冒頭だけ書いて放置している小説の群れ
鵠真紀
たとえあなたが汚れても
美しいものを見た。
美しい人を見た。
それは白雪のように澱みなく、夕暮れのように奇しかった。
陰鬱な影を纏いながら、輝きを内に秘めたその後ろ姿を、俺は心の底から美しいと感じた。
美しさとは斯くあるべきだと、俺は思う。
薄汚れた心は癒され、暗闇の先に光を見た。俺という人間のどうしようもなさも、彼女の前ではなんということはないように思えた。錯覚かもしれない。自分を騙すための欺瞞かもしれない。けれど、俺のことなどどうでもいい。
ただ、見ていたい。熱烈な信仰だった。その存在を確認するだけで、どこか救われるような気がした。
きっと、万人に共通する価値観ではないだろう。俺の主観が、彼女を美しいと判断したに過ぎないのだから、他の誰かが俺の言葉を嘲笑しようがそれはどうしようもないことだ。俺は無力だ。だが、それでいい。
無力だからこそ、何も変えられないからこそ、変わらずにあるものがある。俺の無力さが生み出す安定がある。不変がある。変わらないものがきっとどこかにあると信じられる。俺は無力だが、今となってはそれを悔いようとは思わない。俺にとってそれは重要ではないからだ。大切なことは、他にある。
輝くものを見た。
清らかなものを見た。
俺は確かに、美しいものを見たのだ。
一般論はいつだって悲しい結論に辿り着く。俺自身が特別だなんて、思っちゃいない。彼女もきっと、多くの人からすれば、自分以外の人間の一人に過ぎないだろう。悲しいことに、それがたぶん真実だ。
しかし、俺にとっては別だ。俺だけが理解できればいい価値があるんだ。客観なんてクソ食らえだ。知ったことか、そんなもの。俺にとっては、俺が見たものがすべてだ。それ以外のことなどただの情報でしかない。現実かもわからない。それこそ、信用ならないものの筆頭だ。
だから、俺は主張し続けるだろう。俺自身に、語り続けるだろう。間違いなく自分の見たものは美しかったのだ、と。
先に言っておくが、これは愛の物語ではない。
勘違いしてもらっては困る。さっきも言ったが、俺は俺の主観でしかものを語れない。客観的に見たふりをしたところで、それは結局俺の言葉だ。だから、ここに普遍性を求めるのはやめておけ。時間の無駄でしかない。
続けて、先に言っておく。
これは、執着と、信仰の物語だ。
俺は美しいと言い続ける。
たとえ、あなたが汚れても。
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