【連載版】呪縛のジオグリフ
三ツ沢ひらく
序章
引越し
学舎、惨劇跡に建つ。
五体の邪霊、この地を呪はむーー。
*
生活環境が変わるということには、どうにも慣れない。
蕾の膨らみ始めた桜並木というのは、遠くから見るとほんの少しだけ赤みがかっているように見えて、近くによるとまだその時ではないとでも言うように枝の茶色が主張していた。
桜の町を謳っているだけあり、春には満開の桜が視界すべてを彩るように覆う。
それと同時に小規模だが桜祭りが開催され、閑静な住宅街から人々が集まりだしたりするのだ。
祖父に連れられ林檎飴をねだっていた子供の頃を思い出し、アキラは目を細めた。
駅から祖父の家まで続くこの道が、アキラは好きでもあり嫌いでもあった。
この桜並木の嫌なところ、それは葉の季節になると毛虫が大量に落ちてくることだ。
一度だけ頭に直撃をくらってしまい、一日中泣いていたことがあった。長期休暇の間だけ祖父と祖母に会いに来ていた小学生の頃の話だ。それから大の虫嫌いになったアキラは、花が終わったらなるべく樹の下は歩かないようにしている。
食材が入った買い物袋を右手から左手に持ち直す。
最近できたという駅前のスーパーマーケットには、お気に入りのフレーバーティーが無かった。高校の友人に教えてもらった、ほのかにオレンジの香るそれは、少しだけ大人の味がしたと思ったのに。
代わりに買った新発売のスムージーを一口飲んでみたが、斬新な味がして、すぐに買い物袋に戻した。
知っている町も住んでみると慣れないものだな。
アキラはこの三月に高校一年生を終え、祖母の住むこの町に引っ越しをした。
母と二人であの便利で狭い都会に住んでいるのも悪くなかったが、祖父を亡くしてすっかり元気のなくなった祖母を見るとやはりこれで良かったのだと思った。
アキラの父は顔も思い出せない頃に亡くなった。その分、母方の祖父と祖母には良くしてもらった自覚がある。仕事で忙しい母に代わり、食事や宿題の面倒を見てくれた、大事な家族。
祖父が亡くなり母が故郷であるこの町に戻ると言い出した時、アキラは一瞬戸惑いはしたがすぐに理解した。
――これから、この町でおばあちゃんとお母さんと三人で暮らすんだ。
友人と離れるのが寂しくなかった訳ではないが、引っ越すといっても同じ関東だ。忙しい中心街から少しだけ離れるだけ、会おうと思えばすぐに会える。
そう言えば冷めていると友人に責められるかもしれないが、アキラは年頃の女子にしては淡泊な性格だった。
ようやく荷解きもひと段落し、新しい学校での始業式を控えたアキラのため、今日は祖母が手料理を振る舞ってくれる。
母は仕事の都合で半年ほど引っ越しが遅れるので、その間は祖母と二人で生活する予定だ。
今日は祖母が気に入っている韓流ドラマのDVDを見ながら、ゆっくり話そう。
不安があるとすれば、新しく通う学校のことだった。
諸手続きは無事に終えているが、初めての転校にアキラは珍しく緊張していた。
そういえば、始業式が終わったら理事長室に行くよう言われていた。
手続きの最中にそのことを言われ一瞬書類を書く手が止まったアキラだったが、それを言った教師も不思議そうな表情を浮かべていた。
「うちの学校、生徒が理事長室に呼ばれることって滅多に無いんだけどね」
まあ、転校生って珍しいし、何か特別なお話があるのかもしれないわね。
そう言う若い女性教師は、アキラの固い表情を見て慌てて作った笑顔を向けてこう告げた。
「なんにせよ、ようこそ
蕾が薄く色付く桜並木を抜け、アキラはひとつ息を吐いた。
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