2018年11月18日(昼寝②)

 気がついたら長崎にいた。なにがどうなってここに立ってるんだ……そんな詞が脳裡のうりぎった。

 時刻は午後8時といったところか。駅から歩いて10分ほどの場所にある戦没者慰霊地を見て回った。Twitterのフォロワーも旅行で来ていて、いままさにここにいるようだが、それに気づいているのはぼくだけらしい。ろくに金も持たず来ていると知られれば恥をかくから、会わないことにした。木の根に呑まれるようにひっそり佇む墓に頭を垂れ、それから慰霊地を出た。


 国道を駅を目指して歩く。黒塗りの夜に浮かぶ無数の光。

 東京まではのぞみで1時間足らずだから、9時台発に乗れば問題ないはずだ。財布とスマホしか持たずにここまで来てしまったから、車内での暇つぶしが心許ないが……。せめて、さっき観ていた番組の続きが観られたらいいのだが。

 飲み物を買っておこうと思い、スーパーに立ち寄ることにした。駅のコンビニよりも安いだろうから。スクランブル交差点の向こうに見えるのは故郷でも東京でも見たことのない店名だ。ご当地スーパーだろうか。もうすぐ赤信号になってしまう気がして、駆け足で渡った。


 見たところ、スーパーの品揃えはあまり良くはなさそうだった。なんと言っても店舗スペースが狭い。2階建てだが、各フロアはせいぜい500平米程度だ。それでも飲みたくなるもののひとつくらいは見つかるだろう。

 レモンの描かれたパッケージを見つけ、レモンティーかと思って手にとった。140円もするじゃないかと驚いたが、よく見たら酒だ。1階に気に入るものはなさそうだ。

 この店では未精算の商品を持ったままフロアを移動してもいいらしいので、ぼくはカゴになにか飲料(確か、グレープジュースだったように思う)を入れて2階に向かった。このことになんの違和感も覚えなかった。

 黒いジャンパーを着た地元のメガネの男と、ポニーテールのパートタイマーの女がなにか親しげに話しているのをエスカレーターから眺めた。ふたりともまだ若い。むしろ、この店でレジを担当しているのはみんな若い女のようだ。


 2階は飲料の品揃えがそれなりだった。他の商品は見ていないから知らないが。

 営業か、あるいは管理職と思しきスーツの30代くらいの男が電話でなにか話していた。

 レジは沢山あるのだが、肝心の店員はほとんど見当たらない。ぼくはちょうどそこに居合わせた父にレジをやってくれないかと頼んだが、電話中だから待ってくれと言われた。

 ぼくはしびれを切らして、値段を確認し、「代金はここに置いておく」と言って財布の中から小銭を出した。189円。小銭はたっぷりあった。ただ、百円玉は四角い旧硬貨しかなかったから、やむなくそれを3枚出した。

「自分の仕事に誇りはないのか」というようなことを、このスーパーの重役であろう禿頭の男が言った。「誇りを持って働いてるやつなんかほとんどいないよ」とぼくは実家の玄関で靴を履きながら答えた。

 階段では妹が白い粉を床に撒いている。それを濡れ雑巾で拭くという掃除方法だ。

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