「海月の詩。」

帳 華乃

海月の詩

『扇風機の詩』

活き活きした蝉の声と無機質な風の音が響くこの部屋で、猫は寝転び人に近寄ることをしない。どこまでも遠くに届く拡声器のような音を途切れさせる、音の振動を空気の振動に変えて私の元へ届けるこのひとつの機械が、必要でなくなるこの時期。私は命を断つ事を考えるあの子の姿を見た。




『擦り傷の詩』

膝小僧が擦りむけた子供に、走ったから転ぶんだよと言える貴方が、痛みを知っているという事実を証明することが、私にはとても容易だ。

涙と血液の成分は同じなんだよ、なんて事実はどうだっていいのだと、言いきれるくらいには多くの涙を流して、怪我をしてきたのだと推測できるから。




『海月の詩』

此処は陸だから貴方は居てはいけないと、流れ着いた小瓶を見て考えるのは遠くの景色を貴方が知っているから。きっと揺蕩う海洋生物に触れて、漸く辿り着いたのがこの海岸なのだろうと思うと途方に暮れる。貴方が此処でひび割れて太陽を屈曲させるその光はまるで触手で、海月の様だった。




『胎盤の詩』

望んでいるのは孤独でも孤高でもないと言うのに離れようとしたのは、私が弱さ強さを知らなかったから。無い物ねだりで誰かを怒らせ奪い壊す残虐な自分を責めたから。それでも愛しい貴方が私の隣に居続けるのは、血が養分が血管を胎盤を行き来していたから。貴方の母様へ。祈りを捧げて。




『空蝉の詩』

蝉が人がバラバラになっていく。道路で自動車か自転車によって粉々になった羽根を見つけても、私は歩みを止めることが出来ない。こうして人を見捨てていくのだろうかなんて生意気なことを考えては、脳裏をあの蝉がチラつく。湿度だけが高くて風もなく、流れる汗が生温くて冷えなかった。




『太陽の詩』

陽を浴びて朝が始まるのを確認するのだと喋る猫は言う。遮光カーテンと古民家の隙間風はカビの匂いと花粉を運んでくる。ハウスダストと花粉と猫。貴方のくしゃみを心配する猫からは、太陽の匂いがした。今日が始まり終わるとまた新しい太陽の匂いに包まれるから、同じ匂いはないのです。

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