13-2 タイトルの回収を始めます




 国立グリムワーズ魔法学院。

 通称『アカデミー』。


 放課後の屋外演習場で、今日もチェロの個人レッスンを受けていたエリシアは。

 目の前に顕現した木の精霊・ユグノの魔法を目の当たりにして……



「………………」



 ……フリーズしていた。



「こんな風に、ユグノを使うと蔦で相手を拘束したり、炎系の魔法をブーストさせたりすることが……って、エリス? どうしたの?」



 真面目に魔法の解説をしていたチェロだったが、エリシアの様子がおかしいことに気がつき声をかける。

 しかしエリシアは、虚空を見つめたまま無言で立ち尽くし……………


 と思いきや、突然!

 チェロの身体を地面に押し倒し、馬乗りになって白衣とスーツを脱がし始めた!!



「えっ、えっ?! ちょ、エリス……なにを……♡」



 戸惑うような演技を挟みつつも、まったく抵抗せずにそれを受け入れるチェロ。

 大の字になり、されるがままに脱がされながら、



「(エリスったら……ようやく自分の気持ちに素直になってくれたのね……いいわ、好きにしてちょうだい……♡)」



 などと思いながら、静かに目を閉じていると…………

 胸元に入れていた、精霊を封じた小瓶を三つ、奪われていた。



「……………………へ?」



 チェロは目を丸くして、半身を起こす。

 が、エリシアは彼女に一瞥いちべつもくれることなく立ち上がると、小瓶のコルクを一つ一つ開封してゆく。

 初めに開けたのは、電気の精霊・エドラ。封印を解かれ、中から黄色い光が浮かび上がる。


 エリシアはそれを……

 舌を出し、ペロッと舐めた。


 次に開けた炎の精霊・フロルも、最後に開けた大地の精霊・オドゥドアも。

 同じように、舌で舐めるような仕草をし……



「……………………」



 訳がわからず呆然と眺めているチェロの方を。

 エリシアは、ゆっくりと振り返って。




「…………………これ、精霊の味だ」




 ぽつりと。

 低い声で、そう言った。



「……せ、精霊の味……? エリス、あなた何を……」



 チェロは、困惑しながらも聞き返す。

 しかしエリシアは、やはり淡々とした声音で、



「だから。あたしが今まで感じていた空気中の"見えないなにか"の味は、精霊そのものの味だったってこと」



 そう告げるその口調は、普段の人懐っこいものではなく、限りなく素の彼女に近いものだった。

 そのまま、チェロが返事をする前に、



「例えば……今ここには、光の精霊・アテナが多くいる。次に多いのは、水の精霊・ヘラかな」



 舌を出しながら言うと、指輪リングを嵌めた指先で魔法陣を描き、



「──アテナ、そしてヘラ。我が命に従い、その力を示せ!」



 精霊を具現化し、魔法を発動させる呪文を唱えた。瞬間!

 彼女の手のひらから、目が眩むほどの強烈な光と、高波のようにうねった大量の水が放たれる!



「なっ……!!」



 その魔力の大きさに、チェロは目を見張った。


 魔法の威力というのは、その空間に存在する精霊の数に左右される。

 しかし、精霊は人間の五感では感知できないため……実際に魔法陣を描き呪文を唱えてみないと、どれくらいの力が発揮されるのかわからないのだ。


 しかし、今。


 エリシアは、この場に数多く存在するという精霊を言い当て、それを証明するかのように強力な魔法を発現させた。


 ……まさか………本当に……



「………精霊を…"舌"で認識できるというの……?」



 それが事実ならば、とんでもないことだ。

 目には見えない、無味無臭なはずの物体を……この世でただ一人、彼女だけは感知できるということ。

 チェロは、エリシアの肩をガッと掴んで、



「すごい……すごいじゃない、エリス! その能力を使えば、あなたは最強の魔導士になれるわ! ううん、戦闘だけじゃない。研究者としても前代未聞の存在になれる。どこに・どんな精霊が存在しているのか、あなたは把握することができるんだから! きっと歴史に名を残して……」

「チェロ先生」



 興奮気味に語るチェロの言葉を、しかしエリシアは遮り、



「……学院ここを最短で卒業するには、どうすればいいですか?」



 冷めきった瞳で、真っ直ぐにそう尋ねる。

 チェロは狼狽しつつも、「ええと」と少し考え、



「そうね……私が飛び級して卒業した時みたいに、のちの魔法研究に大きな影響を残すような発明や発見をすること……かしら? 例えば……まだ存在を知られていない精霊を見つけて、実用的な魔法として使えるようにする、とか」

「…………ふーん」



 エリシアは無表情のままチェロから離れると、くるっと背を向け。

 何も言わずに、女子寮の方へ帰り始める。

 それにチェロは慌てて手を伸ばし、



「ま、待ってエリス! レッスンの続きは?!」



 すがるように投げかけたその問いに。

 エリシアは一度だけ、彼女の方を振り返り、




「あ、もういらない。今までありがとう。それじゃ」




 平坦な声音で、そう言い残すと。

 そのまますたすたと、去って行ってしまった……






 ………という、一部始終を。

 クレアはいつものように、木の上に隠れて見守っていたわけだが。



「………………」



 彼も、静かに衝撃を受けていた。


 空気中の"見えないなにか"の正体を解明し、魔法と組み合わせることで食物を生み出すことが、エリシアの望みだったのに……

 その"見えないなにか"こそが、精霊そのものだったのだ。


 チェロの言う通り、これはすごいことである。名実共に一流の魔導士になれる素質を、エリシアは生まれながらに持っているのだ。

 まさに、神に愛された特異体質。しかし……

 それは彼女が望むものではなかった。


 エリシアは、なにも一流魔導士になりたくて魔法を学んでいたわけではない。

 自分で料理をせずとも、ちまちまと日銭を稼がずとも、美味しいものを望むだけ生み出せる力が欲しかったのだ。

 それが実現できないと知った今……彼女はどれほどの絶望を感じていることだろう。

 エリシアの気持ちを考えると、胸が痛くなる。


 彼女はこれから、どうするのだろう?

 今しがたのチェロとのやりとりでは、早くここを卒業しようと考えているようだったが……

 夢がついえ、自暴自棄になどならなければいいが。

 それに………



「…………………………」



 去って行くエリシアの背中を、地面にへたり込み呆然と見つめるチェロ。


 完全に放心状態となってしまったこの女も、気の毒といえば気の毒である。

 『今までありがとう』。エリシアはチェロに、そう言った。

 おそらくもう、個人レッスンを受ける必要がなくなったということだろう。

 いくら魔法を会得しても、食べ物を生み出すことには繋がらないのだから。


 つまりエリシアは、本当にチェロに懐いていたわけではなく……

 自分の夢の実現に"使える"人間だから、愛想を振りまき、慕っているようなふりをしていただけなのだ。


 それを本気にしてしまった、憐れな変態教師。

 ………心中お察しします。



 と、クレアが胸の内で合掌をすると。

 座り込んだチェロの肩が、ブルブルと震え出す。

 ま、そりゃあ泣くか。フラれたんだもの。

 さすがに少しは同情するよ……なんて、彼が思っていると、



「………んふ……んふふふふふ♡」



 チェロの口から漏れたのは、嗚咽おえつではなく……

 ………含み笑いだった。

 彼女はうっとりとした表情で頬に手を当てながら、



「なにあの冷たい態度……最っ高♡ ギャップ半端ないっ♡ 一体どこまで私を惹きつければ気が済むの? ああん、もっと冷たくされたい…ゴミを見るような目でののしられたい……♡」



 なんてことを呟きながら、くねくねと身体をよじらせるので……

 クレアは木から滑り落ちそうになる。



「あんな才能を持っているんだもの……私からレッスンを受ける必要なんか、もうないわよね。不要なものは冷酷に切り捨てるあのいさぎよさ……ますます好き♡ もう抱いてっ♡」



 ……この変態女に同情した自分が馬鹿だった……

 こいつは今や、筋金入りの"エリシア狂"なのだ。なにをされたって、心が折れることなどあるまい。

 と、クレアは枝にしがみつきながら呆れる一方で。


 ……悔しいが、チェロの発言には完全に同意できてしまうのも事実だった。

 何故なら、クレアもまた、エリシアに狂っているから。


 ……この女とはもっと別の出会い方をしていたら……

 同じエリシア狂として、彼女の素晴らしさを語り合いながら、美味い酒でも飲めていたのかな…………


 なんて。

 自分でも「柄にもないことを」と思うような考えが頭をよぎり、彼は慌てて首を振る。



 兎に角。

 夢が潰えたエリシアと、ますます燃え上がっているチェロ。どちらもいろんな意味で心配だ。

 今後も自分が、しっかりと見守っていかなければ。

 そんな新たな決意を胸に刻んだクレアだったが……



 事はもう、この三人だけに留まらないところまで、大きく膨らんでしまうのだった。


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