目覚めの朝
そこで目が覚めた。いつも不愉快で憂鬱な目覚めはどこかに吹き飛び、飛び上がる様に上体を起こした。荒々しく息が乱れている。一体なんなんだ。ここ連日のこの夢はなんなんだ。
私にこんな夢を見せている何かが居るのだろうか?
その何かは私に何をして欲しいんだろうか?
そこまで考えて咄嗟に笑ってしまった。何を他人事の様に、まるで被害者の様な言い草だろう。そうだ、本当は分かっている。私は知っている。
私は大罪人だ。
乾いて引きつった無様な笑い声を口から溢しながら眠っていたベッドに勢いよく背中を預けた。私を苛む存在であるもう一人の温もりなど既に消えている。
私の住んでいた村は本当にただの田舎だった。田舎でもそこそこの自警団が組織されていたし、ほんの気持ち程度ではあるが討伐協会の支店も置かれていた。獣や魔物の脅威もそこまで深刻ではなく、平凡で平和な片田舎。
そんな平々凡々な田舎に似つかない、とても美しい男の子がいた。そのまま年月が経ち、村の年頃の娘は皆一度はその彼に恋をすると言ってもいい程、男の子から青年になった彼は益々魅力に磨きがかかった。勿論、私も例外ではなく彼と目が合えば頬を染め、浮かれた。憧れてはいても喋る事は愚か見向きもされない、そんな凡庸なただの娘だった。
そんな私と彼の交じらない関係に転機が訪れたのは国からの御布令が発せられた時。精霊神の加護を受けた選ばれし者が生まれていること。その者は精霊印の特殊な痣を持っている。当て嵌まる者は近隣の騎士隊詰所や王都まで知らせるよう書いてあった。
すぐさま村の住民は自分の身体を調べた。自分で確認出来ない所は家族に見てもらうというちょっとしたお祭り騒ぎになった。勿論、私にはそんな痣はなかった。
ただやはりと言うべきか、彼がその痣らしきものを持っていた。そう知らされた村の人間は一様に納得した。ああ、やはり彼は非凡な存在だったかと。
御布令がでた翌日に彼は半日ほど離れた騎士隊詰所がある隣街に向かうことになった。それが今日まで続く罪のはじまり。偶々その日、私が父の作った木工細工を隣街に卸しに行く、ただそれだけの理由。
丁度いいから一緒に乗せて行ってくれと彼に笑いかけられて、何故あの時了承してしまったのだろう。年老いた白毛の馬が引く荷の御車台に彼と二人。私の高鳴る胸と熱を持つ頬を利用された。
街が近付くと彼が私を引き寄せ縋るのだ。怖いと、もしこの痣が国が探している物だったら、自分は一体どうなってしまうのか、何をさせられるのか、と。そんな事を考えもしなかった私には衝撃だった。
だから、思ってしまった。可哀想だと。彼の助けになりたいと。
街の商会で父の細工を卸し、そのお金を彼に差し出して私は言った。これを元手に少しでも遠くに逃げてと。彼は差し出した私の手を両手で掴むと言う、一緒に逃げてくれ、と。憧れていた村一番の美丈夫にそんな物語のような言葉を伝えられて断れる程、当時一六の私は大人ではなかった。
あれから何年経ったのだろう。国はあれから何度も御布令を出し、見つからない彼の者を本格的に探し始めたのかある時から彼の似顔絵が詰所や教会に貼られるようになった。確実に彼を探している。そして年々魔物の勢いが増している。国や教会が血眼で探す、精霊印を持つ者。
もう潮時かもしれない。
そう思わせるくらいに私はこの生活に疲れていたし、あんな生々しい意味不明な夢は自分の意思を全く感じさせず何かの干渉を感じさせる。まるで諭す様で現実と向き合えと言うような、そんな意思を感じた。全く耳に痛いものだ。
私と彼の間には恋も愛も、既にない。彼に至ってはそもそも私に対してそんな感情さえ抱いていないだろう。あるのは私から彼への惰性の情と、彼の恐れからくる私への執着。
諦めと何かを断ち切る想いを込めた大きな息を吐きだし、いつもより清々しく感じる陽の光を感じながらベッドから降りる。散らばった自分の服を着ると、私は振り返ることなく宿屋の一室を後にした。
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