第29話 デートに誘われました



 その時でした。




「――――殿下、フリージア嬢、ジゼル嬢」


「……………クリストファー」


「御機嫌よう、レヴィロ様」




 丁度私の背後から現れたクリストファー様は、ふにゃりと穏やかな笑みを浮かべていました。全体的な色味は寒色系ですが、その纏う空気が柔和です。




「ジゼル嬢、少しよろしいですか?会計報告書と予算案の見直しをしなければならないので、手伝って頂きたいのですが………」


「はい、勿論です」


「良かった、ありがとうございます」




 ゆるりと頬を緩めるクリストファー様と微笑みあっていると、横から殿下が素晴らしい笑顔で乱入してきました。




「予算案は人手が必要ではないですか?私達も手伝いますよ」




 それにクリストファー様が頷きます。

 ………ちょっと残念だなぁって思ってしまったのは、内緒にしてください。








 **








「お茶会の最中に急に呼んでしまって申し訳ありませんでした」


「いえ、いつでも呼んで下さって大丈夫ですわ」




 生徒会予算案と各部活の予算案の会議をしていた時、同じ書類を覗き込む為、クリストファー様と肩と肩がこつりとぶつかります。ほんのり甘く爽やかな香りが鼻を擽り、服越しに触れている部分がやけに熱く感じました。


 何だか少しクリストファー様との距離感が縮まった気がして、心がきゅうっと切なくなりました。実際には物理的な距離ですが、何れもっと仲良くなれたらなぁ……なんて、夢を抱いたり。


 するとクリストファー様は突然顔色を暗くして、顔を歪めました。




「………あの時は本当にすみませんでした。怪我は本当にしていませんか?」




 あの時、とは、クリストファー様との初対面の時ですね。クリストファー様の胸の中で護られて、私は無傷………って私ったら、何を思い出して赤くなってしまっているのでしょう。


 私は慌てて首を横に振ります。




「はい、レヴィロ様が守って下さいましたから、この通り大丈夫ですわ。あの時はありがとうございました」




 クリストファー様は白いカサブランカの花を後ろで咲かせながら「良かった」と笑みを零しました。そんなに接近しながら微笑まないで下さい!死んでしまう!心臓の音がクリストファー様に聞こえてしまいそうで、私はそっと胸に手をやりました。




「あの時のお詫びと生徒会役員就任祝いに、何かプレゼントさせて下さい」




 ………へ?

 くりすとふぁーさまが、わたくしにぷれぜんと?

 それはいったい、なんのじょうだんですか?


 詫びと祝福。ただそれだけ。深い意味は無い。

 だけれど、私はどうしても期待してしまうのです。

 私に、クリストファー様が、贈り物をして下さるというその事実が、とてつもなく嬉しいのです。




「…………いえ、お気持ちだけで十分ですわ。ありがとうございます、レヴィロ様」




 そう辞退すれば、クリストファー様は悲しげに微笑みました。まるで「残念だ、少しショックだ」とでも言うように。それが自惚れでないならば、もし、そのお気持ちが本当ならば、私は少し我儘を言ってもいいですか――――――。




「………あ、あのっ、ご迷惑出なければ、インク壺を1つ………頂けませんか」




 イ、インク壺なんて………。

 令嬢がプレゼントに強請るような物では無いのに………。

 二つの羞恥がごちゃ混ぜになり、嫌な顔されないかと不安になりましたが、それは杞憂に終わりました。


 クリストファー様は少し目を瞬いたあと、嬉しそうに目を細めてくれました。




「明後日は空いていますか?もし宜しければ一緒に買いに行きません?」




 ―――ん?

 いや待て待て待て、待って下さい。そう言えば、この学園は特別な用事が無ければ、敷地外には出られない仕組みではありませんでしたか?あとは出られるのは長期休みのみです。


 すっかり頭から抜け落ちていました。

 クリストファー様は、一体どうするのでしょうか……?




「ふふふっ、内緒、ですよ?」




 しぃーっと口元に人差し指を当てて艷美に微笑むクリストファー様。全ての行動、発言が素敵ですが、私は絶賛大混乱中でございます。










*****


次話、ジルフォード視点。

修羅場です。

クリストファーに惚れて下さる方がいらっしゃれば嬉しいなぁ……(笑)

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