体育祭は涼風とともに⑥
結局白鷺と連絡が取れたのが日の暮れた後だったこともあり、一夜明けた放課後、ボランティア部員が理事室に集められた。
アキラがリョウと御櫻神社のことをその場で報告すると、トーマとタツミは大袈裟に驚いた。
「実家が神社で霊が見える!? あのリョウが? 本当かよ」
「しかもその神社にも地下の入り口があるって、もう訳が分からないね」
「リョウくんのお父さん曰く、御櫻神社はこの学園と元々同じ土地にあったんだって。そうなんですよね理事長」
「そうだねえ」
話を振られた白鷺は、理事室の壁に埋められた棚をごそごそとやり、丸まった大判紙を取り出す。
それは所々が黄ばんだ古い地図だった。
テーブルの上にそれを広げ、白鷺はトントンと指である箇所を示す。
「ここが今この学園が建っている場所で、こっちが御櫻神社。宮司さんの言うとおりここら一帯は元々『御櫻』と呼ばれていて、我らが桜中央学園の名前の由来にもなっているんだ」
「確かに、学園の場所が『御櫻』地域の中心なんですね。だから桜中央なんだ」
アキラが合点がいったように頷く。白鷺はそれを見て話を続けた。
「学園を建てる際の
「地鎮祭?」
「ほら、家を建てる前に神主さんがやるやつ。かしこみかしこみ~って」
「まあ結局はこの地の呪いが強すぎた訳なんだが。むしろ御櫻神社はこの地の呪いを外に漏れないようにしている、と言った方がいいかな」
宮司であるリョウの父、覚はアキラの事を見てすぐに白鷺の名を挙げた。覚はもしかしたら、白鷺よりもこの土地に詳しいのかもしれない。アキラは白鷺に詰め寄った。
「神社に行きましょう、理事長」
「そうだな。神社の地下も調べようぜ」
「今の話からするとそうせざるを得ないでしょ。明らかに関係あるじゃん」
トーマとタツミも賛同の声を続ける。しかし白鷺は三人を止めるように手のひらを向けた。
「逸る気持ちは分かる! よーく分かる! けれど危ないから準備が出来てからね。まだ地下二階に行けるルートを探している途中なんだよ」
「俺らがちゃっちゃと潜った方が早いって!」
「床が崩れているのを忘れてないかな!?」
白鷺が作る地下の地図があるとないとでは探索にかかる時間が大幅に変わってくる。歩ける道が可視化されるだけでなく方角、勾配、深度などが分かるようになっているそれは、白鷺がドローンを使って地道に作成しているのだ。
アキラたち部員の安全のために。
「という訳でまだ鋭意作成中だ! 全力で特訓と情報収集と体育祭に臨むこと! いいかね? ……ところで君たち、何の競技に出るのかな?」
「ドッジボール」
「バスケ」
「バレー」
「よし、見に行くからね!!」
「「「来んでいい」」」
*
桜中央学園高等学校の体育祭は、いわばクラス対抗スポーツ大会のようなものだ。生徒たちは何かしらの競技に参加し、勝ち点の多いクラスが優勝。
自分の競技がない時間は自由に応援していていいため、アキラはドッジボールをそこそこに終わらせてナギサとぼんやり過ごそうと思っていた。
しかしその目論見は大きく崩れ去る。
「まだ転校生が残ってるぞーー!!」
「やれーー! 当てろーー!!」
「ひえええーーー!?」
男女合同でドッジボールを行うと、男子が早々に潰し合い、最終的には平和な女子同士の戦いになることが多い。
しかしアキラのクラスは負けに負け、遂に内野に居るのは女子一人、アキラだけになってしまった。
相手がまだ半数いるにも関わらずだ。
四方から狙われる恐ろしさと孤独で半泣きになりながらも、アキラは精一杯頑張った。
顔面にボールを受けるまでは。
「ゔっ……」
「顔面セーフ! 顔面セーフ! って、本野さん鼻血出てるーーー!!」
「アキラちゃん大丈夫!?」
「もういい! よくやった本野ーー!!」
こうして鼻血を出したアキラは、クラスメイトの「本野」コールを背にふらふらと保健室へと向かったのだった。
「何なのあの異様な盛り上がりは」
転校前の学校ではあそこまで白熱しなかった。
アキラはティッシュで鼻を押さえながら、保健室へ続く廊下をとぼとぼ歩く。
応援席にいたナギサが付き添いを申し出てくれたが、やんわりと断り次の競技の応援に向かってもらった。
大勢の前で鼻血を出して退場なんて恥ずかしすぎる。このままではトーマの参加するバスケットボールの試合の応援も出来ない。
絶対に見に来るようにように言われていたのに。
「はー。ごめんトーマくん。がんばって」
口呼吸をしながらクラスメイトの健闘を祈る。鼻血は止まりかけていたが、ボールが当たった顔面が痛みがある。
氷をもらって冷やそう。アキラは誰もいない廊下を早足で進んだ。
生徒と教師は校庭や体育館に集まっており、校舎はしんとしていた。先程まで人の熱気に包まれていた分、静寂がいやに耳に纏わりつく。
遠くから聞こえる生徒たちの声。
一人、別の世界にいるような感覚。
それに気づいた時にはもう遅かった。
ズリッ……
不意に何かを引きずるような音が響き、アキラは足を止めて周りを見回す。
昼間だというのに妙に薄暗い廊下。後ろを振り返っても誰もいない。
背筋がどんどん寒くなる。アキラはこの場から離れようと足を動かそうとするが、一歩が鉛のように重い。
またどこかからズリズリと音が響く。
辺りがどんどん暗くなっている。それにつられるように、アキラの呼吸はどんどん浅く速くなっていく。
ズル、ズルッ……
音だけがする。
大きな何かが床に擦りながら移動する音。
明らかに近付いてきているそれだが、視認できない。逃げようにもどこに逃げればいいのか分からなかった。
そしてついに、それは現れる。
視界の端、暗い廊下の曲がり角からぬるりと何かが這い出た。
「ーーっ!!」
声にならない悲鳴を上げ、アキラは全身を硬直させる。何度遭遇しても慣れることはない非現実が、地を這って迫ってくる。
アキラの視線の先では、手足がおかしな方向に曲がった人間がずるずると廊下に這いつくばっていた。
血まみれのその体を引きずって、真っ直ぐにアキラに向かって来る。
逃げなければ。頭では分かっていても足がすくんで動かない。
廊下にどす黒い血の跡を残しながら、徐々にそれは迫る。
「だ、駄目。来ないで、お願い」
絞り出したアキラの言葉に反応するように、四つん這いのそれが顔を上げた。
両の目から煙が噴き出している。
落ち窪んだ眼窩からは絶えず黒煙が上がり、眼球の代わりにその空洞から大量の血が流れ出していた。
何故か視線を外すことが出来ない。アキラはやっとの思いで後ずさる。それが這いずって来る速度は、少しずつ上がっていた。
せんせい、
置いていかないで
ーーせんせい、
弱々しい、悲しげな声がアキラの耳に届く。
それは体躯の小さな少年だった。
足がもつれる。思わず床に倒れ込んだアキラの体に、血みどろの腕が迫った。
足首を掴まれる。その小さな体のどこからそんな力が湧いているのか分からない程、強い力だった。
顔を覗き込まれる。眼球が失われているというのに、アキラのことを確かに見ていた。
『せんせい?』
アキラは遠のく意識の中で否定しようとした。のしかかる重さと血の匂いに耐えながら口を開くが、声にならない。
違う、私はあなたの先生じゃない! 私は……ただの生徒なのに。
抵抗虚しく、アキラの意識はそこでプツリと途切れた。
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