10 侵入、します




 ──そんなこんなで。


 エリシアはチェロから魔法を習い、みるみる内に実力をアップさせ。

 チェロは、エリシアとの脳内百合物語をどんどん進展させ。

 クレアはそれらを、時に悶え、時に自己嫌悪しながら見守り……

 もちろん、本業の方もきちんとこなしつつ過ごしている内に。




 あっという間に、半年の月日が流れた。







 その日も、クレアは。



「………………」



 家主がグースカ眠るその部屋で、ノートに記された官能小説の続きを読み耽っていた。


 もうすっかり通い慣れた、チェロの部屋である。


 二週間に一回のペースで、この妄想ノートを楽しみに……否、監視しに訪れているのだが。

 最近、その内容がいよいよ過激さを増してきたのだ──




 ===================



「どうしたの? チェロさん。あらためて呼び出したりして」

「エリス……私がなにも知らないとでも思ったの?」



 きょとん、という顔をするエリスの頬に、私は優しくキスをして。



「……十五歳のお誕生日、おめでとう」



 そう耳元で囁いた。

 するとエリスは驚いたように声を上げる。



「なっ、なんで知っているの? 誰にも教えていないのに…」

「馬鹿ね。あなたのことで、知らないことなんかないわよ。ほら、ここ……」

「……あっ」



 ふ……と、そのまま耳に吐息を吹きかければ、エリスはくすぐったそうに身をよじる。



「耳が弱いってことも……背中が感じやすいってことも……どんな声で啼くのかまで、ぜんぶ知っているんだから。誕生日がいつか、なんてこと、知っているに決まっているでしょう?」

「もう……チェロさんたら」



 私の言葉に彼女は、耳まで真っ赤にして抗議する。

 その、恨めしそうに睨みつける眉さえ、可愛くて愛しい。



「だから……今日は、プレゼントを持ってきたの」

「……プレゼント?」

「そう。いつも私ばっかり楽しんでいるから……」



 ばさっ、と。

 私は、羽織っていたコートの前を開いて、自分の格好を見せつけながら、



「今日は……エリスが私を、好きにして……?」



 彼女は私の姿に、言葉に、ますます顔を真っ赤にして目を見開く。

 私がどんな格好をしているかと言えば……

 裸に、真っ赤なリボンで胸と局部だけを隠し、自分自身をラッピングしているのだ。



「気に入って、くれたかしら?」

「………っ」



 返事をする代わりに、エリスはその口で私の唇を塞ぎ……

 そのまま、少し乱暴に押し倒してきた──



===================




 ……そこまで読んで。

 クレアは、ノートをパァンッ! と閉じた。

 半年も通えば、これくらいの物音ではチェロが起きないことも把握済みである。

 と、そんなことはどうでもよくて。


 ……これは、まずいぞ。

 攻守タチネコ交代の激熱リバ展開……!!

 …………じゃなくて。


 この女、やはり知っていたのか。



 エリシアがもうすぐ……誕生日を迎えることを。



 そう。クレアがエリシアに初めて出会ったあの日から、もう間も無く一年が経とうとしていた。

 つまり。

 彼は今年もジェフリーの遺言に従って、マーガレットの花をこっそり彼女に届けなければならないのだが……


 ……この妄想ノートの内容を見るに、チェロもエリシアの誕生日を意識しているらしい。


 この半年間、辛うじて手を出さなかったチェロだったが……エリシアの人懐っこい態度に、日増しに想いを募らせていることは明らかだった。

 誕生日を機に、具体的なアクションを起こしてくるもしれない。


 ……最大限の警戒をする必要がありそうだ。

 チェロの動きに気をつけつつ、今年も任務を遂行しなければ。




 ──こうして。

 第二回・エリシアちゃんのお誕生日大作戦が、幕を開けたのだった。




 クレアの作戦はこうだった。


 誕生日前日。エリシアの住む女子寮の食堂に、食材を納品する業者を装って潜入する。

 男子禁制の女子寮は調理師までみな女性だ。建物内に入るには、これしか方法がない。


 調理師の目を盗み、調理場にある換気ダクトから天井裏へと入り込む。

 通気口を伝って、三階にあるエリシアの部屋を目指し、近付いたらそのまま待機。寮内が寝静まるのを、じっと待つ。

 十分に時間を置いたら、外へと繋がる換気口から一旦出て……ベランダから、エリシアの部屋へと侵入する。


 実際の部屋の構造はわからないが、勉強机の上などわかりやすいところに花を置けばミッションコンプリート。

 翌朝、誕生日を迎えたエリシアの手元に確実に届く、という寸法だ。



 嗚呼……ついにエリシアちゃんのお部屋へ足を踏み入れてしまうのか。

 どんなかんじかな。綺麗に整頓されているのか、それともちょっと散らかっているのか……女の子らしく、ぬいぐるみや絵が飾られていたり? 必要最低限のものだけが揃った、シンプルな部屋も彼女らしいと言えば彼女らしい。


 ……いや、これは"任務"だから。

 だって部屋に入らなければ、彼女に内緒で誕生花を渡す手段がないわけだし?

 女子寮の玄関口に置こうものなら、誰の手に渡るかわかったものではない。


 だから、断じてワクワクなんかしていないぞ。

 断じて。



 ……と、もう何度目かわからない言い訳を脳内で垂れつつ。

 クレアは、



「こんにちはー。注文いただいたお品、納品に伺いましたー」



 爽やか好青年スマイルを浮かべ。

 アカデミー敷地内にある女子寮の裏手側、調理場の勝手口の戸を開け、大きめの声でそう言った。


 エリシアの十五歳の誕生日、その前日の夕方である。



「あら? 何か頼んでいたものあったかしら?」



 クレアの声に食堂の奥から、割烹着姿の中年女性が頬に手を当てながら現れる。

 そして彼の持ってきた台車の上……ケースの中に綺麗に並べられたものを見て、



「まぁ! 美味しそうなケーキ!」



 目を輝かせた。


 クレアが納品と称して持ってきたもの。それは……


 切り分けられた苺のショートケーキだった。


 その数、約二百個。

 エリシアのための誕生日ケーキだが、さすがに彼女にだけ配膳するのは不自然だからと、寮に住まう女子生徒全員分、用意したのだ。もちろん、自腹で。


 しかもちゃんと、エリシアが王都に来てから足繁く通っているお気に入りのケーキ屋で注文をした。きっと美味しく食べてくれるはずである。

 あくまで侵入する隙を生むための道具ではあるが……これを今日の夕食のメニューに加えてもらえれば、一日早い誕生日プレゼントにもなる。一石二鳥だ。



「では、こちらに受け取りのサインを」

「えぇ? ケーキが届くなんて聞いていないけど……」

「しかし、既にご料金も頂戴していますし……ほら、こちらが納品精算書です」

「あら、本当だ。え? 三日前に、学院長さんが……?」



 クレアは偽りの精算書に記された、偽りの学院長サインを見せつけながら、



「男子には内緒で、と承っております。日頃の感謝を込め、調理師のみなさんにもぜひ、と」



 口元に人差し指を当て、ウィンクしてみせた。

 もちろんこれも、でっち上げた作り話である。


 クレアの微笑みに、食堂のおばちゃんはぽっと顔を赤らめて、



「ま……まぁ、学院長ったら。ただのハゲ親父かと思っていたら、たまには気が利くのね。ほほほ」

「こちら、重いので私が運び込みますね。中へ入ってもよろしいでしょうか?」

「ええ、もちろん。気をつけてね」

「ありがとうございます」



 これで、男子禁制の女子寮へ入り込むという第一関門は突破である。

 クレアは人の良さそうな笑顔を浮かべたまま、ケーキの敷き詰められたケースを五つ、慎重に運び込む。

 すると、それに気付いた他の調理師たちがわらわらと集まってきて、



「あらやだ! こんなにたくさん!」

「美味しそう……ダイエット中だけど、食べちゃおうかしら」

「お兄さんが運んできたかと思うと、いっそう美味しく感じられるわ〜」



 などと口々に話し始めた。

 まったく、かしましいとはよく言ったものである。女同士が集まれば、途端におしゃべりだ。



「後ほどケースの回収に伺いますので、台車は置かせておいてください」



 そうクレアが呼びかけるが……食堂のおばちゃんたちはケーキとおしゃべりに夢中である。


 ──よし、今だ。


 クレアは、存在を空気に溶かすように気配を消し、調理場の奥へと向かう。

 先ほどケーキに群がってきた調理師は、全部で五人。事前の調べによれば、今日当番の調理師はあれで全員なはずだ。


 狙い通り、調理場の奥には誰もいなかった。

 クレアの足は、初めて訪れたとは思えないほど迷いなく、ある一点……天井に付いている換気口の下へと辿り着く。


 ちょうど近くに手頃な椅子があったので、それを足場に換気口のカバーを開ける。

 人ひとりがやっと通れるような幅。だが、もう少し進むと分岐点があり、そこは多少ゆとりがあるはずだった。


 クレアは音を立てないように、換気ダクト内へと入り込み……


 しばらくして中で折り返したのか、ダクトの縁に足を引っ掛けるようにして換気口から逆さにぶら下がる。

 そのまま振り子のように揺れ、足場にした椅子を元あった場所に戻すと……

 再びダクトの中へとバックしてゆき。


 カタン、とカバーを閉め、完全にその姿を消した。


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