第10詠唱 姉の剣と妹の剣

「まずくなったミポ......」

「いい二人とも、お姉ちゃんはまだ不完全、恐らく人間の心が戻る瞬間があるはず」


 結衣は右手から魔武の大剣を出す。


「不完全じゃないってどういうこと?」


 リリィが剣を構えた瞬間、結衣は目を細め警戒し「説明は後で、とにかく結衣が合図をしたらイザベルはティデイトで第5地区に皆を瞬間させて」とイザベルとドミニカに伝える。


 すると燃え盛る家全体が「パキッ」と大きな音がなると共に、リリィが姿勢を低くし床を蹴ると一瞬で結衣の目の前に現れ片手剣を振り落とす、結衣は紙一重で後ろへジャンプし避ける。


「あなたは私に勝てない」


 また一瞬で結衣の後ろに移動し剣を突き刺そうとするが、結衣は大剣でガードする。剣と剣がぶつかり合い火花が散り空に金属音が響き渡る。


「ロージャスがいない!」


 結衣とリリィの人間離れした戦いにイザベルとドミニカは気をとられていたせいで、姿を失う。


「ドミニカ危ない!」


 ドミニカの真上に飛んでいるベティに、イザベルは持っていた大杖を振り炎の球を飛ばす。


「遅いですね」


 左手に持っていた銃で炎球を撃ち消す。


「弱いですねえ」


 右手から銃を出現させると銃口をドミニカの脳天に向け引き金を引く。


「お前もな」


 足に雷を宿わせ高速で移動する、が見えて居るのか、ベティは両手の銃を捨てて地面に着地すると、ドミニカが止まった瞬間に左手からマスケット銃を出してズドンと撃つ、弾は額に向かって飛んでいく


「クッ......」


 双剣を出現させると、早すぎて見えないため弾に宿る魔力だけ感知して防ぐ


「弱い者を殺すのは私の美学に反しますが......」


 吐いた息が拭きかかるほどの距離まで迫るドミニカに「まぁ、私たちに美学などもうないか」とニヤリと笑い両手の銃を捨ててまた両手にマスケット銃を握る


「キャ――――!」


 横から飛んできた結衣がイザベルの肩に当たり、体がふわりと浮いて1メートルほど飛んで行った。


「お前は私には勝てない、お前もまた完全ではない結衣」


 結衣はすぐに体制を立て直し、一瞬でリリィに近づき大きな剣を振るが「まだ遅い」と細身の片手剣で防ぐ。


「なぜ剣を抜かない」

「人の心が残っているお姉ちゃんにあれを使う必要がないからだよ!」


 結衣は「リーゼ!」と唱えると腕に血管の様な赤く光る線が何本も現れ、今度はリリィが切り飛ばされ家の壁を突き抜けて室内の壁にめり込んだ。


「軽い」


 結衣は間髪入れずに近づき、轟音を鳴らして大剣を横に振る。リリィは埋った体を壁から離し大剣に片足をかけて背中に回り込むと心臓を狙い突き刺そうとした。


「やっぱり私を殺すことはできないみたいだ」


 どうしたのか剣は心臓ではなく右肩を突き刺していた。リリィは舌打ちをすると、大きな盾で結衣を向かい側の家の壁まで追い込むと、そのまま盾先で左肩を突き刺す。

 左腕がだらりと垂れる。


「あの時より随分と甘くなったんもんだね」


「ラオホ!」と唱えて町中の酸素を吸う様に、口いっぱいに空気を含み、大量の煙をリリィ顔に吹きかける。盾先は間一髪右肩をかすめ壁に穴を空けた。


「ふざけ!」


 リリィは真上に高く飛ぶと、追い詰める様にコンクリートの槍が弾丸の様に下から飛んできた。


 大盾に全身を隠し防ぐと「ブリッツ!」と結衣の詠唱が町中にこだますると、リリィの頭上に青白く光る稲妻が落ち、片手剣で防ぐが稲妻の周りから放出される電気に体が痺れて下へ勢いよく落ちる。


 結衣は血を流す肩の傷の痛みに耐えつつ、大剣を両手で握り直し刃先を前にして右肩の上らへんで構ると、目標に目指して地面を後ろへ蹴り音を置いてくスピードで突進をする。


 リリィは体を翻(ひるがえ)し額の中心を捉(とら)えている大剣の剣先の横を片手剣の細い刃を押し当てた。筋肉が電気により硬直して上手く力の入れられないが、奥歯をギリギリと鳴らし防ぐ。


 すると結衣の蹴りが腹部に当たり、遠くへ飛んで行った。


 砂煙を巻き上げつつ片手と両足で踏ん張りブレーキをかけ、結衣を睨み「ツァンプフェン!」と叫び、目の前に5つの氷柱(つらら)の様な鉄製の大人の腕ぐらいはあるであろう太い針を出すと光の速さで飛ばした。


「ママを虐めた魔導機動隊は全員許さない」


 重たい大剣を捨て目に強化魔法を宿し飛んでくる太い針をかわすと、間合いを詰め大剣を出現させる。


「だからどうした!」


 リリィは迫る大剣を踊るようにひらりと避ける、と結衣の肩から腕へ流れていた血が飛び頬に当たった瞬間、どこか懐かしい温もりと共に古い記憶が脳裏に駆けめぐった。


 黒く濁っていた瞳に光を戻すと意識が戻ったのか「なんで、なんで戦ってるの?」と悲しそうな顔で言い結衣から離れる。


「イザベル今!」


 呼ばれた本人は大杖の先を地面に刺して目をつぶり、「ティデイト」と唱えてドミニカと結衣と妖精の二匹を連れてその場から消えた。


「逃げられましたか」


 ベティは持っていたマスケット銃を捨ててリリィの方へ駆け寄る。


「私はまた......」


 * * * *


「またこの夢か」


  結衣は、室内にこもった生暖かい熱気と鼻の奥を突き刺す死臭と、土がむき出しになった天井が見て察した。


「ん?拘束器具が外れてる?」


 いつもは、血がベッタリ付いた鉄製の実験台の上に手と足が拘束され、全裸の状態で寝ている状況だったが、今回は器具の鍵が外れていて足を上げると動けた。


「動ける......という事はいつもとは違う夢?」


 ベットから降りて気づいたが周りに飛び散っている血が乾いていて、赤レンガの様な黒ずんだ赤色に代わっている。


「あれ?ここにあったガラスケースは?」


 いつもは左半分に、人型のモンスターという言葉が似合う生き物が、全身浸かっている入った緑色の水が並々と入った大きな円柱型のガラスケースが心狭しといくつも並んでいたが、それがほぼ無くなっていた。


「ゆい......そこに、いるの?」


 結衣は今にも死にそうな途切れ途切れの弱々しい声の方向を見ると、そこには自分と同じ白髪の少し大人びたリリィが目隠しをされている状態で、血で汚れた鉄製の実験台に寝っ転がっている。


「お姉ちゃん!」

「よか......た、まだそこに、いてくれたんだ」


 リリィは息苦しいのか眉間に皺を寄せて息を荒くして話す。


「ゆいに......いいたい、こと......が......」


 差し出す震える両手を、結衣は小さな両手で優しく包み「なに?お姉ちゃん」と言うと、ホッとしたのか表情が少し和らぐ。


「ゆい?......わたしはゆいと、たたかううんめいになる......いや、わたしはゆいとおかあさんと、たたかうことになるの......」

「私は決してお姉ちゃんと戦わない!そんな間違った運命私が変えてやる」


 そう言うと「ならあんしんだ......」と弱々しく笑う


「ゆい......わたしはぜったいにもどらないけれど、もうひとりのわたしは、すぐにあなたのめのまえにもどってくる、だから、まもってあげて、ね......」

「え、もうひとり?」


 リリィは頷いてから、ゆっくり真後ろにある円柱型ガラスケースの方に顔を顔向ける。結衣も同じ方向を見ると、目を見開いて「嘘でしょ」と言葉を漏らした。


 そこには数分前に戦った黒髪のリリィが裸体の姿で液浸標本の様にガラスケースに入っていた。


「あの子は......」


 その時だった、ヒンヤリと冷たい棒の先が結衣の背中に触れたと同時に強い電流が全身に流れて、糸の切れた人形の様に土の地面に脚から崩れ落ちピクピクと痙攣する。


「ふふふ~駄目よ~リリィちゃんに近づいちゃ、その子はおねむなんだから~」


 悪魔の様に白い歯を光らせて笑いながら結衣を見下ろすアシュリーの姿がそこにあった。


「なん......で」


 どんどん気が遠くなり視界が真っ暗になってゆく。


「......カハッ!」


 勢いよく飛び起きゼエゼエと肩で呼吸をする。


 地面には点滴が倒れていて、ベットの横でパイプ椅子に座っていたドミニカは立ち上がり床に落ちた掛布団を拾い上げる。


「気分はどう?」


 汗を滝の様に流して荒く呼吸をする結衣に、看病をする母親の様に心配そうに聞く。


 病院特有の鼻にまとわりつくアルコールの香りに鼻をつまんで、「最悪」と眉間にしわを寄せて言う。


「そうか、よく休めよ」


 部屋から出るドミニカに「どこに行くの?」と聞いた。


「ちょっとした会議に行くだけだよ、結衣はさっきまで気を失ってたんだからゆっくり休んでな」

「ついて行かないっての」



 * * * *



 ココは1~6地区の魔導機動隊基地と話し合う部屋


「結衣の調子は?」


 ドアを開けて入るドミニカにアイラは首だけ向けて聞く。


「かなりうなされていましたが特に問題はありませんよ」

「そうか、なら良かった、あの子にはいくつか聞きたい事があったからな」


 アイラは対面する、ホログラムで全身映された二十歳辺りであろう作業服姿のショートカットの女性に顔を向けなおした。


「すまない、で魔導機械工学科のそっちは例のゲートの開発は順調?」

「かなり順調ッス!あと二、三日で完成するッス!」


 彼女は写真を出してアイラに見せる。


「ほぉ、長方形か」

「なんか古代遺跡の入り口みたいですね」

「デザインを捨てて性能を優先にしましたッス!」

「まぁいいやその調子で頼む」


「はいッス!」と元気よく敬礼する。


「しかし向こうの世界に行くとしてどのチームを行かせるんですか?」 

「第一・ニ・三チームを向かわせるつもりだ、イザベルとドミニカも行くんだからな」


 ドミニカとイザベルの肩をにっこりと手を置く


「因みに結衣は連れて行くんですか?」

「いや、あの子は向こうの世界が詳しく知れるまでは行かせることはできない」

「そしたらリリィが襲ってきたらどうするんですか?」

「リリィは不安定な状態なんだろ?襲って来る可能性は少ないだろう」

「しかs......」


 会話を聞いていた“第4地区科学科・アリス アダミッチ”と書かれた卓上名札の真後ろに座るホログラム状の猫背の彼女は、「あの~」と蚊のようなか細い声でゆっくり手をあげる。


「どうしたアリス」

「そのリリィって子はどのくらい強いのでしょうか」

「イザベルの話によると、結衣を上回る強さらしい、だけどリリィ自身まだ記憶が回復してなくて魔力とかはまだ不安定らしい、だからあまりこの情報はあてにしないでくれ」


 するとアリスは眼鏡を光らせて何か企んでいるのか怪しい笑みをこぼす。


「なるほどう、実はウチの所で強人薬が開発されまして。」

「薬?」

「そうです!飲むと実力が結衣さんに近くなるので、戦えはしませんが逃げ切ることはできると思います、もし不安なら向こうの世界に行く前に一回強人薬をテストしてみてはどうでしょう」

「確かにこれから必要になるかもな、副作用は何が起きるんだ?」

「体に大きな疲労と頭痛が少々」

「そうか」


 手を組んで天井を見上げ一回頭をリセットするように深呼吸してから「オーケー、じゃあ本番に使用するか決めるために一つだけ送ってくれ、第四地区は今後もその薬の開発を勧めてくれ」


「分かりました」


 嬉しかったのか満面笑みを浮かべて深々とお辞儀をした。


「じゃあ現状報告は終わり!」


 ホログラム状の二人はテレビの映像が消える様に、一瞬で消える。


「とりあえずリリィの人格が変わったことについて結衣に聞いてみる。イザベルとドミニカはゆっくり休みな」


「今日はお疲れ様」と二人の肩をポンポンと叩き部屋を出る。


 * * * *


「いい?仲間だからって容赦はしないからね」


 人の気配のない廃教会の裏で、ドーラはうなじにギラリと月光に照らされ殺気めいた冷たい輝きを帯びる杖先を後ろから突き付けられる。


「分かったよ、リリィちゃんにこれ以上何も頼まないわ」


 そう言うと女性は死神の様に静かに笑う


「あの子を絶対にこの計画に関わらせない事、よろし?」


 ドーラが「はいはい」とコクリコクリ頷くとスッと杖を放して静かに離す。


「でもね、あの子からいつかあんたに会いに来るわよ、その時はどうするの?」


 忠告をするように言うと「あの子は素直な子だから絶対に私を見つけることが出来ない」と白い歯を見せて「ふふふ」と悪魔の様に微笑むと闇へ消えていった。


「まさかまだあの時の出来事を」


 ハァと呆れたようにため息をつくと上から木の葉の様に、ふわりふわりと手紙が落っこちてくる。ドーラは目の前を通り過ぎた瞬間片手で取り、送り主が分かっているのか迷わず中身を開いて読む。


 ― 私が私の姿であの子と接する事は出来ない、これ以上あの子を不幸にさせたくないから。

 そして私という存在がこの世に残ってると思い込んでるあの子は永遠に危ない道を進むでしょう、だからこの手紙をあの子に渡してほしい、お願い、貴方ならこの気持ちを理解してくれると願ってる。


 追伸

 魔導機動隊がもうそろそろ動き出すそうよ、だから私は当分は身を隠すことにするわ 

 アシュリー ―


「色あせた血だらけの手紙......か、ワルキューレを完成させるって消えたけど今何処に居るのかしらね」


 手紙の背中に貼り付けてある、元々白かったであろう、茶色く色あせた血だらけの便箋(便箋)をピッと摘まんで剥がすと、丁寧にポケットの中にしまう。


「化けるのが上手いな、お前の使い魔は」


 そう呟くと気持ちよく吹く夜風を感じながらドーラは星空を仰いだ

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