13-1 タイトルの回収を始めます




 ──カーテンの隙間から朝日が差し込み、小鳥たちのさえずりが聞こえ始める頃。



「…………………」



 エリシアは、静かに目を覚ました。

 ゆっくりと起き上がり、ベッドから降りて、カーテンを開け放つ。


 窓の外いっぱいに広がる、雲一つない青空。

 十五歳の、誕生日の朝だ。


 ………まぁ今年も、誰からも祝われる予定はないのだけれど。


 なんて胸の内で呟いてから、登校の準備をしようと部屋の中を振り返り……

 ふと。勉強机の上に、何かが置かれているのに気がつく。

 昨日、消灯した時にはなかったもの。



 白い、マーガレットの花。




「…………………」



 彼女は、赤いリボンが結ばれたそれを、そっと手に取る。

 部屋の鍵はかけていたのに。誰が、どうやってここへ置いたのだろう。

 『不思議だ』とは思う。しかし、『怖い』とは思わなかった。

 この花からは、悪意の香りは感じられないから。



「……誰だか知らないけど、いつもありがと」



 彼女は少しだけ微笑んで、その匂いをすぅっと吸い込む。

 それからすぐに、小首を傾げる。その花からは、何故だか……


 ショートケーキにも似た、甘い香りがするような気がしたのだ。







 ──それとほぼ同時刻。



「………………ふごっ?!」



 チェロは、深い眠りから目を覚ました。

 硬い床からガバッと起き上がり、辺りを見回す。

 そして昨夜、女子寮の倉庫内で酒を飲んだところまで思い出し……



「………………やっば」



 私としたことが、ワイン一本程度で眠ってしまうなんて。


 彼女は慌てて倉庫を飛び出すと、ポケットに入っていた鍵の束を一階の管理室へと戻し。

 コートの裾を押さえながら、まだ明けきらない街中を、家を目指して走り出したのだった。






 * * * *





 ──それから。


 クレアは、今までにも増してエリシアの"見守り"に精を出すようになった。


 誕生日の晩、鍵の型を取り合鍵をこさえていた彼は、定期的に彼女の部屋へと忍び込み……

 その度に、熟睡する彼女の寝顔のスケッチを取り、身体のあらゆるサイズを測定し、ほくろの位置まで把握し尽くした。



 もう完全に、開き直っているのである。

 自分は、エリシアの変態的なストーカーであると。



 しかし、行動が過激化したのはクレアだけではなかった。

 チェロもまた、エリシアへの気持ちをますます拗らせていた。

 誕生日の晩に想いを遂げられなかった反動から、悶々とした欲求をさらに膨らませ……

 校庭でエリシアが実践演習の授業を受けていれば、その体操着姿を拝もうと屋上から双眼鏡を構えたり。

 偶然を装って、校内で何度も遭遇したり。

 放課後の個人レッスンでは必要以上に身体を密着させ、エリシアを困惑させるほどであった。



 そんな変態たちに取り囲まれながらも。

 エリシアは『錬糧術れんりょうじゅつ』実現という壮大な夢のために、たゆまぬ努力を続けた。

 一度きりの人生、楽しく悔いなく生きるためには、美味しい食べ物が欠かせない。

 それが、彼女にとって一番価値のあることなのだ。

 だから、誰よりも真剣に授業を受け、図書館で文献を漁り、チェロに教えを請い……

 魔法で望む食べ物を生み出す方法はないか、本気で模索した。




 そんな日々を送っている内に。

 時間は、さらに進んで……


 エリシアは、二年生に進級した。



 そして、それは。

 彼女が進級して間もない頃に、起こったのだった。


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