砂糖とスパイス

なっち

祖母の教え

「みぃちゃん。女の子はいつも可愛くなくちゃいけないよ。そうしていないと素敵な男の人に愛してもらえないんだから」

幼い頃から祖母に言われ続けた言葉。

今も私を縛り続けている呪いの言葉。



「みぃちゃん、よかったよ。また連絡するね」

ベッドに裸で寝そべる男がそっと手を握ってくる。私はそれをやんわり押し返し、スカートの皺を伸ばすフリをした。ベタついた手の感触が残ってるようで気持ち悪い。

「うん。ありがとう」

軽く手を振って部屋を出る。貼りついた笑顔はドアを閉めると同時に引っ込めた。

あぁ、気持ち悪いオヤジ。

要求は多いくせに値切ろうとしてくるし、何よりしつこい。あれで既婚なんだから、驚きだ。奥さんはアイツのどこがよかったんだろ。


ホテルを出ると辺りはすっかり暗くなっていた。今日はもう一人くらい声をかけて稼ごうかと思っていたのに、明日提出のレポートもあるのでそろそろ帰らなければ。オヤジがしつこいせいで損してしまった気分だ。

もらった2万円で何を買おう。欲しい洋服も新しい化粧品も、全て買うにはお金なんていくらあっても足りない。

そんなことを考えながら駅までの道を歩いていると、やがて大きい通りに出た。明るく華やかなショーウィンドウが軒を連ねており、見ているだけで心が躍る。いや、やはり見ているだけでは物足りない。明日の学校帰りはショッピングに出掛けよう。

自分を売ったお金で自分を磨く。そうして自分の価値は自分で上げていくのだ。


「カットモデルに興味ありませんか」

靴屋の店先を見るともなしに眺めながら歩いていると、突然横から話しかけられた。声の主は若い男だった。

「こんばんは。美容師やってるんですけど、カットモデル探してて。興味ないですか」

美容師なんて接客業のはずなのに、男には一切笑顔がない。元々不器用なのかノルマがあるのでイヤイヤ声を掛けたのか。左耳に3つ、右耳に2つのピアス。右の2つは細いチェーンで繋がっている。中背で痩せ型。世間的には十分『イケメン』と言って差し支えのない顔立ちだが、中性的なのは好みではない。

「ごめんなさい」

そっけなくそれだけ言って男の側をすり抜けた。

そっと振り返ると、男はまだこちらを見ていた。目が合ってもやはり笑顔はない。どことなく悲しそうな表情で、やがて目線を下げ私とは逆方向に去って行った。

捨てられた子犬みたい。


家に帰ると宅配便の不在票が入っていた。送り主は田舎の祖母だった。

『女の子は大学なんて行かなくていいの』

『東京なんておよしなさい。おばあちゃんがこちらでいいお相手を探してあげるから』

私が物心付いてから育ててくれた祖母は、私が東京の大学に進学するのを嫌がった。女に学歴は必要ない、それが祖母の自論だった。

『おばあちゃん。今の時代、結婚相手は大学で見つけるた方が効率がいいの。いい大学に入れば将来有望な男性に出会えるし、卒業して自分がいい会社に入れればステキな男性と出会うチャンスがもっと広がるの』

祖母の説得にはそう時間はかからなかった。田舎でお見合いするより、都会で積極的に出会いを探す方が玉の輿に乗れる確率が高いとうまく言いくるめたのだ。

祖父は私に無関心だ。学費や最低限の生活費は出してくれるが、大学に進もうが就職しようがどちらでもよかったようだ。こちらに来てもう三年になるが、祖父から直々に連絡してくることはなかった。


改めて届けてもらった宅配便には祖父の作った野菜や日持ちのする食料がギッシリ詰まっていた。同封されていた祖母の手紙を読む。

体や学業の心配もそこそこに、いつも通り『可愛くあれ』という祖母の教えが達筆な字で認められていた。

遠くに暮らしていても祖母は呪いを欠かさない。

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