第36話 意外に塩でした
休暇が終わって学園に戻ります。
リズ達は2年生、クリスは3年生です。
*****
「リズ、どうした?」
「…………」
「……リーズ」
「………」
「リズ!」
「ふぇっ!はい!なんでしょう殿下」
学園の廊下で殿下に強く呼ばれて漸く気がついた私は、驚いて変な声が出てしまいました。休暇中、その、こっ、恋人としてクリス様と出掛けたりしていましたから、その余韻でぼうっとしてしまっているのです。
私より背が少しだけ高かった殿下は、今では見上げなければ顔を見ることは出来なくなるほどになりまして、近くを歩いていると、肉食令嬢達からの妬み嫉みの視線が絶えません。王子妃を狙っている訳では断じてありませんので、その目を向けるのは止めて欲しい限りですが……。
そして15歳の殿下は、まもなく立太子されます。
となると………またしても問題は婚約者、ですが…………。
「ちょっと来て」
と不意に言って、考え込む私を連れて空き教室に入った殿下。首を傾げる私の目を蒼い双眸が見つめ返します。うん、この状況、不味いんじゃないでしょうか。咄嗟に幻覚魔法なり結界なり障壁なりを張って、一息つかせました。
「リズ。今から私の言う事が本当だったら嘘偽りなく答えて」
「はい」
殿下がこう仰るなんて、余っ程ですね。
「クリストファーと何かあった?」
「っ……!……は、い……」
途端に真っ赤になって吃る私を、じっと真顔で見ていた殿下は「そう」とだけ言って教室を出ようとしました。
あれ、意外に塩リアクション?
という事は、私を婚約者に添えようとしなくても良い事になったのでしょうか。
良かったですね殿下!素晴らしい出会いがあったのですね。それは是非とも未来の王妃にお会いしてみたいです。
となると今、私と2人で居ることは尚更問題ですよね?!
何しているんですか!!お相手の方に勘違いされて逃げられたらどうするんです?!
私もクリス様に勘違いされたら泣きます。
「………殿下。花を枯らさないよう気をつけて下さいませ」
「花、ね……」
「……?」
「何でもない。……先に出ていいよ。……あいつに勘違いされたくないだろう?」
前にもそう呟いていらっしゃいましたが、何かあるのでしょうか。目を虚ろげに細めて自分の掌を見つめる殿下。でもそれは刹那の出来事で、殿下は私に退出を促して、傍にある机の上に寄りかかりました。
私は俯く蒼の瞳が鈍く光ったのを知らないまま、カーテシーをしてジルフォード殿下の前から去りました。
**
殿下の元を去って図書館に向かっていた時、向こうの回廊からクリス様が歩いてくるのが分かりました。揺れる三つ編みと、ローブを靡かせ流し目をする様子が扇情的で、思わず立ち止まって魅入ってしまいます。
「リズ!」
藍色が私を捉え、僅かに瞳を瞠ったクリス様は、優しげに目を細めて駆け寄って下さいます。
「何処に行くのですか?」
「図書館に行こうと思っておりますわ。クリス様は……?」
「僕は寮に帰ろうと思っていた所ですよ」
「そうなのですね。引き留めてしまって申し訳ありません」
クリス様は私の手を引いて、一定の距離を保つ私をご自身に引き寄せました。甘い香りが鼻を掠め、背の高いクリス様のお顔を見上げます。微笑を浮かべているクリストファー様でしたが、それは何処か悲しそうにも見えました。
「リズ、僕は貴方に会えて嬉しいのです。そんな申し訳なさ等感じる必要は無いのですよ?」
「……はい、ありがとうございます」
そう言えばクリス様は満足そうに微笑んで、そのまま私の手を腕に絡めさせました。そして、ぱちくりする私の顔を覗き込んで、「お連れしますよ、お嬢様」とおどけて言いました。可笑しくて笑ってしまいます。
「うふふっ、ありがとうございま―――――」
「クリス様ーーーー!!!!」
私に被せて、クリストファー様の愛称を叫ぶどこかのご令嬢。振り向くと、縁が臙脂色のローブを羽織る令嬢――――1年生が、パタパタと駆け寄って来る所でした。
そしてご令嬢はクリス様の腰に抱き付きます。その光景を私は凝視するしかありません。抱きつかれた張本人も驚いています。
「会いたかったわっ!」
「…………久しぶりですね―――キトリ嬢」
*****
近況ノートに閑話を書きました!
是非ご覧ください~
柊月
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