ミニチュア

しゅりぐるま

第1話 僕のお家

 車の中から上目遣いに見る空は、少し曇って見えた。大好きな綾ちゃんのぬくもりが僕の緊張をとかなかったのは、過ぎていく街並みに全く見覚えがなかったからだ。


 僕はこの五日間ほど、お花のようないいにおいのするお家で過ごした。そこは大きなマンションの4階にあって、居心地のいいソファと幼稚園にあがったばかりの女の子が一人。ママさんは、僕とその女の子を仲良くさせようと頑張っていたけれど、あんまりうまく行かなかった。僕がまた綾ちゃんに会えて、また綾ちゃんのパパが運転する車にこうして乗っているのは、きっとそういう訳だ。僕はあのソファがとても気に入ってから、少し残念だ。

 きっとまた、元いたあの場所に戻るんだ。そう思っていたのに、いつまで経っても見覚えのある場所が出てこなくて、僕は窓の外を見るのをやめた。


 好きな人はたくさんいるんだ。よくお外に連れ出してくれるお爺ちゃん、僕をかわいがってくれる綾ちゃんとその家族。僕が僕の大好きな人たちと一緒にいられないのは、どうしてなんだろう。


 僕が元いたあの場所は、いつもたくさんの人がいた。だから僕はたくさん遊んでもらって、お腹もいっぱい食べられた。あそこは安全で、暖かくて。だから僕はあの場所に戻りたいのに、どうやらそれも難しいみたい。

 世の中には、僕にはわからない事がたくさんある。夜になると僕のいたあの場所には誰ひとりとしていなくなって、何故か僕はひとりで眠らなくちゃいけないことのように。


 車のドアが開いて、外へ出た。知らない匂い。知らない道。知らない門。中途半端に整えられた庭。石段のその先に、僕の新しいお家があった。出迎えてくれたお姉さんと綾ちゃんがお話している間、僕はずっと、大人しくいい子にしていた。話しかけられても、頭をなでられても、「じゃあね、ロン」と綾ちゃんが帰ってしまっても、僕はずっとずっと、大人しくいい子にしていた。

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