彼女の選択肢

日暮 千疾

一夜目

 気付いたら、私は暗闇に支配された部屋に居た。


 暗闇の中、私の目の前にある粗末なベッドが激しく音をたてる。その原因である一組の男女がベッド脇に置かれたランプに照らされ、男に責め立てられ女が乱れる様を私は冷静に眺める。

 

 多分これは夢なんだろう。今の私には足や手といった身体の感覚がなく、目の前を映す視界と私という自我しかない。だから、動けない。私はより激しさを増すベッドの横から男女の情事を眺めるしか出来ない。


 強制的に行為を見させられているとは言え、私に見られている男女の顔はランプの明かりが届かないのか、幸いな事に分からない。だからか尚の事、絡み合う男女の肉体にばかり私の目が向く。


 男は体格が立派な筋骨隆々という言葉が似合う逞しい肉体をしていた。大小様々な傷痕が見れ、猛々しい印象どころか女を責め立てる様子からして猛々しいの一言だ。今も仰向けで息も絶え絶えの体な女の腰を力に任せて掴み、膝立ちをしている男のそそり立っている雄の位置まで持ち上げると、容赦のない鋭い一突きで女の嬌声を引き出している。雄を女の中から抜く時は酷く名残惜しいと言わんばかりにそろりそろりゆっくりと、抜けきるほんの手前になると我慢できぬとばかりに手加減の一切感じられない一突きでまた女を襲う。

 

 対して女は驚くほど平凡のように思う。

 細くも太くもなく、小柄に見えそうなのは絡み合う男が大柄すぎるからだろうか。仰向けの体勢で確認出来る胸はお世辞でも豊満とはいえない、残念な膨らみだ。正直に言うと仰向けでは膨らみなのかも怪しい。

 

 傍から見ている私には男に無理やり襲われている光景にしか見えない。


 そんな思いを感じていると、女が嬌声以外に初めて言葉らしき声を途切れがちに零し、震える両手を力が入らないながらも精一杯持ち上げ、男に伸ばした。

 男がそれに気付いた途端、女に覆いかぶさり絞め殺すように思えるくらいきつく女を抱きしめ、乱暴としか表現できない荒々しい口づけを女にぶつける。

 

 その一連の行為で、私は悟る。


 ああ、この男女は愛し合っているんだと。


 男が自分本位に欲望を女にぶつけていても。乱暴すぎる行為でも。女は知っているんだ。そして分かっているから女は嬉々として求め、受け止めているんだ。


 羨ましい、と。私は強く思った。何度も何度も、繰り返し思う。羨ましいと。


 暗くなっていく視界で私が最後に見たのは、男に手伝ってもらいながら、女の震える両手がゆっくりと男の首周りに絡んでいく光景だった。


 完全に見えなくなる直前、顔の見えない男女が互いに微笑み合うのが、なぜか、分かった。




 ああ、羨ましい。



 そう思いながら目を開けると、また暗闇だった。だけど今度は分かる。現実だと。 

 私の背中に顔を埋めるようにしながら後ろから抱きしめる、いや、違う。しがみつくように回された腕を身体に感じる。知らずため息が漏れた。なんていう違いだろう。


 私を盾にするように引っ付いている男と私。

 夢に現れた男女。


 さっきまで私はこの男に抱かれていた。まるで大罪人が罪から逃げるように、罪に怯え、一時でもそれから目を背ける為だけに。


 いつになったら私は解放されるのだろうか。




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