2-1 次に、恩師の娘を訪ねます

 



 しかし、彼のメモが記した行き先は"はずれ"だった。

 そこに、目的の母娘はいなかったのである。



 王都から二つ東に進んだオーエンズという領地にある、小さな村。

 調べた住所にあったレンガ造りの小さな家をノックするが、返事がない。よく見ると庭が雑草だらけで、窓も閉め切られている。


 近隣の住民に聞き込みをすると、確かにその家で母娘が二人暮らしをしていたようだが……

 ひと月ほど前に、母親──つまりジェフリーの元妻が病に倒れ、亡くなったらしい。

 残された一人娘は隣領の親戚の家に引き取られたため、もうここには誰も住んでいないのだと、お喋りなおばちゃまが教えてくれた。



「別れた旦那も、貿易商か何かでほとんど家に帰らなかったって聞いたわ。母子家庭で、ただでさえ苦労していたのに、娘さん独りになっちゃって……大丈夫かしらねぇ」



 頬をさすりながら、心配そうに言うおばちゃま。

 その言葉に、クレアは納得する。


 恐らくジェフリーは、妻にも子にも自分の本当の生業なりわいを明かしていなかったのだ。

 なにしろ、恨みを買われやすい仕事である。大切な家族に危険が及ばぬよう、どこかで情報が漏れないよう、ひた隠しにしてきたのだろう。だから、クレアを含む部下たちも皆、妻子があったことを知らされていなかった。



 娘の行き先を教えてもらい、おばちゃまに礼を伝えて再び歩き出す。

 娘が引き取られた親戚の家というのは、王都のすぐ隣の地・エステルア領……クレアが通過してきた場所だった。


 無駄足、とまでは言わないが、思ったよりも時間がかかりそうだな。と、彼は西に傾きつつある太陽を見上げる。


 娘の誕生日は明後日。今日はどこかに宿を取り、明日またエステルアを目指すとしよう。





 *  *  * *




 翌日。


 オーエンズ領内の宿屋で一夜を明かしたクレアは、昨日おばちゃまに聞いた娘の居場所を目指しエステルア領へとUターンしていた。


 娘がいるのは、領内の中心地にあるタブレスという街らしい。商業が盛んなエステルア領において、最も活気のある大きな街だ。


 目的の場所に近付くに連れ、だんだんと栄え始める街並みを眺めながら、クレアは考える。



 幼くして父親と離別し、母親とも死に別れた、十四歳になる少女。

 元々家族のいないクレアには、その辛さを想像することは難しかったが……

 ジェフリーを失い、心にぽっかりと穴が開いたような今の自分のこの気持ちと、それはきっと似ているのだろう。

 そうであれば、とても……とても、悲しいはずだ。



 たった独りきりの誕生日を、その娘は一体、どんな顔をして迎えるのだろうか。



 しかしクレアには、その娘の前に姿を現すつもりも、ましてやジェフリーの死を伝えるつもりも更々なかった。

 アストライアーと繋がりがあることが周囲に露見すれば、せっかくジェフリーが護ってきたものがふいになってしまう。


 だから、ジェフリーがこれまでやってきた通り。

 姿を見せず、名を明かさないまま、この花だけを置いて去る。


 それこそが、彼から自分に最後に授けられた任務なのだと、クレアは思うのだった。


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