僕の世界から月の世界へ

Enju

僕の世界

「月がきれいだね」と言ったら「じゃあ行ってみようか」と返されるとは思っていなかった。

国語の時間に大澤先生はよくお話が脱線するんだけど、今日は夏目漱石とかいう人の名言だよって前置きして「『月が綺麗ですね』って言ったらどんな意味になると思う?」とか言ってきた。

何人か先生に指されたけれど小学6年生の僕たちは誰も分からなくて、最後にクラスで一番頭のいい由紀が「『あなたを愛しています』という意味です」って答えたら教室内にキャーだかハーだか、感嘆のようなため息のようなざわめきが巻き起こった。女子はなんだか素敵なことを聞いたように興奮して、一方の男子はちょっと気恥ずかしいような、ばつが悪いような様子でなんだかもじもじしている奴が多かった。僕はといえば、やっぱり恥ずかしいような、ばつが悪いような気持ちもあったけれど、だからといってもじもじするのは格好悪いと思って、何でもないふうを装って笑っていた。

そんなことがあった日の夜。僕と由紀がいつものように塾から2人で家に帰っていく途中で、なんだか地面にずいぶんくっきりとした影が映っているなあと思って空を見上げたら、眩しいくらいに丸く光る月が見えたものだからうっかり「月がきれいだね」なんて言ってしまって、僕はすぐに今日の国語の時間を思い出して顔中から汗がぶぁって出てきたんだけど、由紀は何もなかったかのように「じゃあ行ってみようか」なんて言うものだから僕も「そうだね、行ってみよう」なんて返事をして、僕と由紀は月に行くことになった。

月に行くにはやっぱりロケットが必要なんじゃないかということで、ロケットを買いにお店に来て見たんだけれど、ロケットは値段が高くて僕たちのお小遣いを足しても全然足りなかったので、僕たちは階段を上って月まで行くことにした。

街のはずれに『階段山』という階段がいっぱい組み合わさってできた山があって、色んなところに通じている階段がこんがらがって山になっているんだ。

「これはサンシャインのビルに通じる階段だってさ。」

「こっちはチョモランマに登る階段だよ。」

色とりどりの階段が複雑に絡まりあっている中で、月まで伸びる階段がどこかにあるはずなんだけれど、階段山の階段は高いところならどこにでも通じているから探し出すのも一苦労だ。

「あったあった、この階段が月に通じてるんだ。」

ようやく見つけ出した階段には『←↑月、↑フォボス、↑→エウロパ』と行き先が書かれている。

「フォボスというのは火星の月だね、エウロパは木星の月だったかな?途中まで同じ道みたいだから間違えないようにしないとね。」

由紀は物知りで、普通は火星とか木星の月の名前なんてよっぽど詳しくないと知らないだろう、地球の月以外にも月があるなんて僕は知らなかったし考えもしなかった。

僕はなんだか勝手に負けているような気持ちになって、由紀の手を握ってずんずん先に進んでいった。由紀はちょっとびっくりしたような顔で僕に手を引かれて、僕たちは階段を上り始めた。

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