第一部 ストーカー生成レシピ

1-1 まず、恩師が死にます

 



 -二年前-




「あーあ……俺もヤキが回ったな……」



 そう言って、自嘲気味に笑う男の口から……

 真っ赤な血が、流れ出す。



「クレア……最期に一つだけ……頼んでもいいか?」

「ジェフリーさん、もう喋らないでください。今、救護隊が来ますから」

「あのなぁ……お前にだってわかるだろ? これ……」



 と、クレアの腕に支えられながら、男は虚ろな目で自身の腹部に視線を向ける。


 穴。


 明らかに致命傷と呼べるほどの大穴が、その男の腹には空いていた。

 しかし奇妙なことに、患部からは一滴の血も流れていない。代わりに肉の焦げたような臭いと、服の端をチリチリと焼く黒い煙が辺りに充満していた。



「もう、助からねぇよ……テメーのことだ、そんくらいわかる。だから、クレア……最期に、頼まれちゃくれねぇか……?」



 仲間たちが剣を振るい、敵を次々と捕らえてゆく、その喧騒に紛れるように。

 男は、掠れた声で、こう告げた。



「時々でいい。娘と、妻を……見守っていてほしい」



 クレアは驚き、目を見開く。

 男は、血の付いた口をニッと吊り上げ、



「言っていなかったが……俺な、昔、所帯を持っていたんだ……仕事ばかりでほったらかしていたら、出て行かれちまったが……それ以来」



 男は、震える手で自身の服の胸元を探り、何かを取り出す。



「娘の誕生日に……これをこっそり、届けているんだ。あいつの、誕生花」



 それは、くたくたに萎れた、白いマーガレットの花だ。



「もうすぐ、あいつの誕生日なんだ……頼む、家の前に置くだけでいい……俺の代わりに、これを……」



 花をクレアに託すと。

 途端にその手から力が抜け。




「じゃあな、坊主……達者で、な……」




 それが。

 男の、最期の言葉となった。





 * * * *





 魔法研究で栄える王国・アルアビス。


 自分の生まれ育ったこの国は、とにかく無駄に広いと。

 クレアは地図を手にしながら、ため息混じりにそう思った。


 西部に位置する王都から放射状に各領地が広がっているわけだが、それぞれに独自の文化や風習が根付いている。

 王都から離れれば離れるほど、その独自性は顕著となるようで、国の最端の領地などは言語までもが少し違うらしい。

 十八歳に至る今日こんにちまで王都を拠点に生きてきた彼にとっては、なかなかに想像し難いことだった。


 最低限の旅装に身を包み、クレアは今、王都から二つ東に進んだオーエンズという領地を訪れていた。

 先日、自身の腕の中で息を引き取った恩師……ジェフリー・ウォルクスの妻と娘を探すために。




 クレアには、肉親がいなかった。

 死別したのか捨てられたのか、それすらも定かではない。とにかく物心がついた時には、彼は既にアルアビスの中枢で、国に忠義を尽くす戦士として生きるよう訓練を受けていた。

 周囲にいるのは、自分と同じように親のいない子どもたち。それらが寝食を共にし、教養を学び、優秀な戦士となれるよう実技訓練を受ける。彼が育ったのは、そうした軍事養成施設だった。


 それを辛いとか、悲しいとか、そういう風に感じる感覚すら彼にはなかった。

 施設の中で、国の戦力となれるよう日々鍛錬を積む。

 それが、彼にとっての当たり前だったから。



 十歳を過ぎる頃、施設の子どもたちはその適正に応じて二グループに分類される。


 剣を学ぶ者と、魔法を学ぶ者に。


 クレアは同世代の中でも群を抜いた剣の才能を発揮し、最も厳しいとされる教官の元で更に鍛えられることとなった。

 その教官こそが、ジェフリーだったのだ。


 鬼教官と名高いジェフリーだったが、その実態はクレアの想像していたものとは少し異なった。

 さぞ厳しい訓練が待ち受けているのだろうと覚悟していたクレアだったが、ジェフリーから訓練と呼べる訓練を受けた覚えは一切ない。


 何故なら……準備もなく、いきなり実戦の場へ放り込まれたのだから。



 ジェフリーは、アルアビス軍においてより特殊な任務を遂行する「アストライアー」という組織に身を置いていた。

 とりわけ、諜報活動……他国と黒い繋がりのある者や反乱分子となり得る者たちを秘密裏に調査し、事が起きる前に処断する部隊にて、隊長を務めていた。



 ……そういえば、初対面でいきなり犯罪グループを潰す陽動役に使われたっけ……

 と、クレアは苦笑いしながら思い出す。



 ……いや、陽動というより……


 あれは完全に、"鉄砲玉"だ。


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