第12詠唱 叶わぬ理想(中編)

「もうすぐ電車が来るぞ」

  

 リリィと健二は旅行をする為、新横浜という駅で新幹線を待っていた。

 

「でんしゃって?」

「あれだよ」


 ちょうど後ろに別方向へ向かう新幹線がけたたましい騒音と共にやって来たので指をさす。


「なにあのもうじゅう」


 新幹線のタイフォンを獣の咆哮(ほうこう)と勘違いしたのか、驚いて人差し指で耳に栓をし健二の後ろに隠れる。


「よろいをきたもうじゅうが、わたしたちをねらってる」


 額から緊張の汗をタラリと流し声を震わせた。


「アッハッハ!あれは猛獣じゃない、機械だよ車と同じ乗り物さ」

「ほんと?」

「ほら、見てな中から人が出てくるから」


 背中から半分だけ顔を出し覗く様に見ると、突然電車のドアがゆっくり開きドッと黒やコーンのスーツをきた人々がわらわらと出てきた。


 その光景を見たリリィは目をギョッと見開き信じられないという顔で「ひとがうまれた」と思わず口からこぼす。するとまた健二は大笑いした。


「ハッハッハ!生まれたんじゃないよ、僕たちと同じで別の駅から乗って来たんだよ」

「へ、へ~」


 数分後、丁寧なアナウンスの後、顔の先が尖がっている白の下地に青のラインという清潔感のあるデザインをした新幹線が風を纏(まと)って勢い良く走ってきて徐々にスピードを落としやがて止まった。


 リリィは、電車の傷を隠す様に良く磨かれたピカピカの白いボディーをまじまじと見ると、警戒するように片足で軽く何回かける。


「うごかない」

「機械だから当然だ、ほら早く乗るよ」


 リリィを片手で抱き上げ、二人の荷物が入った大きなキャリーケースを引きずり電車に入る。


「ふかふか」


 指定された席に座らせるとリリィは少し腰を上下に跳ねる。

 

 やがて電車はドアを閉めて徐々にスピードを上げながら乗客たちを次の駅へと運び始める。リリィは魔法の箒(ほうき)と車以外早い乗り物を見たことがなかった為、「わ~すごーい!」と窓の外を見て足をパタパタさせた。


「パパすごい!くるまやまほうのほうきよりもはやいね!」

「そうだな~はやいな~」


 次々と変わりゆく景色を見ながらはしゃぐリリィに、「可愛いなぁ~」と健二は、思わず甘い声になり頭を撫でた。


 ガタゴト揺られて1時間40分、京都に着き健二はすやすや寝てるリリィの体を揺さぶった。


「ほら、降りるよ遥陽(はるひ)」


 初めは風景を楽しんでいたが飽きていつの間にか寝ていたリリィは「はえ?」と眠たい目蓋をこすり立ち上がり健二に手を引っ張られるがまま歩く。


「もうついたのぉ......」


 寝そうなリリィに苦笑いして「次の電車で最後だよ」と答える。


「む~でんしゃはそらをとべないの?」

「流石に飛べないな~遥陽はファンタジーが好きなんだな」


 ムスッとするリリィの気分を良くしようと繋いでる手を前後に揺らした。


 鈍行列車に乗り越え40分揺られてやっと到着する、すると突然ウトウトしていたリリィが俊敏に周りを見渡した。その様子は目的地に着いて喜んでいるというよりも誰かに警戒している様子だった。


(魔力?何故......ココは魔法少女が存在しない世界のはず)


 その瞬間、脳裏に昔魔導機動隊の3つの小隊が教会に奇襲をかけてきた記憶がフラッシュバックし「まほうしょうじょ......」と口からこぼす。


 呟くと健二がピクッと肩を動かす。


「パパ、はやくいこう!」

「え、あ、ああ......」


 強い魔力を感じたせいか完全に目を覚ましたリリィは、いつでも魔武を出せるように両手を開いたままトタトタと走る。ゲートをくぐり駅から出るとスッとさっきまでの電流が流された様にビリビリと感じる感覚が無くなる。


「無くなった......居なくなったのか?」


 後を追いかける様に「おいおい、どうした!」とキャリーケースを引いて健二が走ってくる。


「あ、ごめんなさい......いや、なんでもないの」

(もう大事な人は失わない、その為にも......私がちゃんとしなきゃ)


「ははは......まぁ良いよ別に」


 膝に手をついて肩で息をして白い玉の様なものいくつも出す。


「だいじょうぶ?」

「あぁ平気だ、それよりお腹は減ってない?」

「うんうん、だいじょうぶ!」

「なら、とっておきの場所に行こう」

「じゃあそのにもつもつよ〜」

 

 健二の持っていたじぶんの背と同じぐらあるキャリーバックに抱き着く。


「ありがと遥陽、優しいな」


 少し歩きそこからタクシーに乗り5分“奈良公園”と書かれた看板が見えタクシー降りると中へ入った。


「なぁに?あのいきもの」


 細い枝の様な四本の足で立っている少し出た小さな角が特徴的な小鹿を指さした。


「あれは鹿だよ」

「し、か?」


 押していたキャリーバックから離れて恐る恐る鹿に近づいて手を伸ばすと鹿は驚き遠くへ逃げて行った。


「にげちゃった」

 

 追いかけようと数歩歩いた時、遠くの方に周りの人とは違った服を着た人間が見え足を止める。


すねまである厚手の黒く大きな布を左肩から右肩を出す様に斜めに掛け、その下には足まで垂らした2枚の着物を重ね着した袈裟付羅衣七條袈裟(けさつきらいしちじょうけさ)姿で、さんど笠で鼻まで隠している怪しい人間がこちらを見て立っていた。厚着(あつぎ)のせいかボディーラインどころかまるで銅鐸(どうたく)の様な姿だった為性別は判断できなかった。


 相手は良く見れば口元が見えるほど遠いい距離だったが、押しつぶされそうな程の魔力にリリィは少し睨んで警戒する。


 すると彼か彼女か分からない人物は首にかけている大人の拳ぐらいあろう一粒一粒が大きい数珠をかけなおすと、にこりと静かに微笑み両手を合わせてお辞儀をした。


「リリィ?どうした?」


 気が付けば健二が心配そうに顔を見ている。


「え?あ、いやなんでもない、」

「ここに来てから変だぞ?体調崩したんなら早めに良いなね?」

「はーい!」

(やっぱりパパには感じないのか)


 エヘヘとリリィは作り笑顔を浮かべながら吹き出る汗を袖で拭く。


「ちょっと待ってな、鹿さんと仲良くなれる良い物を持ってきてあげる」


 そう言って数メートル離れた自動販売機に向かって行った。


「ありがとう......」


 さっきの変わった格好のした人の方へ目をやると豆粒の様に小さくなり、かなり距離も離れたのを確認すると、「ふぅ」と胸を撫で下ろす。


「ん?」


 目の前に、刃物か何かでスパンと横に綺麗に角が特徴的な大きな鹿が頭を地面に下げて立っていた。


「何か食べてるの?」


 しゃがんで鹿の顔を覗き聞くが、鹿は食べ物に夢中でリリィの事に気づいてないのかこちらを見ない。


「ほら遥陽、頭を撫でてみな」

「こ、こう?」


 恐る恐る手を伸ばして頭を撫でると鹿は気持ちよさそうにパタパタと耳を動かす。


「かわいい~」

「ほらコレをあげてみな、もっと集まるから」

 

 「うん!」と大きく頷き、健二からせんべいの様な物が入った袋を受け取るとさっそく一枚出してみた。


 すると後ろから一匹近づいて来て「それくれ」と言わんばかりに、リリィの小さな背中を頭で軽く押す。


「はいはい、どうぞ~」


 その姿に健二はカメラでパシャリと撮る。


 餌をあげていると次は二匹、三匹とだんだん集まってきて、気が付けば大きな鹿たちがリリィをカツアゲする様に囲んでいた。


「わわわ!ちょっとまって!」


 「ヒャッ!」と鹿たちに押し倒されポテッと尻もちをつく、エサは周りにばらまかれ鹿たちはムシャムシャと食べる。


「わ、わたしはえさじゃないよお」


 リリィに餌でも付いていたのか、ベロベロと舐めてくる鹿たちを掻き分けて「ぱぱぁ~」と健二の腰に抱き着いて後ろに隠れた。


「もういこ、しかこわい」

「もう良いのか?」


 顔じゅうを鹿に舐められたリリィは「くさい......」と悲し気に呟く


 公園にあった水道で顔を洗い二人は法隆寺へバスで30分かけて向かった。


「でかーい!」

「綺麗だな」


 大人よりも大きな塀が二人を向かい入れる、中に入ると真っ直ぐ進むよう敷かれた白い正方形の石畳みが真っ直ぐ敷かれており、その道の周りを海の様に黒い小石の砂利が敷かれていて松の木が数本に鯉たちが優雅に泳いでいる大きな池が一つあった。


「遥陽、まえまえ」


 リリィは健二の指さす方向を見ると「わー!すごいおおきなもん!」と目を輝かせる。


 立派な塀で囲まれた中に更に鼠色の瓦屋根の木で作られた大きな門があり二人は中に入る。


「おおきなろうかだねえ~」


 廊下は檜でできたつやつやの床で、リリィは「いいにおい!」と深呼吸して檜の匂いを楽しむ。


「ねえパパ!左になにがあるの?」

「ひだりは何もないよ、この廊下は正方形の輪のようになってるんだ、だから廊下に沿って歩いたら?」

「またここにもどってくる?」


 「そう言う事」とほめる様にリリィの頭を撫でてから手を引っ張り目の前の出口に出る。


「おおきなおしろがふたつもある!きれい」

「昔はココに住んでたんだ」


 二つの城はそれぞれ形が異なっていて、一つは二階建ての本当に人が住めそうな大きな寺で、その横に立っている寺は縦長で、寺と言うよりも正方形の搭で、5階建てなのか一階一階頭に瓦の屋根が着いていた。


「一つは金堂(こんどう)、もう一つが五重塔だ」

「へ~わたしごじゅうのとうみたい!」

「じゃあまずそっちに行くか」


 白い丸石が引き詰められた砂利道を歩いて五重塔の手前まで行く。


「なかはおへやじゃないんだね、どうくつみたい」

 

 目の前には長い年月使われていたのか、塗装が所々剥げている赤い木製の柵が搭の中に入らせないように置いてある。


 中を見ると、バスぐらいあるであろう大人よりも大きな一つの岩で彫刻された無数の仏像があり、その中央に周りとは違く少し錆びついた金色の座禅を組んだ大仏があった。


 灯りは一切なく壁に空いた穴からさす光で照らされていて、薄暗い中にある彫刻にリリィは健二の服の裾を掴んだ。


「もう一つの方に行こう!」

 

 逃げる様に金堂へ向かうリリィに「意外と怖がりなんだな」と聞こえない程度に呟く。


「きんいろできれい!」


 金堂は大きいだけあり、毎日磨かれてるのであろう中は目をくらますほど眩しいピカピカな黄金色の座禅を組んだ大仏が置いてある。


「きょじんみたい!パパよりもおおきいねえ」

「ほんとだね、僕たちなんて小さすぎて指先で潰されちゃいそうだな」


 あははと笑う健二につられてリリィも笑顔になる。


 金堂を堪能(たんのう)した後周りで行われている屋台を見て回っていると、白い文字で“占い”と書いてある紫色ののぼり旗が立っていた。


「う、ら、な、い?うらないってなあに?」

「占いってのはその人の未来や運命を教えてくれる場所だよ」

「へ~!パパうらないやりたい!」


 繋いでいる手をグイグイ引っ張るリリィに、「しょうがないな~」とデレた様子で引っ張られるがまま紫色ののぼり旗がある屋台に向かった。


 占いは当たるのか、平日にも関わらず長蛇の列が出来ていて、番が来たのは数十分後でリリィからはさっきのワクワクした感じが消えていた。


「屋台にしては偉い本格的だな」


 赤いテーブルクロス掛かった横長テーブルの上には、水晶玉・タロットカード・筮竹(ぜいちく)が横から順に並べていて。筮竹を使った占いが人気なのかそれだけやけに汚れ古びてる。


「うらなってください!」


 テーブルの前に置いてある椅子に座り、占い師と向かい合った瞬間、ベテランのオーラを放ついぶし銀な着物姿のおばあちゃんは目を見開き驚いているのか声が出ずに口をパクパクさせる。


「どうしたんですか?」


 リリィは占い師の目の前で手をひらひらさせるとハッと我に帰り「雪路(ゆきじ)さまですか?」と興奮気味に言う。


「わたしははるひだよ」

「そんなはず、鬼も逃げるようなその強い神の力を持つ者は雪路さましかいない!」

「あのぉ本当に人違いですよ、この子は私の娘で雪路って名前ではないです」


 リリィの肩に手を置き落ち着かせるよな口調で健二は言うと、占い師は「黙れ若造!」といい30本の束になっている筮竹を手に取り何やらお経の様にブツブツと唱えながら占い始める。


 占いはじめ数分後、筮竹の束を半分に分け数を数えてから「そんなはず......」と驚愕した。


「何が出たんです?」

「なんですか?」

「その者は雪路さまではない以前にこの世界の者ではない」


 占った時に微かに感じた魔力に、リリィは目を細め「じゃあわたしはどこにいたの?」と聞く。


「さぁ、だが雪路さまに並ぶ異常なまでの力、神の住む世界か」

「かみさまねぇ」


 自分が何者か悟られたんじゃないかとハラハラしていたが、その曖昧(あいまい)な返答にホッと胸を撫で下ろす。


「はるひといったな、主はその有り余る力を持っているが故、これから更に多くの不幸と苦しみが降りかかるだろう、今抱いてる理想、または夢は捨てて早く本当の自分を見つけなさい、さすればこれから降りかかる苦難も乗り越えられるだろう、だが見つけなければ自我が崩壊し人ならざる姿になる」

「そうしたらどうなるの?」

「主の周りの物・人・目に映る全てを消滅させる」


 占い師の重い言葉にふとリリィは“あなたももしかしたら、ほんとうのすがたがあるのかもしれない”と夢で聞いたセリフを思い出し固唾を飲んだ。


「ほんとうのわたし」

「主は永い修羅の道を歩むことになる、己を信じる心を強く持てばこの先もきっと歩んで行けるだろう」

「なる、ほどう」


 占い師は悲しそうな顔をし「まだ若いのに、可哀想だ」と言ってからテーブルに数珠を置いた。


「持っていくがよい特別だぞ、どこかで役に立つだろう」


 リリィは「ありがとうございます」と頭を下げてから数珠に手を差し伸べようとした時、数センチの所で異常なまでに強い魔力をビリビリと手の平に感じ一瞬取ろうとする手を止めるが、直ぐに掴みポケットの中に入れた。握っているだけで魔力で手がおかしくなりそうだったからあまり持ちたくなかったのだ。


「さっき取り乱して申し訳ございませんでした。お父様もこの子を大切になさってくださいね」


 健二に深々と頭を下げる。


「いえいえいいですよ、占い代はおいくらですか?」

「お金はいりません」


 気が付くと長くいたのか夕方になっていて、二人は予約をとっているホテルへ向かった。


 ホテルは和風に作られていて部屋は畳が引いてありコタツが置いてある。お風呂に入った後部屋に運ばれてくる和食の料理を楽しみ、その後は長距離の移動のせいか満腹になった時に疲労と眠気が二人を襲い布団を引いて眠りに就くことにした。


* * * *


 寝始めてからどのくらい経っただろうか、何かを感じたリリィはハッと目を開け起きると周りを見る。


「気のせい?」


すると目の前に蛍の様な柔らかく光る青い小さな光が浮いていることに気づき、触れようとすると「ついて来て」と誘うようにドアの方に飛んでいく。


「ついて行けばいいのかな?」


 リリィはコートを着て靴を履くと導かれるように光を追っていった。


「何処まで行くの?」


 気が付けば竹林の中に居て、進んでる途中で光が消える。


「誰か来たの?」


微かに聞こえる足音に魔武を出して警戒していると、前からドーラが驚いた顔で現れる。


「光を出したのはベティさんでしたか」

「光?」

「青白く光る光です」


 どうやら本当に彼女じゃないのか、ベティは顔を横に傾けていた。


「まぁ丁度良かったです。リリィさん、貴方にお渡ししたい物と一つ警告をしたくてここに来ました」


* * * *


「デリちゃん、一旦休まない?」


緑色のペンダントをつけた女性は壁に背中をつける。


「駄目に決まってるでしょ、この間にもアシュリーが向かってきてるかもしれないし隠れ家が見つかるまでは我慢だよあーちゃん」


二人は廃教会でアシュリーに襲撃された後運よく逃げる事ができ、それ以来隠れ家をずっと探しているらしい。


すると壁に背中つけ休憩しているアロージアは何かを感じたのか、星の見えない夜空を見上げた。


「デリちゃん感じる?」

「少しね、数人の魔力を感じる」


アロージアはその瞬間笑顔になる。


「きっと魔道機動隊が助けに来たんだよ!こっちの世界に来れるようになったんだ!」

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