全知スキル
私が倒れた後、一向に目を覚まさない事に焦った三人は、ひとまずここでテントを張ろうと準備を始めたようでした。どのみち魔王とは決着をつけなければなりませんし、気を失ったままのサナをこのままにしておくわけにもいかないとの判断です。やはり、見捨てるという選択肢がないようなのが、本当にありがたいと思います。
それにしても、疲れました。久しぶりの外の世界は精神的にくるものがありますね……眩しいですし、刺激も多いですし。そうなると、私よりずっと暗い場所にこもり続けた彼女は、もっと苦しむかもしれませんね……外に出る事に、恐怖を感じるでしょう。やはり、彼女が表に出てくることはないかもしれません。
そうなると、魔王討伐はどうなるのでしょう。彼女は表に出てこないでしょうが、確実に目を覚ましています。渦の動きや、表の世界での魔物の活動が活発になっていることからも、魔王の闇の魔力が溢れ出ていますし。
それをそのままにするわけにもいきませんからね。かといって、殺されるのも……今は躊躇します。サナがせっかく生きる楽しさを知ったのですから。
ああ、私が謝罪すべきは、彼女に対しても、ですね。ごめんなさい。サナを守ろうとばかりして、貴女の存在を私の中から無くそうとしていました。許されないことです。本来は、貴女を守りたいからこそ、サナに
心がついに死んでしまって、引きこもり始めたあの時から、サナが必死で生きてきたのです。私はそんなサナに、感情移入しすぎていたのだと思います。……もしくは、それでいいと、貴女がサナに人生を押し付けたのかもしれませんけれど。
ああ、怒らないでください。嫌な言い方にはなりましたが、それが悪いと言っているのではないのです。押し付けたくなるのは当然ですし、貴女の事を思えば、当然の対応だったと思いますし。自分を守るためです。自衛の行動ですから。
自衛……? あ、そういうことですか。なるほど。貴女は、まだ存在したいと僅かにでも思ってくれているのでしょうか。そう期待しても? 都合の良すぎる推測かもしれません。死にたくても死ねないのだから、逃げたくなるのは当然ですし、それが大きな理由でしょうけれど。
私は、大きく深呼吸をして、渦の方をじっと見つめます。
申し訳ありませんが、視させてもらいますね。サナと、貴女がどんな会話をしているのか。心配でいてもたってもいられないのです。
疲労でヘトヘトですけれどね。今は、耐える時でしょう。私は渦に向かって全知のスキルを発動しました。
渦の中は談話室よりさらに薄暗く、視界が悪いようです。手探りで進むサナは、まだ彼女を見つけていないようでした。これは、かなり深い場所で引きこもっていますね。……いえ、近付けたくない心の表れかもしれません。歩く距離だけ考えれば数十歩分でしょうからね。同じ場所をグルグル歩かされているのでしょう。
それでも、サナの足取りに迷いはないように見えました。目線も一点をずっと見つめています。サナにはわかっているのですね、彼女の居場所が。そしてその表情は、柔らかく慈愛に満ちたものでした。こんな表情、いつの間に身に付けたのでしょうか。感慨深いです。
『ダメ、かなぁ?』
ふと、サナが立ち止まってそう声をかけました。おそらくは、彼女に。
『久しぶりに会いたいよ。ね、私ね? 思い出したの。こうして歩いている間に、私が生まれてからこれまでの事、それから、生まれ変わる前の事とかも』
その言葉に私は驚き、目を見開きました。ずっと、封印してきた忌まわしき過去を取り戻したというのでしょうか。なんてこと……それでは、サナの心までもが暗く……いえ、なって、いません、ね……?
『ジネヴラや貴女が、私を守ろうとしてくれたの、わかるよ。でもね、平気なの。元々知ってても平気だったんだ。だって、私は貴女の光の部分なんだから』
どんなに苦しい過去や現実があっても、それに負けないプラスのエネルギーを持っているんだよ、とサナは晴れやかに笑います。ああ、ああ……そうなのですね。では、私がこれまでずっとしてきたことは、無意味だったのでしょうか。サナを守りたくて、彼女を救いたくて。必死でやってきた事は……
『けどね? 隠してくれてて良かった、って思う。今気付いて良かったって。私は、それを受け入れる心の器を作り上げることができたから』
最初から知っていてもきっと耐えられたけれど、それだと時間もかかったしずっと苦しかっただろうから、とサナは言います。
『だから、ありがとう。貴女も、ジネヴラも。二人のお陰で今の私があるんだよ』
サナは、どこまでも優しい笑顔と声色で感謝を告げました。私の目から、涙がつぅ、と流れるのを感じました。……この私が、泣くなどと。でも、それだけ私は救われる思いだったのです。
ああ、私は、ずっと一人で抱え込みすぎていたのですね。全て一人でどうにかしようと、どうにかできると思い込んで、気を張って。
今思えば、何度もオースティンが救いの手を差し伸べてくれていたというのに、気付かずにその手を取ってきませんでした。彼は彼なりに、負担を軽減しようとしてくれていたのですね。それが今になってよくわかるなんて。
『だから、そろそろ私たち、手を取り合ってもいいんじゃないかなって思うの。ねぇ、会いたいよ。ナナシ』
ナナシ。サナは彼女の事をそう呼びました。私も知り得ない、二人だけの呼び名があったのかも知れません。ナナシ……名無し、でしょうか。彼女がそう告げたことで、サナがそれを名前と認識したのかもしれませんね。
呼びかけに反応したのか、渦が闇色を濃くしながら蠢きます。それを、サナは目を閉じて、安らかな表情で受け止めました。どれほどの時間が過ぎているのか、さっぱりわかりませんね。一瞬の出来事かもしれませんけど、随分果てしない時間だったようにも感じます。
『ナナシ。嬉しい。また、会えて』
次の瞬間、嬉しそうな声でサナが言いました。その目線の先を見てみましたが……私には彼女の姿が見えません。ただなんとなく、人型をした濃い影が見える程度です。あれが、ナナシなのかもしれませんね。
『そんなことないよ。大丈夫だよ』
サナは、ナナシと会話をしているようでした。彼女の声は、私には聞こえません。心を閉じているからでしょう。仕方のないことです。そう簡単に、心を開けるものではありませんから。
『外に出て見ない? 今なら、勇者がいる今なら、何かあっても対処してくれる。心配いらないよ』
サナが表に出るよう誘いました。渦が、動揺したかのように大きく揺れています。彼女の返事はどうなったのでしょうか。
ああ、そろそろ限界ですね。力を使い過ぎましたのでスキルの発動を切ります。それからソファに寄りかかって、グッタリと倒れこみます。
『ジネヴラ! 全く、無茶ばっかりして……』
オースティン……? 気づけば側に、オースティンがいました。心配そうに私の顔を覗き込んでいます。
『人には無茶するなって言っておきながら、勝手だよなうちの統括は』
ルイーズ……貴女もいたのですか? 私がそう呟くと、クスクスと笑う声が聞こえてきました。
『みぃんないるわよぉ? ジネヴラともあろう人が、気付かなかったの?』
この声はニキータ? みんな、ですか? そう思って確認しようと身体を起こそうとするのを、オースティンが手伝ってくれました。
そうして見たものは、言っていた通り、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます