第9詠唱 その再開は偶然

「じゃあ向こうの世界に行って、ある人を連れてきてもらおうか」

「ある人?」 


 ドーラは背負っている小さなリュックを下ろして、中からメモと小銭が入りそうな小さい巾着袋を取り出すとリリィ渡す。


「ある人っていうのはベティ・ロージャスっていう女性を連れてきてほしい、計画の成功が掛かっている必要な機械を彼女が持っていて、リリィちゃんが来るまで待機しててって命令してるから貴方の事を待ってるのよ」

「なるほどう」

「彼女はそのベルトの設計図を作った人で技術があるから、この作戦には必要不可欠なのよ」


 メモを開くと、住んでいる住所とベティ・ロージャスであろう小さな顔写真が右上に貼り付けてある。写真は白黒のせいか凄く若く見え、外見は20ぐらいだろう、ボブヘアーの女性だった。


「やけに用意がいいんですね」


 記憶が戻るまでずっと見張っていたんじゃないかと思ったリリィは、少し声を低くして言う、すると瞬時に心を読んだのか「違う違う、いつでもリリィちゃんに会っても大丈夫なように、ここに来るときは必ず持ち歩いてるのよ」と笑う。


「そうだったんですか」


  ふと左下に目をやると気になる事が書いてあり、ドーラに聞く。


「このノックの仕方って何ですか?」


「あぁそれ?ベティは極度の人見知りでね、チャイムじゃ絶対に出ないのよ。無理やり開けた時なんて殺されそうになったわ〜、だからソレは彼女を呼ぶやり方なの」

「殺される......」


(見知らぬ私がこのやり方で呼び出したとしても、殺されるんじゃないか)と思い少し行くのが怖くなった。


「大丈夫よ、このノックの仕方は私達しか知らないから、リリィちゃんがやっても私の友人だと思って殺したりしないわ!」

「そう、ですか」

「じゃあノックの仕方を教えるね」

「はい」

「コンコン・コンコンコン・・コン」


  ドアを叩く様に軽く握った拳を動かす。


「始め二回、一テンポ置いて三回、二テンポ置いて最後に一回叩くオーケー?」


  リリィは「コンコン」と呟き何度も練習してから「分かりました」と頷く。緊張しているのか、真冬にも関わらず額から変な汗が一筋垂れる。


「そんな緊張しなくても平気よ!指名手配犯を連れてくるわけじゃないんだし」


  アハハと笑う彼女に、「そ、そいうわけじゃ......」とリリィはどこか不安そうな表情いう。


「メモと一緒に渡したねずみ色の巾着袋あるじゃない?それには向こうの世界に行くための魔道具が入ってるの」


  リリィは手のひらサイズの巾着袋の紐をほどき入っている物を出してみると、中から碁石(ごいし)の様な縦にビッシリ文字の書かれた石が出てきた。


「石?」


  その石は少しだが魔力を感じ、不思議とカイロの様な温もりを感じ、手が冷えきっていた為両手で包み込む。


  魔道具と普通の道具の違いは、その作った人の魔力が感じられるかどうかで簡単に区別できるとかできないとか。


「それは貴方のお母さんが作ったものでね、どう?なんか懐かしい感じがする?」


  リリィはアシュリーの顔すら写真を見るまで覚えていなかった為、魔力の感じは覚えていなかった。


「分かりません」

「そうか、まぁいいやその石の使い方は石を一つ握って、スデプラって唱えるのオーケー?」

「分かりました」

「ただ気おつけてね?コレは消耗品だから詠唱中に邪魔されたらもう使えなくなるからね」

「石は二個しかないんですか?」

「そうね〜それ以外ないわ」


「ちょ、チョット不安ですけど、頑張ってみます」と滝の様に額から流れる汗を拭きつつ不安げに言う


「自分に自信をもって!夜の二十二時に任務開始よ」

「なんで夜なんですか?」

「あぁそうか知らないのか、この世界と向こうの世界は時間が反対になっててね、ココが朝の九時だったら向こうは夜の21時なのよ」

「だとしたら朝の十時って遅すぎませんか?」


 リリィは不思議そうに首をかしげると、「彼女は起きるのが遅いのよ」とそう言い、苦笑いで右手にはめていた手袋を外して甲を見せる。


「凄い傷跡......」


 手の甲には猫にでも引っ掻かれた様な、長い傷が三本深く刻まれている。何故無理やり起こさないか傷が全て語っていて、リリィは黙る。


「まぁ行くのが怖いかもしれないけど、ベティはアシュリーの幼馴染だから今何処に居るか分かるかもしれないわ」


 リリィは「少し怖いですが頑張ります」と言いこの場は解散した。


 * * * *


「幸せに暮らしましたとさ、おしまい」


 夜の九時になり、健二は優しい声で本をリリィに読み聞かせていた。


 布団に入っているリリィは、うとうとしながら隣に居る健二の顔を見る


「じゃあ、もう寝よっか」


 頭を撫でる健二の大きな手を、リリィは小さな手で握り「パパはまた夜遅くまでお仕事?」と寂しそうな顔をした。


「ごめんな遥陽(はるひ)、この頃一緒に寝れなくて」


「ム~」と言いコクリと小さく頷くと「明日は一緒に寝れるから、今日は我慢してね」と言い額に軽くキスをする。


 すると玩具とも言い難い、良く作られた鉄製のベルトが、さっきから視界に入って気になったのか、健二は「そういえばこれどうしたんだい?」と両手で持ち聞く。


「今日冒険して見つけたんだ~」


 えへへ~と笑うリリィに「僕も小さい頃はこういう玩具でよく遊んだな」と懐かしむ様に呟くと、元のあった場所に戻す。


「あまりお友達と危険なことをするんじゃないよ」


 その瞬間リリィは「え?」と固まり、眠たかった目が一瞬で覚める。


(誰かと一緒に行ったとか言ってないのに何故......)


 健二は笑顔で「じゃあお休み」とリリィの頭を撫でて、部屋の灯りを消して出ていった。


「お、おやすみなさい......」


 やがてドーラとの約束の二十二時になり、リリィは考えるのを止めて枕元に置いてあるベルトを腰に締める


「二十二時か......」


  自分のポケットから一個石を取り出すと、軽く握り「スデプラ」と唱える。


  すると自分を中心に奇妙な黒いつむじ風が起こり始める。


「だ、大丈夫だよね......」


 徐々に風は強くなってゆき、襖や家具がカタカタと音を鳴らす、やがてつむじ風は大きくなると握っていた石が割れて、竜巻は一瞬で収縮しリリィを元の世界へ飛ばした。


「眩し!」


 暗かった部屋とは一転して太陽がリリィを照らす。


「ヘックチ!」


 ココは時間だけ逆さまになるだけで季節は向こうと同じ冬らしく、裸足で薄い生地のネグリジェ姿のリリィはガタガタ震えながら、メモ帳に書かれている住所を基にベティ・ロージャスの家へ向かった。


  一方その頃、リリィがこっちの世界に戻ってきたと知らないイザベル達はアイラの部屋に居た。


「おはよう!昨日の疲れは取れたかな?」


 アイラはイザベル、ドミニカ、ミポルプ、ニャーラーニィ、ルル―の顔を見渡す。


「まだ眠いミポ......」


 重たい目蓋(まぶた)をグシグシ擦(こす)り大あくびを一つすると、うつったのかニャーラーニィも「ふぁ~」とあくびをした。


「徹夜で仕事したにもかかわらず、休日も取れずまたお仕事だなんて......ほんと魔導機動隊は最高ルルね」


 ドミニカの頭の上で大きなため息をつくルル―に「まぁまぁ、そんなすねるな、今日は簡単なお使いだよ」と、この町が印刷されている地図を広げる。


「今日はこの家に住んでいるベティ・ロージャスという女性に、アシュリーの事について聞きに行ってほしいんだ、怪しい行動をしたり何も話さないんなら拘束して連れてくるように」


 場所はココから近く、約20分で着きそうだった。


「でもアシュリーさんの事なら結衣ちゃんが分かるんじゃないんですか?自分のお母さんなんですし」

「私もそう思って聞いてみたんだけど、本人も日記に書かれている事以外は覚えてなくてね」

「でもこの家の人が何故知っていると言いきれるんです?」

「この家の主は、私が昔、隊員だった時に良くアシュリーと一緒いた人なんだ、だから何か知っているのかもしれない」


 するとドアが突然開き「結衣もついてって良い?」と魔導機動隊の紺色ジャージを着た結衣が笑顔で来る。


「まだ駄目だ」


  即答するアイラの言葉に、「今日は本当に結衣も行ったほうが良いの!」と真剣に言うと「例え結衣がついて行ってもこの二人の足をだけだ」と結衣と目線を合わせて頭を撫でる。


「結衣ちゃんに何か問題でもあるんですか?」

「この子は魔法や体術のセンスは良いんだけど、体力管理がまだできてなくて、何も考えずに魔法を使って良く倒れるんだ」


 アイラは「あともう少しなんだけどな~」と頭をポリポリと掻きながら悔しそうに言う。


「確かにどんなに技術があっても、体力管理ができてなきゃな~」


「残念だけどお留守番だね」とドミニカは結衣の肩をポンポンと叩く、がどこか結衣は不安げな表情だった。


「どうかしたの?」


 大抵「お留守番」と言うと、ム~と膨れっ面になり怒り始めるが、何かこの先二人に危険な事が起きるのを予知しているのか、うつむきドミニカの袖の裾を握る結衣に聞く。


「お姉ちゃんがこの世界に来てるの」


 真剣に言う結衣に「プッ、なわけがないでしょ」とアハハとドミニカは笑う


「ニャーちゃん何か感じる?」


 イザベルが肩に乗っているニャーラーニィの頭を撫でると「ゲートと魔法少女以外の魔力は特に」と言う


「大体リリィは今一人で向こうの世界に飛んでったミポ、ここに戻って来るなんて不可能ミポ!」

「ミポルプの言う通りだ、ココに戻ってはずがない」


「もう知らない!」と大声で怒ると地団駄を踏みながら部屋を出る。


「あの子には困ったものだ」


 アイラは額に手を当て、呆れてため息を吐いた。


 * * * *


「ココで合ってるんだよね」


 メモに書いてある住所と家のポスターに表記されている住所を見比べて、ノックの仕方を小さな声で呟いてから、ドアをたたく。


「す、すいません......」


 すると「ど、どなたですか?」と20歳辺りの若い女性の高い声がドア越しから聞こえる。

 どうやらドアの覗き穴からリリィの事を見ているらしい。


 ドーラの殺されかけたという言葉を思い出したリリィは、「こ、こういうものですが......」と頭が真っ白になったせいか、説明せずに腰に巻いているベルトを見せた。


「まさか、本当に戻って来るなんて」


 ドアが開き、女性の顔を見る暇もなく部屋の中に手を引っ張られる。


「そのベルトを付けてるという事はリリィさんですか?......」


 まるで警察に追われている犯人の様に、少しの間外の様子を伺ってからドアをそっと閉める。


  女性は写真通りの人で、困り眉毛が特徴的な女性だった。写真との変わってる点を上げるなら、髪型だった。彼女は灰色の髪が特徴的なセミロングヘアーだ


 そして外見が若い理由は、いろんな機械がありガソリンタンクが有るのにもかかわらず、部屋に充満する鉄の濃い臭いですぐに分かった。どうやらユニコーンの血をかなり摂取しているらしい。


(想像してたよりも優しい人だ)


 そう思ったリリィは早速本題に入った。


「ベティ・ロージャスさん、貴方をお向かいに来ました。荷物をまとめて早くいきましょう」

「あ、あぁそうか......でも何故リリィさんが?」

「え?ドーラさんに頼まれたんです」


 ベティは少し考えてから「まさかアシュリーは私にしか話してないのか?」と小さく呟く


「お母さん生きているんですか?」


 呟く声が聞こえたリリィはすかさず聞いた。


「た、たぶん......アシュリーから手紙が来たのは2週間前の事ですから」

「手紙には何が?」


 何故か黙り込み、少しすると彼女は逃げる様に「荷物をまとめてきますね......」といそいそと奥の部屋へ入っていく。


「お、お待たせしました」


 タンスが余裕で入れそうな巨大なリュックを背負い、キャリーケースを両手でコロコロと重たげに引きずる猫背のベティがやって来る。


「じゃあ行きましょう、手紙の件は後で聞きます」


 リリィはポケットから石を出すと、突然「トントン」と軽いノック音と共に、「突然すみません、魔導機動隊・魔法少女科・第2チームの者ですお話宜しいでしょうか」と聞き覚えの声がドア越しから来る。


「リリィさんを殺しに来ました!早く後ろへ!」


 今まで亀の様に遅かった動きが急に俊敏になり、持っていたキャリーバックを横に並べて盾を作ると、その後ろにリリィを強引に隠れさせた。


「そこに隠れていてください、ここで傷付けでもしたらアシュリーに......」


 左手から魔武(まぶ)のマスケット銃を出ししゃがむと、ドアに銃口を向ける。


「で、でもあの人たちは私の知ってる人で」


 しかしベティはリリィの言葉に耳を傾けずノック音の止まないドアに向かって一発発砲する。


 ドアからは驚き声聞こえて、どうしたのか少しの間沈黙が流れる。


「まだ居る」


 マスケット銃を捨てもう一丁出して構えた。リリィは慌てて「ベティさん!あの人たちは私のお友達でわr......」と言いかけた次の瞬間、ドアが壊され破片と共に魔法の杖を構えるドミニカが飛び込んでくる。


「魔武も構えず入って来るなんてアホですね」


 マスケット銃のトリガーを引こうとした瞬間、リリィは構えている手を右手で押し弾道をずらす。


「ドミニカさんもやめて!」


 不思議と体が動いき、左手から綺麗に半分割れた自分よりも大きな大盾を出現させてドミニカの放った電気の球を防ぐ。


「ドミニカ!リリィちゃんだよ!杖を下ろして」


 入り口に居たイザベルの声にドミニカは「本当なの?」と信じられないという顔をしいったん動きが止まる。


「そ、そう!リリィです!ベティさんも一旦魔武をしまいましょう」

「チッ......リリィさんが言うのであれば」

「ごめんなさい、いきなり攻撃をしてしまって」

「いや良いよ、そんな事よりリリィちゃん本当に帰って来てたのか」


「早く言ってくれれば良いのに」とドミニカ達はリリィに近づく


「いや、実はこの人と一緒に直ぐに向こうの世界に戻るんです」


 すると「あのリュックからアンチクリスタルを感じるにぃ」と、ニャーラーニィがベティの背負っている大きなリュックを指さす。


「ねぇ、リリィちゃんいったい何をするつもりなの?」


 イザベル聞くと「リリィさんはDプロジェクト以外の事は何も知りませんよ」とベティがリリィお代わりに答えた。


「その通りで私は何も」

「じゃあなんで戻るの?」


 少しリリィは考えてから「ママに会えるかもしれないから......だからお願いこの人には何もしないでください、ママに会える大きな手がかりを持っているかもしれないんです」


「なるほど、じゃあこれだけは聞かせてくださいロージャスさん!貴方は何をするつもりですか?アンチクリスタルは魔力を吸う危険な石ですよ」

「知りたいのなら一つだけだけ教えてあげましょう」


 ベティは小さな声で「リリィさん、こちらへ」と言い、リリィの手を強引に握り、二本の指を二つのキャリーケースに添えた。


「おい、何してる」


 ドミニカとイザベルはガンマンの様に、腰についている魔法の杖に片手を添える。


「知りたい答えは全て私の部屋にある」


 そう言い放つとベティは、後ろにあるオイルやガソリンが積んである棚に向かって口から炎を吹く。


「「マズイ‼」」


 イザベルとドミニカは魔法の杖で、ドア付近の壁を破壊して外に脱出する。


「ヴァント!」


 ベティとリリィの周りに青く透明なバリアーが張られ「早く石で飛びましょう!」と言う


「こっちに戻ってくるんだリリィ!そいつに騙されてる!」

「そうだよ!私たちと行動すればお母さんに会えるって!妹もこっち居るよ!」


「リリィさん、あいつらはアシュリーを見つけたら殺すつもりですよ」


「うぅ......」と棒立ちするリリィに「あの時を忘れたんですか?」と耳打ちをする。


 “あの時”と言う言葉を聞いた瞬間、スーと表情が無くなり目の色が変わる。


「忘れてない......忘れるはずがない」


 その時「そう、今のお姉ちゃんは忘れることはできない」と結衣が歩いて二人を守るようにリリィ前に仁王立ちする。その姿に「何故ここに来た」とドミニカが立ち上がりざまに言う。


「別に結衣はあんた達を守りに来たわけじゃない、自分の為に来た」

「結衣、生きてたの」


 結衣は口角を上げ「結衣は死ねない、結衣が死ぬ時はお姉ちゃんも死ぬ」


「私は死ぬのを許されない、どんな理由でも」

「アシュリーのナイトだから?」


「ばっかじゃないの?」と吐き捨てる様に言う


「なんだって?」


 声が低くして目を見開く


「ばっかじゃないのって言ったの、お姉ちゃんはアシュリーに都合よく利用されてるだけ」

「ママを悪く言うな......」

「アシュリーは悪魔だ!結衣は知ってる、アイツの慣れ果てた姿を」

「ママを悪く言うな......」


 結衣の言葉に耳をふさぎ「ママを悪く言うな」と繰り返し言うリリィの体から徐々に黒く禍々しいオーラがあふれ出始める。


「まずいルル!直ぐここから逃げるルル!」


 そう叫ぶとルルーは一瞬で姿を消した。残りのは二匹もイザベルとドミニカの服を引っ張る


「り、リリィさん落ち着いてください、今暴れるとせっかく作った魔道具壊れてしまいます」

「いい加減目を覚まして!」


「このバカ!」と言った瞬間に、リリィはベルトの右についている小さなポーチから魔石のブロックを取り出してセットする。


「ママは私に生きる目的をくれた!悪く言うやつは絶対に許さない」


「ワルキューレ、ミロワールチェンジ!モード、ファントム‼」と叫び、ブロックを横に倒してベルトを両手で勢いよく一回転させた。


「やっぱり言葉じゃダメか......」


 首から掛けている変身ペンダントの先に着いてる魔石を手に取りキスをする


「魔法入りました!」


 結衣は赤い光の粒子に包まれ、一瞬で変身をした。


「とりあえず隙を見て逃げよう、今は戦うっきゃない!」

「そうするしかないみたいだねイザベル」


「「呼び覚ませ!奇跡の力‼」」


 二人も変身ペンダントを空高く掲げ叫んび変身する。

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