第2詠唱 名前

リリィはまたあの夢を見ていた。


  しかし、いつもは家が一軒だけある真っ暗な、空間の中にいるのだが、今回は洞窟の中で周りには松明が、壁にぽつりぽつりと掛けてあり、辺りを照らしている。目の前には木のドアではなく、血塗られた錆びだらけのドアだった。


(いつもと違う…)


  自分から動こうとするが体はピクリとも動かず、まるで誰かに操られているのか、自然といつものセリフを吐きながらドアを叩き始める。


「お母さん開けて!」


「何故ココにきてしまったの?」


  お母さんの声は少し震えていた。


(何言ってるの?)


  予想外の返答に驚くが、意識とはお構いなしに体は動く


「なんで?なんで開けてくれないの?」


「あなたにはやるべきことがある」


(やるべき事?)


「お母さん?」


「今すぐ立ち去りなさい」


   だんだん怒りのこもった声になってゆく


「何故?今まで一緒にいたのに?」

「やるべき事をやらない子とは、居たくない」


 ドアを叩いて言葉を出そうとした瞬間、鉄のドアが外側に勢いよく開きリリィを遠くへ突き飛ばす


「ココは、お前が居ていい世界背はない!」


 こだまする声と共に真っ暗な室内から、黒い風が勢いよくリリィを襲った。


 両腕で頭を守り目を瞑る。その瞬間夢からさめて飛び起きた。息を切らし額から流れる汗を片手で拭うと、太陽の光が差し込む窓の方に目をやった。


(朝か)


 隣で寝ていた健二はすでに起きていて、布団が綺麗に畳まれている。荒い呼吸を整えてから、リリィは健二のもとに行くことにした。


「お!起きたのか」


 リビングのテーブルに置いてある10本のお香に火をつけていた。


「良い匂いだろ?僕はこの匂いが好きなんだ」


 そういうと廊下の方へ行き、今度は階段に5段間隔で置いてある、大人の腕ほどある太いお香に火をつける。


 部屋中にお香の煙が充満していて、良い匂いというより煙いの方が増していた。


「ハハハ!君には少しきつかったか」


 ケホケホとむせるリリィの頭をポンポンと撫でる。


「まぁいつか慣れるよ」


「いつまでいられるか分からないけど」とボソッと言うと、リリィを抱き上げてリビングに向かった。


 朝食後、健二はテーブルの上に絵本を開くリリィは興味を示したのか、少しテーブルに身を乗りだした。


「僕が読むから真似をしてね」


 リリィに伝わるように手話で言うと、早速読み始めた。


「おはようございます!今日はいい天気ですね」


「おあ、よう…ございましゅ…きょうはいいでんきてすえ」


「おしいなぁ」


 クスクス笑う


 この絵本は日常のあらゆる会話パターンが書いてあり、何も知らないリリィには、うってつけの本であった。


 ほとんどの記憶を無くしているせいか、スポンジのようにどんどん言葉を吸収していき、4時間後にはカタコトながらもしっかり喋れるようになった。更に、記憶を無くした影響で人格も変わったのか前より表情が豊かになり喋るようになった。




 慣れない言葉の勉強のせいか疲れて、テレビの前に置いてあるソファーの上で、横になって昼寝をしようとしていると健二が隣へ静かに座る。


「眠たいかい?」


「眠い…お勉強をしたからかな」


 えへへと笑い健二の太ももに頭を乗せた。


「そういえばお互い自己紹介まだだったね、僕は谷川健二、君は?」


 リリィは体を起こし難しい顔で、腕を組み考え始める。


 しばらくして「自分の名前分からない」としょんぼりして言う


「そうか…じゃあ自分のお家がどこにあるか分かるかな?」


 首を横にブンブン振る


「お母さんの名前も?」

「お母さんはもともといない」


 それだけは、まだ記憶にあるのか答えた。


「そうか…ごめんね変なこと聞いちゃって」


 頭を撫でると嬉しそうにリリィは笑う


「あ!そうそうこれ落ちてたよ」


 ポケットから黒いダイヤが付いたペンダントを手渡す。


「あっわたしの」

「これはお守りか何か?」


 手渡すと大事にしていたのか、両手で包み胸元で抱きしめた。


「分からない…でも大切なもの」


 リリィはそれだけ答えた。


「今度からは、無くさないようにね」


 リリィのしぐさに微笑む



 夕方になり1日中家にいたという事もあり、夕食の買い物がてら散歩することにした。健二は町の人から親しまれているのか、道行く人から手を振られたりあいさつをされていた。


「健二さん、みんなと仲良し」


 手をつないでいるリリィは顔を見上げて言う


「僕は有名人だからね」


「へ~」


「あ、あと健二さんじゃなくてお父さんって呼んでね、家族なんだから」


「うん!」


 しばらく歩いていると突然、健二の足が止まった。なにやら怖い顔になり、心配そうにリリィは聞いく


「どうしたの?」


 少しの間、沈黙が流れる。


 やっと我に返ると「ちょっとこっちに行こうか」と曲がり道を曲がる。


「でもそっちスーパーじゃないよ?」


「こっちの道から行きたい気分なんだ、何かいいことがあるかも」


 とごまかす様に、繋いでいる手を上下に揺らす。


 健二の住んでいるとこは、都会でビルだらけだったが、しばらく歩くと、綺麗な夕日が見える砂浜に着いた。


「わぁー綺麗!」


 繋いでいる手を放し砂浜に走って行く、健二も笑いながらその後を追いかける。


 しばらく遊んだ後、ベンチが置いてありそこで少し休むことにした。


「海は初めて?」

「初めて!」

「そうか」


 夕日の海を眺めているリリィの手を握る。するとリリィに忘れていた思い出が、一瞬フラッシュバックした。完全には思い出せなかったが、こんな話をしながらある女性と、夕日を眺めた事があったのだ。しかしそれは決して楽しい思い出ではなく、辛くて悲しいものだった。


「こんな楽しい日がいつまでも続けばいいのに…」


 ペンダントを胸元で握り、無意識にぽつりと呟くと、健二は「続くさ」と優しく言い微笑んで見せた。


「そうだね!」


 再び笑顔になる


「そうだ、これから君の名前は遥陽(はるひ)だ!君が何歳、何百歳になっても、人々を優しい光で癒す太陽の様な、優しい人であり続けられるようにって願いを込めて」


「名前が無いのは可哀そうだから…どうかな」と恥ずかしそうに笑って言うと、リリィは嬉しそうに目を輝かせ、この後自分の名前を何度も呟いた。




 時間は流れ、夜空に大きな満月がぷかりと浮かんでいる静かな夜


 両腕、両脹脛、右の米神に縫った跡がある、七色の瞳が特徴的な黒いセミロングヘアーの女性が、松明の火で照らされた洞窟の中を、鼻歌を歌いつつ歩いていた。


 先に進むと二つに分かれ道が出てくるが、ここの道を知っているのか迷わず左の道を選ぶ


 ついた場所は01と白いペンキで、でかでかと書かれている、血や泥の汚れが付着した、錆びついているドアの前に着いた。


「あら?」


 普段は鎖と南京錠で止めているのか取っ手の真下に落っこちてドアが開いていた。


 横を見ると小さな斧が無造作に捨てられていて、すぐ近くで人が転んだ跡もあり、逃げた人がどんだけ焦っていたのかが分かる。


 それを見て面白かったのか女性はクスっと笑った。


 再び鎖をぐるぐる巻きにして南京錠が壊れているので、左腕から火の玉を出し、両端を溶かし固めた。


「まったく世話の焼ける子たちね、可愛いんだから」


 分かれ道まで戻ると今度は右の道を進んだ。


 今度は02というドアの前についた。


 部屋の中に入るとペンダントが土がむき出しの壁に、釘で打ち付けてあり拷問器具が大量に置いてある。そう、ここは二人の女性が吊るされていた部屋だった。


 柵の中には死体袋と共に一人だけ吊るされている、もう一人はというと片方の指の爪が四枚剥がされ、肘掛けに着いている手かせに両手首を拘束された状態で椅子に座らされている。


「あらあらまぁまぁ…元気そうねぇ」


 身体中血だらけで睨む女性を見て楽しそうに言う


「あんたの狙っているのは、変身ペンダントと奇跡の石でしょ!」


 奇跡の石とは魔力を秘めたエメラルドブルーに光る石の事で、魔法少女の体内にあるものである。


 この石のおかげで魔法が使えるようになり、魔力が強力なほど石も大きいのだ。


「それはそうだけど、こうするのは他にも理由があるのよ?」


「そんなことあるわけないでしょ!」


「ふふふ…あるわよ~」


 土と血で汚れた木の机の上に置いてある、小さな釘を手に取ると椅子に座っている女性にゆっくり近づいた。


「何よ…」


「あら~?震えちゃって可愛い」


 クスクス笑うと爪のはがれている部分に釘の先をつける。すると、ゆっくりと下へ力を入れ始めた。


 徐々に血が出始め、女性はとてつもない悲鳴を上げる。


 気持ちよさそうな表情をし、髪のにおいをかぎつつ耳元に口を近づけ囁き始めた。


「サニーちゃん達、魔動機動隊は、罪もない命を奪ったの、だからこれは天罰なの」


 サニーの悲鳴にかなり興奮したのか、女性はよだれをたらし、息を荒くした。


「酷いことしたと思わないの?」


 サニーの髪に鼻をくっつけて深呼吸する。


「腐ったいい匂いね、フフフ…」


 肉に食い込んだ釘の先が離れると、しばらくしてから「私達は町の平和を守ったまでよ」と苦しそうに言う


「平和…ねぇ」


 入ってきたドア見てから「そうそう!」とまた話し始めた。


「私のペットが逃げたみたいなんだけど知らない?」


 疑うような瞳でサニーを見る。


「そんなもん…知らないわよ…」


 ガタガタと震えながら睨む睨むことが今出来る最大の抵抗であった。


「ふ~ん…そう」


 詰まんなそうに言うと「これプレゼント♥」と言いもっていた釘をさっきと同じ場所に突き刺す。

 釘は指を貫通していて流血した。


 サニーの叫びに、満面な笑みを浮かべながらドアを出て行った。




 場所は変わり月光に照らされキラキラと光る砂浜へ。


 辺りは誰もいなくて波の音しか聞こえない静かな場所に、すごく汚れた長袖とジーンズを着た、片方の目玉が少し白く濁っている男性が、ボサボサで汚らしい白い長髪を揺らしながら、足を引きずりつつゆらりゆらりと歩いていた。


 砂浜は凸凹で歩いている途中、体制を崩し転ぶ。


「ワルキューレ様…私の母を…助けて…くだ…さ…い…」


 誰もいない中かすれた声で言うが、波の音にかき消された。


「たすけ…て…」

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