第272話 罠
ブラックホールとホワイトホールの2つが接触すれば、莫大なエネルギーが一瞬で放出され、ビッグバンが起こる。
この装置を造った文明人は、原子力発電が、核爆発すれば一瞬で放出されてしまうエネルギーを、利用可能な適量ずつ、ゆっくりと取り出す方法を編み出した様に、ビッグバンのエネルギーを利用可能な物として取り出す方法を見つけたのだろう。
2つの天体の公転角運動量を制御して、公転距離をコントロールしてエネルギーを取り出している。その角運動量を制御する為のエネルギーを、ヴァラハイス達は供給していたんだ。
つまり、壊れているのは魔導炉ではなく、その制御装置だった。
「ヴァラハイス! 知っていたな!?」
「済まない、ソピア。こうするしか無かったのだ……」
私が時間停止を解除し、ヴァラハイスがエネルギーの供給を止めれば、ブラックホールとホワイトホールは制御を失い、二連星の様に公転している2つの天体は、お互いがお互いの方へ墜落を開始する。
「私が時間停止を解除しなければ、永遠にヴァラハイスの思惑通りには成らないぞ?」
「それでは、お前達は永遠に停止した世界に閉じ込められる事に成るぞ?」
「…………」
無言に成った私に、ケイティーが話し掛けた。
「ソピア、私はそれでも構わないわ。」
「あたしもです!」
「僕も、お母様と一緒なら、何処だって平気ですよ。」
「みんな、ごめんね……」
いくら万能の能力を与えられたって、人間の脳を持つ私にはこれが限界なのか。
騙される自分なんて、想像していなかった。
でも、皆と一緒なら……
「お前は気付いていないのか? この勝負は、我の勝ちだ。お前の時間停止は完全ではない。時間はゆっくりとだが流れている。どんなに引き延ばそうと、破滅は時間の問題なのだ。我は既に、エネルギー供給を停止するシーケンスに入っている。」
「何故こんな事を企んだ!?」
私の問に、ヴァラハイスは答えた。
有る生物種は、その生まれた星、大きく見ても、その星系から外へ出ては成らない。
多くの場合は、環境が合わずに適応出来ないのだが、もし、適応してしまった場合、現地の生物を必ず滅ぼす。
何故そうなるのか? それは、天敵が居ないという理由もあるが、その環境で完璧に成り立っていた生態系に紛れ込んだ異物だからなのだ。
精巧な機械仕掛けの時計の中に入り込んだ、一粒の砂粒。体の中に侵入した細菌やウイルスの様に。
自分達が生き残るために、移住先を滅ぼすのは認められる行為なのか?
星で生まれた生物は、その星系と運命を共にするべきだったのではないのか?
他の星系へ移住して、在来種を滅ぼす事は許されるのか?
「でも…… 生き残る為には仕方無かったんだと思うよ……」
『!--細菌やウイルスもそう思っているだろう? 例え宿主を殺してもな。--!』
「で、でも、私達は、若い恒星の軌道へ収まっただけで、何もしていないよ?」
『!--このコロニーの外側へ付着している、厚さ2500キロにも及ぶ膨大な岩石や水、大気は、何処から来たと思う?--!』
「……!」
そうなのだ。
このコロニーが今乗っている惑星軌道には、元々別の惑星が在ったのだ。
動力が停止し、彷徨っていたコロニーは、この星系の恒星の重力へ捉えられ、偶然にも惑星軌道へ収まったのだが、不幸な事にその軌道上には既に惑星が在った。
宇宙を彷徨う星が、恒星の重力へ捉えられ、綺麗な円を描く惑星軌道へ無事に収まるには、とんでもない確率の偶然必要なのだ。
相対速度が早すぎれば、スイングバイの様に、方向を変えられて彼方へ飛ばされる。
相対速度が遅すぎれば、恒星の中へ墜落する。
そもそも、他から来た天体は、別のベクトルを持っている為、惑星軌道へ乗ったとしても、彗星の様に長大な楕円軌道に成ってしまうのが普通なのだ。
その星が、何らかの理由で減速しない限りは……
「それは、ヴァラハイスがコロニーの動力を動かして、移動させたって……」
『!--それをしたのは、コロニーが惑星軌道に乗った後の事だ。
何という偶然、何という天文学的確率だろう、このコロニーは、元からあった惑星に衝突し、減速した。
そして、その残骸を纏って、元々その惑星の在った位置へ収まってしまった。
元から在った惑星の一部は
「その惑星には、生物は、……居たの?」
『!--居た……--!』
「……そう…… 私達は、元々居たこの星系の人達を滅ぼし、その位置へちゃっかり居座って、初めからここに居た振りをして来た訳なんだね。」
侵略者? いや、もっと酷い。星ごとぶっ壊して、すげ替えちゃったわけだもん。
私達が生きている理由って何? 先住民の命は、私達よりも価値が無くて、我々が生き延びる為なら犠牲になって当然なんて、傲慢も良いところ。
じゃあ、文明が退行した私達は、ここで滅びた方が良いって事? もっと凄い宇宙人がここに攻めて来たら、大人しく命を差し出さなければ成らない?
「ソピア?」
「ソピア様……?」
「お母様?」
「「「ソピア!!!」」」
「はっ!?」
危ない。ヴァラハイスの言葉に、うっかり共感しそうになってしまった。
ヴァラハイスが私に受け渡した知識と能力の中に、何か仕込んであったのか?
「私達は滅びを選ばなければ成らない? そんなのは嫌だ!」
私は、きっぱりと宣言した。
「もう遅い。我の頭の中には、理不尽に奪われて行った多くの命の思念が全て記録されている。苦しみ、悲しみ、憎悪、全てだ。我は狂ったよ。全てを最初からやり直したい。いや、もう何も考えたくない。全てを無に帰したい。」
ヴァラハイスの自我は崩壊を迎えていた。彼は、完全におかしくなってしまう前に、己の分身である
くそう、どうする? 事は星が爆発して全員死ぬどころでは済ま無く成ってしまった。
失敗すれば、ビッグバンが引き起こされ、星どころかこの宇宙全部が消滅してしまう。
どうしよう?
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