【心の中の世界】あの日見た夢


 日も暮れて、三人はサナの近くで順番に仮眠をとることにしたようです。今はエミルが火の番をしながら起きています。


「サナは、まだ戻ってこないのか」


 渦の方を見つめながら、ルイーズが呟きました。そうですね、時間がかかっているようです。


「先ほど全知で見た時は、サナがナナシに外に出てみないかと説得していましたが……」

「ナナシ……?」


 ああ、そうでした。みんなにはまだ説明していませんでしたね。私は、本当の身体の持ち主がサナではないこと、名をもらっていない可哀想な少女であること、この渦の正体はナナシであり、ずっと心の中の世界で閉じこもっていたことなどを伝えます。


「……ナナシは、魔王として生まれました。黒い髪に紫の瞳。そのおかげで両親に虐待され、自らの魔力の操作を覚えていません。はるか昔の魔王の始まりと同じで……彼女が表に出てきたら、きっとあっという間に闇の魔力で世界が覆われることでしょう」


 身体の持ち主が魔王であるということは、つまり私たち全員が、魔王であるのともはや同じです。存在するだけで魔力が漏れ出て、外の世界に悪影響を及ぼしてしまいます。旅の途中、じわじわと強い魔物が出てくるようになったり、海で水龍が現れたりしたのも、全て私たちがいたから。

 彼女が魔力の制御をできるようにならない限り、根本的な解決には至らず、私たちは存在だけで世界に悪影響を及ぼすのです。


「そんなの……サナに魔法を教えるより難しいじゃないか」


 オースティンが呆然としたように口にしました。そうですね……サナの方がまだ、やる気がある分希望があるくらいです。でもナナシは、表に出る事をまず拒否しています。外の世界に絶望し、怯え、ずっと自分の殻の中に閉じこもっているのです。


「第一歩として、サナが今、ナナシを表に出そうと説得をしているところです。外に出ればきっと……魔力が溢れてしまうでしょうけれど。でも今は」

「んふ、勇者くんがいるもんねぇ」


 私の言葉をニキータが引き継ぎました。そう、ナオがいます。唯一、魔王の闇の魔力を相殺できる光の魔力を膨大に持ち合わせているナオが。


「そう、うまくいきますかねぇ? だって、ナナシさんは勇者とは一度も会っていない。それどころか、人と接するのを極端に怖がっているのですよ?」


 鼻にかかる嫌味な口調でエーデルが言いました。腹の立つ口調ですが、発言はもっともです。ナナシが人と関わろうとしてくれるかどうかが全ての鍵でした。


「いっそのこと、もうこのまま引きこもり続けていたらこれまで通り何とかなるんじゃないかって思ってしまうんだが」


 不謹慎かもしれないけれど、とルイーズがバツの悪そうな顔で言います。ええ、私も一度はそう思いましたよ。でも……


「それが、今まで私がやろうとしてきた事で、やってきたことなのです。結果、うまくいきましたか?」


 私がそうたずねると、皆が口を閉ざしました。……なんとも言えないですよね。うまくいっていたといえばそうですが、決してそうとは言えないのです。


 だって私たちは、サナも含めてみんな、身体の持ち主ではないのですから。


 仮初めの存在。代わりの存在。全てはナナシが作り上げた、自分を守るための存在なのです。本物では、ないのです……


「でも、でも僕たちはここにいて、自分の意思を持ってる。心がある。僕らはたしかにここに存在するって言える!」


 オースティンが叫ぶように訴えました。そうですね、たしかに存在します。それに否やはありません。それぞれ生まれた経緯がどうあれ、私たちは生まれ、存在し、成長したのです。心が育ち、もはやひとりの人間であると主張できるほどに。


「けれど、どうあっても本人に成り替わることはできません。それは、最もナナシに近いサナがやろうとして、それでもダメだった事で明らかですよね?」


 サナを主人格メインスピリットに。主に身体を使うスピリットとして存在は出来ても、常にサナであり続けることは結局のところ不可能でした。サナか、もしかすると心のどこかで感じ取っていたナナシが、これは嫌だと思うたびにチェンジしてしまうのですから。


「私たちはきっと、今後も存在し続けます。でも……これだけは同意していただきたいのです」


 私は、全スピリットに向かって頭を下げました。こちらに気づいていないアリーチェや、パウエルにも。伝えようとすることが大事なのだと、彼らから私も教わりましたから。


「今後のナナシの生死は、全てナナシに任せると。死にたいと願うなら死に、生きたいと願うなら共に生きましょう。この決定権だけは、ナナシにあると思うのです」


 私たちは運命共同体。誰かが死を望み、勇者に殺されれば死ぬ運命です。でもその誰かが私たちの中の誰かであってはならないと思うのです。この身体は、あくまでもナナシのものなのですから。


 その気持ちが伝わったのでしょう。スピリットたちはそれぞれ了承の意思を示してくれました。




『私ね、旅に出る前に夢を見たんだ』


 ふと、サナの声が談話室に響き渡りました。皆がそれぞれ驚いたような顔を見せていますので、ここにいる全員が聞こえたのでしょう。驚くことに、アリーチェやパウエルにも聞こえているようです。キョロキョロと周囲を見回しています。


『誰かに、自分が殺される夢だった。悪いが死んでもらうって……それから一気に首を刎ねられたの。ゴロゴロと自分の首が転がってるのがわかる、妙にリアルな夢だったんだ。変だよね、首を刎ねられたらそんな感覚わかんないはずなのに』


 ……そういえば、そんな夢を見ていましたっけ。あれは、危険察知の能力が夢に現れたものだったと記憶しています。


『心臓がバクバクですっごく怖かった。でもそれよりもね……その、変なんだけど。私、ホッとしたの。首を刎ねられてホッとしたのを確かに感じたんだ』


 それは初耳です。安心した、ということでしょうか。


『あの時はわかんなかったけど、今ならわかるよ。あれはね、前世で起きたことだったんだって。私の首を刎ねたのは前世の勇者で。……彼はとっても悲しい顔をしていて。そして、その後自分の首も刎ねたんだって』


 予知のような夢ではなく、過去夢だったというのですね……? でも、確かに危険察知が見せた夢だったはずなのですが……


『あの夢を見たあと、私はナオたちと旅に出ることになった。きっと、ジネヴラがここにいては危険だろうからって決めたんだと思うんだけどね。で、たしかにあれは危険察知が見せた夢だったし、実際そうしてくれて助かった。でもね? 殺されるかもしれない危険から逃げたんじゃないんだってわかったの』


 自分が殺される事を察知したものではなかった、というのでしょうか。では、なにがサナにとって危険だったのでしょう。サナはさらに続けます。


『あのままあの家にいたら、私たちはもっと早くに心が持たなくなってた。スピリットたちの主張が暴走して、あの場で闇の魔力が大量に漏れ出てしまうところだったの。だから、旅に出て、ここに来られて……本当によかった。罪のない人たちへの被害が、最小限に抑えられるから』


 ここなら、大丈夫。勇者という心強いストッパーもいるから、とサナは話しました。サナの姿は見えませんが、心底ホッとしたように微笑んでいるのがわかる気がしたのです。

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