空席
「そしてその後、世界は一時的に魔物で溢れたそうです。人々が力を合わせて駆除することで、どうにか魔物はその姿を減らしていったと言われています。その中で、ネオとサーシャの物語が形を変えながら言い伝えられ続けているのです」
私が話し終えると、ナオは静かに涙を流していました。フランチェスカとエミルが、そんなナオを心配そうに見つめています。
「そう、だ……そうだった。思い、出した気がする。俺のであって、俺のじゃない、遥か昔の記憶だ……」
ナオはぐいっと腕で涙を拭いました。近くに魔王の魔力を感じ、私から真実の昔話を聞かされて、魂が反応したのかもしれません。
「それだけじゃない。前世や、その前や、その前、その前も……俺は同じようにサーシャを殺しているんだ」
どうやら、これまでに何度も生まれ変わってきた時の事も思い出したようです。ナオは、その度に結局は間に合わず、死にたいと言わせる羽目になってしまったのだと語りました。
「今回だって、結局、間に合ってないじゃないか……! なんで俺は、いつもこんな大事なことを、ギリギリまで思い出せないんだ……!」
ナオはその場に膝をつきました。それから胸を押さえて苦しそうに呻いています。心の中の渦も大きく蠢いていますね……おそらく、中でサナが見つけたのでしょう。
本体を。
渦の正体は、私たちの感情によって反応を示す闇ではなかったのです。その中心に、体の持ち主が眠っているから……だから、出来事に反応して苦しんでいたのは彼女だったのです。
そしてそのことに、サナは本能的に気付いたのでしょうね。だから、サナは迎えに行ったのです。彼女から生まれた、最初の
「サナに……サナに会わせてくれ……言わなきゃいけない事がたくさんあるんだ」
ですから、ナオ。貴方が会うべきはサナではないのですよ。私はゆるりと首を横に振りました。
「な、なぜですの? サナに会わせてくださいな!」
フランチェスカが心配そうにナオの背に手をあてながら私に訴えてきます。私は静かに口を開きました。
「サナに会って何を話すんです? サナは何も知らないただの少女です。魔王ではないことはずっと共にいた貴方がたが一番良く知っているでしょう」
「そ、そうだけど……じゃあ、会うべきにゃのは、魔王……?」
「ええ、そうなりますね」
そろそろ、身体がキツくなってきましたね。やはり、表に出ていると色々な物事が視えてしまいますから、どうしても負担がかかります。
「サナが魔王ではないのは確かです。つまり、サナから生まれた
「逆ですよ」
「逆、にゃ?」
私は、先ほど私が見つけ出した答えを、三人に告げました。
「本体から、一番最初に生まれた
「え……」
私の言葉に三人は信じられないといった表情で絶句しました。
「考えてみればわかるでしょう。この歪んだ国で、黒髪紫目を持って生まれた赤ん坊が、どう扱われるかなんて。以前聞いたでしょう? 身体の年齢が止まってしまった時の話を。あれは全て、本体が経験したことなのですよ」
そう。サナはどこまでもクリーンな存在なのです。少し大人しいけれど、優しい心を持った普通の少女。辛く、苦しい思いは、サナだって経験はしていますが、その全ての記憶は私の中に封印していますしね。……いえ、私の中だけではなく、本体の中にも、でしょうけれど。全てを不幸は、彼女が背負っているのです。
「じゃ、じゃあ……本体の彼女は……? 名前は、なんて言うんだ?」
「名前……」
戸惑いながらも納得したナオがそう聞いてきます。名前、名前ですか。そんなもの。
「両親が魔王に、名付けてくれると思うのですか?」
「!!」
そう言うだけで、三人は悟ったようです。そう、彼女には名前がありません。生まれて一番最初に贈られるプレゼントとも言うべき名前さえ、彼女は与えられなかったのです。
「ナオ、貴方は先ほど、結局今回も間に合わなかったと、そう言いましたね?」
「あ、ああ……でも、生まれた直後からっていうんじゃ、どうあがいても間に合うわけないよな……」
ナオは沈痛な面持ちで項垂れました。それはそうでしょうね。勇者と魔王は同じタイミングで生まれてきますから。ただ、今回は生まれ落ちた場所が遠く離れていましたし、近くであったとしても、幼く、記憶もない頃から気をつける事など誰にもできなくて当たり前なのです。
ですが、諦めるのは早いと思うのですよ。
「まだ、間に合います」
「え……」
「だって、貴方たちも見ていたでしょう? サナの、あの笑顔を」
そう、彼女の代わりに必死で生きてきたサナは、心から楽しそうで、幸せそうで。この三人と関わる事で、随分と変わったのですよ。それはもう良い方に。
「貴方たちと関わる事で、後ろ向きだったサナがとても良く笑うようになりました。自分の意見も言えるようになりました。自分で様々なことを決められるようになりました」
サナは、本体ではないけれど……サナという希望がいるのですから。もしかしたら。
「貴方たちはちゃんと、サナを通じて魔王を導いてくれていたのですよ」
「魔王を……?」
けれどきっと、彼女はこの優しい関わりを受け入れることはできないでしょう。当然です。彼女は心がバラバラで、酷く傷つけられて、きっと死にたいと願っているでしょうから。この輝きはさぞ眩しい事でしょうね。
「サナは……そうですね。いわば、彼女の半身。本来ならこう育っていたであろうという、彼女が辿ったかもしれない別の未来の姿なのです。彼女の心の良心や、光の部分がサナという存在で、そして……残された辛さや苦しみを全てを引き受けているのが彼女、魔王なのです」
ああ、そろそろ限界ですね……サナは戻ってきたでしょうか。……いえ、いませんね。談話室には誰もいません。エーデルも、部屋に戻ってしまったのでしょう。残っているのは、渦と、その中に行ってしまったサナだけ。
「サナが、貴方たちと共にいたいと思っているなら、それもまた彼女の本心の一つでもあるのですよ。ですから、まだ、諦めないでください。どうか……」
身体から、精神が引き剥がされていくのを感じます。タイムオーバーですね。
「彼女を、救って、くだ、さ……」
「! ジネヴラ!?」
「どうしましたの!? しっかり!」
「にゃにゃぁ!?」
グラリと身体が傾きました。それをナオが咄嗟に駆けつけ、支えてくれたのを感じます。座っている状態だったのですから、倒れてもそこまで衝撃はないのに、心配性ですね。ですが、それが彼の良いところなのでしょう。
スキル【スピリットチェンジ】発動しました。
身体の使用者は不在です。
しばらくの間は、身体が空っぽになってしまいますね。危険な場所で意識を失うことになりますが……それも仕方のないことです。それに、彼らはきっと守ってくれるでしょうし。
次に目を覚ます時の身体の使用者は、サナか、または数年ぶりに姿を現す彼女か……全ての鍵を握るのはサナです。私は息を切らしながら重たい身体を引きずって談話室にあるいつもの場所へと移動しました。
そして、祈るように、渦の方へと目線を向けるのでした。
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