真実の物語


 懺悔をしましょう。させてください。エーデル、その席を代わってください。


「懺悔、ですか。……構いませんよ? ですがその後は、きちんと彼女を殺してもらってくださいねぇ?」


 エーデルの最後の言葉を受け入れる事はできませんが……まぁ、私にも止める権利はありません。全てを決めるのは彼女。それで良いですね?


「仕方のない事でしょう。……それで構いませんよ」


 エーデルがそう答えたことをキッカケに、私は支配者の席へと向かいました。表に出るのは久しぶりですね。少々緊張します。


 なんでしょうか、どこかスッキリとした気持ちです。私が、私の罪を自覚したからでしょうか。それが許されるとは限りませんし、懺悔する相手は本来サナと彼女なのですけれど。

 でも、きっと聞いてくれていると思いました。ナオたちに話すことで、あの二人も聞いてくれている。ああ、だからサナは渦の中に向かったのですね。恐らくはその中心に蹲る、彼女の元へ。


 届きますように。私の謝罪の気持ちが。


 スキル【スピリットチェンジ】発動しました。

 身体の使用者がエーデルからジネヴラへと変わります。


 明るい。それが、最初に思ったことでした。おかしいですよね、辺りは闇の魔力のせいで薄暗いというのに。でも、ずっと心の中で過ごしていた私にとっては、とても明るく感じたのです。きっと彼女はもっと、眩しく感じることでしょう。


 視線を、ナオに向けました。こうして相対するのは初めてです。……そして、直接見ることで、私の全知スキルが遺憾なく発揮されました。もっと早くこうしていれば、色んな事がわかって、ここまで遠回りせずとも解決したのかもしれません。

 でも、この旅があったからこそ、私はこうして表に出て、サナが心の成長を遂げてくれたのですから、無意味とまでは言えませんけれど。


「ジネヴラ、か……?」

「ええ、初めましてナオ。そして、フランチェスカにエミル。私はジネヴラ。皆様に色々とご迷惑をかけたこと、まずは謝罪させてください」


 私はそう言うと、頭を下げました。三人の戸惑う気配を感じます。それからゆっくりと頭をあげ、私は続けるのです。


「少し、話をさせてください。あまり、時間はとれません。サナではないスピリット間での交代が続きましたから、頭痛が酷いのです。元々、私はあまり長く表に出ていられませんしね」

「……必要なこと、なんだな?」

「ええ、とても重要な話です。これから表で出てくるであろう、魔王に関わることですから」


 私がそう告げれば、三人が息を飲みました。その様子を眺めてから私が適当な場所に腰を下ろすと、ようやく三人も少し離れた場所に腰を下ろしました。そうですね、警戒はしていてください。


「私は全知のスキルを持っています。これまでも、色々な事を見てきました。でも、表に出て、この目で見ることの重要性を今、ひしひしと感じています」


 心の中は、あくまで心の中に過ぎないのだ、と実感しました。私の見ていた景色は本当にごく僅かだったのです。交代したのが遥か昔すぎて、そんなことも忘れてしまっていたようですね。そもそも、あまりにも膨大な情報が頭に流れ込んでくるからという理由で、長時間表に出ていられなかったというのに。本来の原因を忘れるなんて……


「それは、どういう事だ?」

「時間がもったいない事ですし、本題に入りますね。私は、勇者、つまりナオを見る事で、勇者と魔王に纏わる真実の物語を知ったのです」

「真実の、物語ですの……?」

「心を失って魔王になった妹を、兄が滅ぼしたっていう……世の中を恨みながら死んでいった魔王の呪いのせいで、年月を経て蘇る話だったよな」


 それが広く世の中に伝わる物語ですね。けれどそれは、合っているようで間違っているのです。世界を滅ぼすために何度でも蘇る魔王が悪しき者として語り継がれていますが……本当は少し違うのです。その少しの違いが、当人にとっては大きく違う部分でもあります。


「では、聞いてください。真実の、物語を」




 金髪の兄と黒髪の妹が生まれ、黒髪だからと妹が厭われていたのは事実です。成長とともに二人の魔力はどんどん増え、それぞれ制御出来ないほどになっていました。けれど、二人は光と闇の対極に位置する魔力を持ち合わせていました。それが原因なのか、どんな作用が働いたのかは定かではありませんが、二人は共にいる時だけは、魔力の制御が出来ていたのです。


 けれどたまたまある日、妹が風邪をひき、その間兄だけが父親に連れられて仕事の手伝いに行くことがありました。そこで初めて、二人がそれぞれ持っていた魔力が暴走を起こしたのです。


「お、おいネオ、なんだその魔力は……!?」

「え? 元々だけど……でも、あれ? おかしいなぁ。いつもはちゃんと制御出来てるのにうまく抑えられないや……」

「おいおいおい、尋常じゃないほどの魔力じゃないか! しかも珍しい光の属性。みろ、畑の作物が無駄に育っていく!」

「本当だ! すごいね、父さん! 豊作!」

「ばかやろう、収穫の時期がずれるじゃねぇか。こりゃいかん。教会に行くぞ!」


 畑でその能力を見つけた父親は、焦って金髪の兄、ネオを連れて急いで教会へと向かいました。教会では、魔力の扱いになれていない子どもたちに制御の方法を指導しているのです。時に魔力の暴走を起こす場合には、生活に困らない程度の封印も施します。それによって、成長とともに徐々に解除されていき、扱えるようになれば自然と封印が解けるような仕組みです。

 教会の人たちはネオの大きすぎる魔力にかなり驚いていましたが、これは緊急事態だと慌ててネオに封印を施しました。これで一安心、父親とネオは二人で帰途につきます。けれど……


 自宅へ戻った二人は唖然としました。なぜなら、家には複数の魔物の亡骸があって、家を破壊し、作物を食い荒らされた形跡があったからです。そして一際大きなクレーターがあり、その中心に熱に魘されて倒れている黒髪の妹がいました。


「サーシャ! サーシャ、どうしたんだよ、大丈夫か!!」

「ど、どういう事だ……一体、なにが!? はっ、母さんは!? 母さんは無事なのか!?」


 ネオはすぐに妹に駆け寄り介抱しました。父親はすぐさま愛妻を探し、周囲を見渡していました。


「ネオ……? あのね、苦しいの……力が、抑えられなくて……」

「あ……もしかして、サーシャも僕と一緒で……? と、父さ……」

「その子よ!!」


 ネオの腕の中でサーシャは弱々しく伝えてきます。おそらく、妹も同じように魔力が溢れかえったのでしょう。それに気付いたネオが父親に伝えようと口を開いた瞬間。地下の避難シェルターに膝を抱えて座り込み、ガタガタと震える母親が、甲高い声で叫んだのです。


「その子が! 魔物を呼び寄せたの!! 闇の魔力よ!!」


 命の危機に晒され、パニックに陥っていた母親はヒステリックに叫びました。父親はそんな母を宥めながら、必死でネオに起きた出来事を説明しました。きっと、サーシャも同じだったのだろうと。それを聞いてなんとか落ち着きを取り戻した母親は、ではサーシャにも封印を、と教会へ向かう事にしました。いまだ不安定な状態な母親でしたから、父親とネオも一緒です。

 きっとこれでなんとかなる、と思ったのですが。


「ひっ……! む、無理です! こ、こんなに濃い闇の魔力は、教会には入れません……! 我々、教会の人間は、元々闇の魔力には弱いのです! 同等の力を持つ光の魔力持ちがいないと……!」


 膨大すぎる闇の魔力のせいで、門前払いされてしまったのです。一般的な魔力量であればまだどうにかなったけれど、これほどの濃い闇の魔力は、教会の人間を建物ごと破壊しかねないのだというのです。


「ネオと……二人同時に封印を施してもらわなければならなかったのか……!」


 それに気付いたものの、後の祭りです。一度施した封印は、大人になるまで解くことは出来ず、すでにネオはサーシャの魔力を抑えられる力を持っていませんでした。


「サーシャ……すまない。本当に……でも、こうするしかないんだ」

「い、いや……怖いよ! 怖いよぉ、助けてネオーっ!」

「サーシャ! サーシャ!!」


 このまま、魔力を放出したままサーシャを野放しにすることは出来ないと判断した教会は、サーシャを人里離れた山奥の洞穴へと閉じ込めることにしたのです。世の中への影響を恐れての決断でした。教会の決定を家族だからと覆せるわけもなく……サーシャは一人、洞穴に閉じ込められてしまいました。


「どうか、どうか生きていてサーシャ……! 大人になって、魔力が制御できるようになったら絶対に迎えに行くから……どうか……!」


 こうして兄、ネオは祈るように毎日を過ごしたのです。

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