星と霧の小夜曲⑫
疑ったことはないにしても、白鷺について多くを知らないことは事実だった。
星野の言葉がアキラの心に暗い影を落とす。
現状ではこのまま白鷺と共に幽霊探しを続けるしかない。しかし、もしも他に呪いを解く方法があったとしたら、怖い思いをして幽霊探しをしなくてもいいのではないか。
星野に全てを話し、助けてもらう方がいいのではないか。
アキラに答えは出せなかった。
白鷺と今晩の予定を立てなければならないが、アキラは理事室に向かわずに携帯電話を取り出す。白鷺と対面する前に気持ちの整理をしたかった。
「今晩だね。分かった。倉庫で準備しているからトーマ君と一緒に気を付けておいで」
白鷺に電話をかけ直し、今晩の地下探索の約束を取り付けたアキラは長いため息をついた。
待ち合わせまでまだ時間がある。一度家に帰り着替えをするために、アキラはとぼとぼと歩を進める。
そうだ、トーマくんに相談しよう。
アキラの脳裏に頼もしい仲間の顔が浮かぶ。星野の正体についてもトーマと共有し、白鷺に話すべきかどうかを二人で決めればいい。
幽霊専門の調査員である星野が自分を疑っていることを知ったら白鷺はどう思うだろうか。白鷺に対する疑念を晴らさない限り、星野が白鷺に協力してこの件に臨むことはないとアキラは感じていた。
――けれど、お互いが私の事を心配してくれている。私が二人の間を取り持たないと。
やるべきことが増えたことに気付き、アキラのため息はさらに続くのであった。
*
今日の撮影は散々だった。
タツミは眉間を押さえ、帰宅ラッシュに巻き込まれた体を引きずるように帰路につく。
下校後電車を乗り継ぎ撮影場所に向かい、指示通りに写真を撮られる。タツミにとってはいつものことだが今日は特別に疲弊していた。
タツミの熱意がないなどと難癖をつけてくるカメラマンに、無理矢理笑顔を向けるなどという無駄な事をしていたからだ。
熱意でいい
くだらない。
ふと視界に入る交差点で、見慣れた人物が信号待ちをしていることに気がつく。
西條トーマ。彼には人を自然と集める特別な才能があるとタツミは常々感じていた。それに嫉妬するほど愚かではないが、自分にないものを持つ存在として認めている。
何故か転校生の本野アキラと最近連んでいるようだ。アキラは星野との諍いがあった件もあり、退屈しのぎに観察するのも悪くないかもしれないとタツミは考えていた。
ふと昼間の出来事がタツミの脳裏に浮かぶ。トーマとアキラの会話の内容からすると、これから二人は待ち合わせ場所に向かうのだろう。
付き合っている訳でもないのに夜に待ち合わせて何をしようというのか。
自分の持たない熱のようなものを二人に感じ取り、タツミは口角を緩やかに上げた。
なあ、君たちのその熱量はどこから来るんだ。教えてくれよ。
享楽が欲しい。刺激を渇望している。苛立ちの中のほんの少しの期待を胸に、タツミはトーマの背を追いゆっくりと歩を進めた。
訳が分からなくなるような出来事が起こることを願っている。白黒の世界に一滴の色水を流し込みたい。それがどんな色でも構わない。
例え目を覆いたくなるような
タツミの祈りは思わぬ形で現実となる。
興味本位でトーマを追い、アキラとの逢瀬を
トーマは待ち合わせ場所である倉庫裏には行かず、何故か倉庫の中へと入っていく。タツミも追うが中からトーマではない男性の声が聞こえ、扉の前で立ち止まった。
『ではトーマ君……防塵マスクを……』
『……! こんなの着けた……ない』
トーマと誰かが言い争っているのが聞こえる。アキラではないことは確かだ。タツミは無駄足だったことに苛立つように舌打ちをし、倉庫を後にしようとする。
その時、踏み出した足にひやりとした空気が絡みついた。
タツミがぎくりと肩を揺らし足元を見下ろすと、白い霧の帯がゆらゆらと足首に巻きつくようにそこに在る。
なんだこれは?
タツミは伊達眼鏡を外しまじまじとそれを観察する。その霧は倉庫裏まで細く長く続いているようだ。
導かれるように霧の発生源に近づくと、茂みの中にぽっかりと口を開けた穴が現れた。
霧を噴き出す穴の周囲には小型の機械や懐中電灯が置かれていて、今にも誰かが中に入りますといった様子が見て取れる。
「へえ。こういうところで探検ごっこしてるってわけね」
タツミは合点がいったように携帯電話のライトをつけて、穴の中を覗き込んだ。恐らく中ではドライアイスか何かで霧を焚いているのだろう。
トーマとアキラは夜な夜なここで遊んでいるのだ。タツミはその仮説に胸を躍らせた。高校生にもなって秘密基地ごっこでもしているつもりだろうか。
なんて幼稚で愉快なのだろう!
トーマが倉庫にいる今、この穴の中に居るのはアキラか。
タツミは躊躇うことなく穴の中へと入っていった。
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