第193話 黒い部屋

 部屋の中央には、太い柱が天井と床を貫いている様に見える。裏側に回ってみると、さっきと同様に壁を塞いでいる石を見つけ、その石も手前に引き抜いてみた。

 半分程引き抜いた所で、私はおかしなに気が付いた。



 「石が……、黒い?」



 穴を塞いでいた石を全部引き抜いて横へずらして置き、穴の中を覗こうと、マジックライトを中に入れて貰うが、何故か明るくならない。

 一瞬、マナ喰いかと、身構えたのだが、そうでは無い様だ。部屋の内部全部が、墨汁をひっくり返したみたいに真っ黒なのだ。




 「これって、壁の内側全部が光を反射しない材質で出来ているのかな? 一瞬、マナ喰いかと思って焦ったけど、そうでは無いみたい。」



 皆がその黒い部屋に入って、内部を調査する事にした。壁の一部を削って、瓶にサンプルを収集する。

 扉の部分が開いていなければ、真っ黒な空間の中で自分の位置を見失い、気が変に成ってしまいそうな気がする。

 触覚を頼りに、隅々まで調べていると、天井に箱型の構造物がある事に気が付いた。

 最初、天井から四角い石が飛び出ているのかと思ったのだが、魔力で探ってみると、どうやら中は空洞で、下面が蓋に成っている様だった。

 竜達に手伝って貰って、その蓋をずらした時、背筋にゾクッとした冷たいものが走るのを感じた。



 「なんだか、脱力する様な気がするね。」



 そう言って振り返ったら、飛竜の子供達が倒れている。

 フリーダとプロークも、何だか具合が悪そう。

 何かが作動する気配がして、真っ黒な室内に火花が走る。

 …………ん?



 「ユーシュコルパス! プロークとフリーダを外へ!」



 2人はユーシュコルパスに任せ、私は子飛竜の3人を抱え、黒い部屋の外へ連れ出す。

 イブリスを振り返ると、天井に絶対障壁を張って、私達を守っているのが見えた。私達は、イブリスの魔力によって、強引に黒い部屋の外へ突き飛ばされた。



 「イブリス! 早く!」


 「お母様! ここは僕が支えますから、早くその扉を閉めて、外へ脱出して下さい!」



 イブリスの体から、光の粒子が抜け出して行く。粒子は、天井の黒い箱に吸い込まれて行き、その時に光を発する。

 粒子の抜けて行くイブリスの体は、段々と透けて行っている様に見える。



 「イブリス! 早くこっちへ!」


 「駄目です、お母様! そう長くは持ちません! 早く逃げて!」



 魔力でイブリスの体を引き寄せようと試みるのだけど、魔力が拡散して壁に吸い込まれて行ってしまう感覚があり、イブリスへ届いていないみたいだ。

 助けに戻ろうとする私の左腕を、ユーシュコルパスが掴んだ。



 「放して!!」


 「駄目だ! これは、あらゆるエネルギーを吸収する魔導装置なんだ! イフリートは諦めろ!」



 あらゆるエネルギー、そう、人の発するエネルギーは、生命力マナ魂魄アルマばかりではない。体を構成する原子自体が質量というエネルギーなのだ。

 今、イブリスの体からその全てが奪われようとしている。



 「お母様、僕の事は諦めて、早くその扉を閉めて、ここから逃げて下さい。」


 「駄目だ! そんな事は許さない!! 放せ!! ユーシュコルパス!!!」



 私は怒りに任せ、ユーシュコルパスを渾身の魔力で突き飛ばし、黒い部屋の中へ飛び込み、イブリスを抱きしめた。

 全身の全ての細胞からエネルギーが強引に抜かれて行く感覚が分かる。

 私は、火事場の馬鹿力とでも言うのだろうか、今まで感じた事の無い程の魔力を振り絞り、その出力が黒い箱の吸引量を一瞬上回った。部屋の中にエネルギーが飽和し、イブリスから奪われるエネルギーが止まった。私はすかさず天井の箱の蓋を閉め、イブリスを抱きかかえて部屋を飛び出し、部屋の石扉も閉めて塞いだ。


 気が付くと、冷や汗で全身がぐっしょりとなっていた。こんな事は、王城の地下ピラミッドでマナ喰いに遭遇した時以来だ。

 いや、あの時よりも神格のエネルギーは格段に増えていたのだから、今のはかなりやばかったのかも知れない。半分近く持っていかれてしまった。

 それよりも、そんな自分の事よりも、今はイブリスだ。

 身体が半透明に成って、向こう側が透けてしまっている。光の粒子の流出が止まらない。


 「ああっ、どうしよう! 身体が分解して行ってしまう!」


 「お母様、何で戻って来たのですか。逃げてと言ったのに……言う事を聞いてくれないお母様なんて、嫌いです……」


 「嫌えばいい。あなたは私の物なんだから、勝手に消えるのは許可しない。」



 「ユーシュコルパス助けて!」


 「落ち着けソピア。イフリートをゼロの領域ヌル・ブライヒに収納するのだ。」


 「あっ! そ、そうだった!」



 私は、分解して消えようとしているイブリスを、謎空間へ収納した。これで取り敢えずイブリスの時間を止める事が出来る。



 「この空間は危険すぎる。すぐに脱出するのだ。」



 私達は、大回廊へ出て、石扉を閉め、通路を通ってピラミッドの外へと脱出した。

 ピラミッドの外へ出て来た私達の様子を見て、お師匠達は、そのあまりの惨状に驚いていた。

 子飛竜達は、未だに意識を取り戻していない。プロークとフリーダも息も絶え絶えだ。私も仰向けで荒い息をしている。唯一、ユーシュコルパスだけが無事の様だ。



 「どうした! 一体何があったのじゃ!」



 ケイティーが持っていたエリクサーを子飛龍達に与えると、意識を取り戻した。プロークとフリーダも何とか元気を回復した様だ。



 「あなた達がこんな有様になってしまうなんて、一体中で何が有ったのか、教えて頂戴。」



 私達は、お師匠達と通信が切れてから、下降通路の方へ進んだ事、その先で見つけた黒い部屋とその中で起こった事を皆に説明した。そして、イブリスの事も。



 「なんという事じゃ、わしらの方とは状況が全く逆じゃ。」


 「ええ、私達がもしもそちらの状況だったとしたら、全滅していたかもしれませんわ。」


 「それよりも、イブリスが私達を助けるために犠牲になって……、うっ、うう……」



 涙を流す私を、ケイティーがそっと抱きしめてくれた。私は、ケイティーの胸で声を出して泣いた。



 「ソピアよ、イフリートは火竜の眷属だ。ブランガスならば、何か解決出来るかも知れぬぞ?」


 「ほんと!? じゃあ、今すぐ行く!!」



 飛び立とうとする私の腕をユーシュコルパスが掴んだ。



 「お前は相変わらず慌てん坊だな。飛んで行かなくても呼べば良い。鱗は貰っているのだろう?」



 そうだった。こちらからわざわざ硫化水素と沸騰した硫酸の中へ飛び込んでいかなくても、こっちへ呼べば良いんだ。

 私は、倉庫から真っ赤な鱗を取り出すと、体に残ったありったけの魔力を込めて念じた。



 「ブランガス! ここへ来て!」



 時空間が振動する気配があり、ピラミッドの上空の空にクモの巣状の罅が走ったと思ったら、空が割れ、赤い竜の巨体が落下して来た。



 『!--きゃああああああああ!!--!』



 水しぶきも同時に降ってくる。



 「ぎゃああああああああ!! 硫酸の雨!!!」



 お師匠が冷静に全員の頭上に障壁を張り、硫酸の飛沫を防いでくれた。

 ブランガスが不格好に地面に落下して来た。100ヤルト超の巨体が落下して来るのは、迫力があった。



 『!--あいったたたー! ひっど~いじゃない、ソピアちゃん! 呼ぶなら事前にテレパシー頂戴よ~!--!』


 「あ、ご免なさい。こういう現れ方すると思わなかったんで。あのね、呼んだ理由と言うのは……」


 『!--分かってますよ。眷属の目を通して私は世界を見てますからね。それにぃ~……--!』



 ブランガスはユーシュコルパスの方を見て、ふんと鼻息を鳴らすと、しゅるっと赤い身体の人竜の女性の姿に変わった。



 「ふうん、ユーちゃんのそれって、若い頃のロルフの顔よねぇ。じゃあ、私はぁ~、ソピアちゃんの将来の姿よぉ~」




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