第228話 ビオス

 ビオスの首都は、流石に海洋国家らしく内陸部では無く、大きな湾の内側の海に面した部分に在った。

 アーリャの生家は、大陸側の山岳部に在るのだそうだけど、今回は首都に用事が有るので、首都に降り立つ。

 島だけあって、陸生の危険な魔物はあまり居ないらしくて、都市の周囲には囲いが無い。

 多分、大型の危険な魔物は、殆ど狩り尽くされているのかも。

 首都には、特に門も無く入国管理みたいな物も無いので、街の中に降りてそのままアーリャの案内でスタスタ歩いて行く。

 空から降りて来た私達を見た人が、ちょっと驚いた顔をしていたけどね。


 街の見た目は、かなり発展している様に見える。

 石垣と木造とレンガのハイブリッドな建物が多い。文化水準はかなり高そう。といいうのも、通りは綺麗に掃き清められ、ゴミ一つ落ちていないし、朽ちた建物も路上生活者も見当たらないから。

 傲慢な外国が、武力で我々の優秀な文化を伝えてやろう、なんて乗り込んで来たら、恥をかきそうなレベルにあると思う。



 「ただ、都市部は良いのだけど、地方の町や村は、かなり貧しいのよ。ここの首都だって、あなた達の国に比べたら、貧困層レベルなのよ。」



 人の幸福度は、富の有る無しはあまり関係無いのだけどね。

 何故なら、発展途上国のブータンが、日本よりも幸福度が高かったりする。

 日本に限っても、高度成長期の活気の有った時代の方が、現在よりも貧しかったけど皆は幸福だったという。

 要するに、幸福か不幸かなんて、回りの人と自分を比べた場合に発生する物なのだ。

 周囲の皆が等しく貧乏なら気にならない。自分だけ貧乏なら不幸って感じ。

 皆が同じお小遣い千円だったら、気にならない。皆が五百円なのに、自分だけ千円なら幸福。皆が一万円貰ってるのに、自分だけ千円だったら不幸。でしょう?

 皆には恋人が居るのに、自分には居ないから不幸。皆が美味しい物を食べているのに、自分だけ貧しい食事をしていて不幸。皆が持っているのに自分だけ持っていないという、自分と他人を比べた場合に落差を感じるから不幸に感じるだけなんだ。だったら、皆の持っていない、自分だけの何かを見つければいいじゃないか。少なくとも、皆との平均レベルに居られる様に努力すれば、不幸は感じられなくなるだろう。 


 私の見立てなんだけど、ここのモラルや文化水準は、かなり高い様に見受けられる。

 だとすれば、後は経済レベルを上げるだけで、直ぐに先進諸国に仲間入り出来そうだ。


 アーリャにこの国の議会だという大きな建物に連れて行かれた。



 「王宮じゃないの?」


 「ああ、言い忘れていたわ。ビオスは、王は居るのだけど、実際に国を動かしているのは議会なのよ。」


 「そうなんだ、あれ? ひょっとすると、うちより先進的な統治システムなんじゃないか?」


 「私は、政治の事には興味が無いから良く分からないけれど、議会で話し合った結果を、王が承認するみたいな感じだと聞いた事があるわ。」



 ふ、ふぅ~ん……、実は、私も良く分かってない。もしかして、大統領みたいな感じなのかしら?

 中に入って、皆に紹介されてみて分かった事がある。

 5つの部族の族長会議を更にその上に居る大王が取りまとめる、みたいな感じだった。

 部族とか族長とか言うと、腰蓑付けた原住民っぽく聞こえるけど、アラブの方みたいに、皆割と立派な服装を着た貴族っぽい感じだったよ。


 アーリャが名前と身分を名乗り、私を紹介してくれた。



 「「「「「「おおおお。」」」」」」



 賢者アーリャは、この様な場で冗談を言う人では無いと知られているのか、大多数の人は驚きと感嘆の目を向けて来るが、何人かは訝しんでいる様に見えた。

 私は、別に信じてくれようと疑われようと、どっちでも良いんだけどね。だって、アーリャの送り迎えをしているだけの付き添いなんだから。


 でも、大王は信じたみたいで、壇上から降りて来て、私の前に跪こうとするのを見た、右目に大きな傷のある若い戦士風の男が、大声を出してそれを制し、私に向かって食って掛かって着た。

 そいつの部族の長老が、青ざめて一所懸命に止めているのだが、その若い奴は、背が高く筋骨隆々なので、老人の制止なんて片手であしらうってしまう。


 そいつは、大王の前に出ると、私に向かって何か怒鳴って来た。興奮して支離滅裂なのか、上手く聞き取れなかったのだけど、多分、『この偽物が!』とか『俺は騙されんぞ!』みたいな意味合いの事を言ったのだと思う。

 アーリャ達が直ぐに動いて男を取り押さえようとしたのだけど、男の腕力はなかなかのもので、女とは言え3人の人間を軽々と振り飛ばしてしまった。


 こいつ、老人や女にも暴力を振るう、最低な奴だな。

 よし、ちょっと懲らしめるか?


 男は、私の肩を小突こうと、右腕を伸ばして来たが、当然それは私の祖力障壁によって阻まれる。

 何回か、張り手みたいなのを繰り出して来ていたけど、埒が明かないと思ったのか、身体に魔力を集中して身体強化をし始めた様だった。特に右手を強く強化したみたい。その状態で殴ると、何れ位の威力が出るのでしょうね。

 私は、ジニーヤを一人出し、10層の絶対障壁を張って貰った。



 ガンッ!


 「あっつ……!」



 男は、さっきの祖力障壁みたいな弾力の有る物だと思って殴った所、硬い障壁だった為に、拳を少し痛めたみたいだ。

 男の拳は、鱗状の障壁パネルを、2層分を割っただけだった。うーん……、まあ、素手で2層割れるのは、凄いっちゃ凄いんだけど、牛頭鬼アステリオスは10層砕いたよ。あれと比べちゃ可愛そうだけど、身体強化有りでなら、せめて5層位は行って貰いたかったな。


 外国へ来て、そこそこ偉い人を怪我させちゃったとなると、外交問題にも成りかねないので、治してあげましょう。

 男を魔力でひょいと持ち上げると、驚いたのか、空中でバタバタと暴れている。

 魔力で、服を剥ぎ取ると、体中傷だらけだ。歴戦の戦士って感じだね。武士の情けに、褌は取らないで置いてあげたよ。

 空中でくるくる回して、体中の傷跡を一通り確認する。

 男は、辱めを受けていると思ったのか、顔を真赤にして喚いているけど無視だ。


 私は、魔導倉庫を開き、1本の赤く光る瓶を取り出した。

 皆は、初めて見る魔導倉庫にビックリしていた。

 あ、アーリャ達の前では倉庫は使わない様にしようってケイティーと話していたのに、破っちゃった……けど、今更か。


 私は、瓶の蓋を徐に取ると、中の赤く光る液体を男の頭からぶっかけた。



 「ぎゃあああああああ!!」



 室内に響き渡る絶叫! 知ってた。わざとやりました。痛そうだよね。

 男を床に下ろすと、転げ回って泣き声を上げている。情無いぞ、歴戦の戦士よ。


 しかし、その叫びも数秒間だけだ。

 よろよろと立ち上がった男の右目は開き、全身に有った傷跡は、綺麗さっぱりと消えていた。

 男は、私の前に膝を着き、涙を流して泣いている。

 そうかそうか、そんなに嬉しいか。



 「体の傷跡は、戦士の勲章なんですって。それが無くなってしまって、こんな体じゃ恥ずかしいって。」


 「何だとこいつー!」



 知るか、そんなん!

  アーリャに聞いたら、喧嘩の度に上半身をはだけて見せびらかしていたらしい。

 これはあの時の傷だ、こっちはあの魔物を斃した時の傷だってね。

 両目が開いた事よりも、傷跡の方が大事ですか。こんな馬鹿は、もう知らね!


 男の村の長老さんが、男に変わって土下座して来たよ。

 そういう、子供の喧嘩に親が出てくるみたいなの止めて!


 私は、気分を害したので、7日後に迎えに来る事を約束して、空間扉を開いて、一人でダルキリアのお屋敷へ帰った。




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