模様のネクタイ姿のハンサムな男性が写っている。

赤ん坊は、一人の女性に抱かれていた。黒髪に若干栗色が混じった頭髪を結い、高い鼻に、雪のような白い肌、切れ長の目の奥には黒真珠のような瞳が輝いていた。

『父が亡くなった時、遺品を整理していたら、父が使っていた書斎の机の引き出しの奥から出てきたんです』少年が言った。

 後ろに立っている男性は間違いなく父親だろう。

 しかし赤ん坊を抱いている女は、明かに日本人ではない。

彼はその写真を見つけた時、何となく悪いものであるかのように、誰にも話さず、しまい込んでおいたという。

生活は今でも苦しい訳ではない。

曽祖父からの財産は潤沢にあるし、父が遺言に記しておいてくれた如く、彼の趣味(本を買うことと、鉄道模型の収集)に使うお金は『無制限の支出を認める』という約束なので、それだけは自由に使えた。

今回の探偵料も、その中から出そうと考えた、という。

『で、何をしてほしいというんだね?』

『え?』

『つまりは、依頼の内容だよ』

『僕の母を探してください。つまり、この女性を、です』

俺はため息をついた。

写真と言ったって、今から10年以上前に写したものだ。

この時まだ20代半ばだとしても、少なくとも30にはなっているだろう。幾ら絶世の美人だって10年も経てば容姿も変わる。

見るところ、この女性、東欧系と見た。

写真を裏返す。

確かに10年前の日付と、

『洋一、オリガ、健一』とあった。

『なるほど』俺は言い、写真を返した。

『引き受けようじゃないか。人探しは探偵業の基本だ』

 俺は答えた。




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