第44話 俺たちの進路

 長い六限までの授業が終わり、俺は欠伸を噛み締めながら荷物をまとめていた。

 テスト期間である今週から放課後の部活は無くなっているので、今日はもう帰宅するのみ。

 大会で勝ち進んだ部活は学校から特別な許可を貰い練習ができるらしいが、それも今の俺たちには関係のない話だ。


「桐生ー、帰りボーリング寄っていかねー?」


 後ろからテスト期間なんてことを露ほど感じさせない、呑気でだらけて間延びした声が聞こえた。

 言わずもがな、タツだ。


「おい桐生、何て顔してんだよ。お前今絶対俺に対して失礼なこと考えてたよな」

「おう」

「おうじゃねえよ、思ってもせめて本人に悟らせるなよ」


 タツはわざとらしく、盛大にため息を吐いてみせる。

 普通テスト前は家で勉強をするために教材や何やらを持って帰るものだが、タツはいつも通り置き勉するらしい。


「ボーリングパス」

「結局パスかい! てかまたかよ、前誘った時もダメ、今日もダメ。一体いつになったら来てくれんの?」

「まだ二回しか誘ってねえだろ、その質問するにはまだ早い。あと五回誘ってきたら初めて考える」

「今まで考えてなかったの!?」

「うっせえな、俺はお前と違って勉強しなきゃやばいのー」


 この「お前と違って」というのは決してタツの成績が下の下だから、という意味ではない。逆だ。

 前回の中間テストでほとんど勉強していないのにも関わらず、学年順位四位という成績を残していたタツと俺は相容れない関係なのだ。


「でも藤堂も桐生と一緒くらいじゃん。全然今のままでもいいんでない?」

「うるせえ、お前に負けてるのが気に食わないんだよ。いつもどうやって勉強してんの?」

「えー、授業聞いてノート取ってたら分かるじゃーん。桐生たまに寝てるから今頃焦るんじゃん、日頃の行いだって」

「お前だって四六時中くだらない絵描いてんじゃねえかよ!」

「俺は聞きながら描いてるんです」

「それで点数高いのがおかしいって言ってんだよ! ったく、藍田といいタツといい、なんでこうも俺の周りは頭が良いんだ。嫌になる」


 言いながらタツを睥睨しようと椅子を傾ける。

 するとタツの背後に、見慣れた茶髪が揺れているのが視界に入った。


「あれ、その中に私が入ってないのはおかしいわね」


 理奈だ。

 何を隠そう、この幼馴染は。


「私、一位なんですけど。あんたが今言った頭が良い人の括りに、真っ先に加えられるべき人なんですけど」


 そう、こいつが一位なのだ。

 昔から俺より勉強はできたが、何せ小学生の頃はテスト順位なんて張り出されることはない。

 少し上なだけだろうと踏んでいたが、結果を聞いた時は度肝をぬかれた。


「お前より下って認めるのは……何か嫌だ。自分のクラスへお帰りください」

「酷くない!? 勉強教えてあげようと思ったのに!」

「いらねえよ、俺は自分で勉強する!」


 宣言すると、理奈が何か応戦しようと口を開いた。

 だがその言葉を聞く前に、教室外から呼び掛けがあった。


「理奈、練習行くよー!」

「え? あ、そっか! 分かった、待って今行く!」


 理奈を呼んだ女子は他クラスだが、体育館で何度か話したことのある女バス部員だった。

 俺には気付いていたようで、「話の途中でごめんね」とジェスチャーをされる。


「そっか、女バスは大会勝ち残ったんだっけ」

「勿論よ。でも今は勉強優先したいなあ」


 無二のバスケ好きである理奈が勉強を優先したいだなんて、明日は雪でも降るのだろうか。

 ましてや次は県大会で、ますます気合いが入る頃だろうに。

 俺が訝しんでいると、タツが思いもよらぬことを質問した。


「理奈ちゃんってどこの大学目指してんの? 聞いてる感じ勉強熱心みたいだけど」

「は、大学?」


 大学、という単語に思わず目を見張ってしまう。

 高校に入るために勉強して、やっと解放されたのだ。

 大学なんて単語を耳にするのは、まだ随分先のことだろうと思っていたのに。

 だが理奈はその単語に全く違和感を抱いていないようで、スラスラと返事をした。


「別にどこって決めてるわけじゃないけどさ、選択肢は多い方がいいでしょ。後からここ行きたいって思っても、時すでに遅しでしたじゃ嫌だもん」

「うおー、ちゃんと考えてるんだ。さすが一位だ」


 タツは感心したように腕を組んだ。

 その仕草で頭が良いように見えて腹がたつ。実際に俺より良いわけだが。

 それでも、それでもあのタツが四位だなんてこの世で一番認めたくない事実かもしれない。

 そんな四位から感心された理奈は恥ずかしそうに手を振っていた。


「やめてよ、さっきのは陽に向けての言葉なんだから。タツくんに言われると何だか小恥ずかしい」

「俺に恥ずかしくないのはどういう了見だよ。……ていうか、まさかお前もう受験勉強してんの……?」


 思わず語尾をしぼませると、理奈は吹き出した。


「何て顔してんのよ、あんた」


 何て顔をしてるんだと言われたのはこの短時間で二度目のことだが、今度は種類が全く違う。恐らく俺は畏怖の表情をしていたのだろう。


「あんたは普段の授業も受験勉強の一環っていう趣旨で言ってるんじゃないだろうし、その質問への答えはノーになるんでしょうね」


 そう言いながら、理奈は人差し指を立てた。


「でも、北高は特にテスト順位が進学実績に比例してるらしいから。あんたも期末は頑張りなさいよね」

「ぐ……だ、だるい……」

「あんたって周りに良い様に思われたいさがでしょ。なら尚更勉強した方がいいと思うけど」


 理奈の忠告に、タツもうんうんと頷いた。


「ありがたい一位からのお言葉じゃぞ。感謝せい」

「黙ってろタコ!」

「今日俺に当たり強くね!?」


 大体タコって何だよ! と喚くタツの声を耳から遮断して、以前聡美の言っていたことを思い出した。

 大学がゴールじゃないけれど、選択肢を広げるための切符。

 今しがた理奈も同じことを言っていたが、この幼馴染は俺よりはるか先を見据えているらしい。

 こいつも将来のために頑張ってるんだ。


「それでも、お前が一位って意外だったわ」

「……ま、頑張ったのよ」


 理奈は一瞬だけ、俺から視線を逸らした。

 その先に誰がいるのか、俺には分かる気がした。

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