第167話 神隠し

 「構わない! あなたのお母様を助けるのに力を貸しなさい!」



 有無を言わさぬ迫力があった。上位精霊種が、下等な人間如きの命令を聞くはずは無いのだが、今、目的は一致しているのだ。

 イブリスは、魔導鍵から抜け出し、ケイティーの体に憑依した。

 と、同時にケイティーの体から炎が上がる。



 「うああああぁああああぁああぁ!!」



 ケイティーは、生きたまま全身を焼かれる痛みを堪え、イブリスの魔力を制御しようとする。

 ソピアの魔力を押し戻し、脚が地面に着いた。

 ソピアの展開している魔力フィールドに干渉し、巨大な魔力の壁を鋭角な楔の様に一点突破で掻き分けて行く。

 呼吸が出来ない、急がなければ。私がソピアまで辿り着くのが先か、私の命が尽きるのが先か。



 「やめてー!!!」



 ソピアが絶叫し、魔力を解いてこちらへ走り寄って来る。

 私が広げた腕の中へ飛び込み、私の胸に抱きついた瞬間、弾かれた様にイブリスは私の背後へ弾き出され、私を覆っていた炎は消えた。



 「何で! どうして! こんな無茶するのよ!」


 「私達は、親友じゃない、大親友なんだ。命の1つや2つ掛けられないでどうするの。」



 二人は暫くの間、抱き合って泣いた。



 「ばかね、人間の命は一つしか無いのを知らないの?」


 「あら、そうだったかしら?」


 「ふふふ……」


 「あははは……ぐあぁ……」


 「ケイティー! ケイティー! しっかりして、イブリス! 治療術を早く!」


 「お母様、ご免なさい。使えません。お母様の知識の中に治療術の知識が無かったのです。」


 「そんな、このままではケイティーが死んでしまう!」



 遅れて、ヴェラヴェラが到着した。ケイティーの姿を見るなり、絶句した。



 「ヴェラヴェラは治療術は使えないの?」


 「初歩的なものしか出来ないよー。やってみるけど、こんなに酷い火傷は……」


 「どうしよう! どうしよう!」


 『--ソピアよ、落ち着くのだ、今すぐケイティーの体をゼロの領域ヌルブライヒへ格納するのだ--』



 ユーシュコルパスからの思念が飛んで来た。そうだ、あそこへ収納してしまえば、治療術の使えるウルスラさんやヴィヴィさんの所へ時間経過無しで連れて行く事が出来るのだった。

 ソピアは、あの謎空間を開くと、ケイティーの体をその中へ収納した。








◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇








 「ふう……」



 私は地面に手を着いて、安堵のため息を吐いた。

 いや、まだあの全身火傷で無事に生還出来るのかは分からないのだが、取り敢えずは時間を止めたので、取り敢えず緊急の事態は回避出来たのだ。

 全身の力が抜けた。喫緊の状況を先延ばし出来たという安堵感が、何時もの冷静な思考を取り戻して行く。

 それにしても、私は動転すると、ほんとに出来る事も出来なくなる、普通の人間なんだなと自覚させられる。

 こんな私を神様呼ばわりして、大丈夫なの? あなた達。あんたの神様はポンコツですよ?



 「イブリス! 何でケイティーにあんな事をした! あなたはまだ、人の命というものの大事さを……」


 「違います、お母様。」



 しかし、イブリスは静かに私の言葉を遮った。



 「あの時、あの瞬間、僕もケイティーも、お母様を失うのではないかという、同じ思いを共有したのです。」



 冷静さを失った私がどうなるのか分からない。私の心が死んでしまうという恐怖を覚えたケイティーとイブリスは、それを救う最善で最悪の考えに同時に行き着いてしまったのだ。

 あの時には、他の方法なんて考えられなかった。一刻も早く、傷ついて一人で泣いているソピアの心に寄り添わなければならない。事は急を要する。どうしよう、と、二人の思考はシンクロした。

 ソピアの魔力に抗えるだけの力が欲しい、その思いが二人を突き動かした。

 でも、私の心を救うために、ケイティーは自分の体を犠牲にしてしまった。それは、最悪の方法だった。



 「私は、……2回もケイティーに助けられてしまった。」



 この恩は、一生を掛けて返して行かなければならない。

 私は、もう逃げない。全てを受け入れる。



 「この世界の神は、こんなちっぽけな私に一体何をさせたいのだろうね。」



 私は、天を仰いでそう呟いた。

 そして、イブリスを手招きして、ギュッと抱きしめた。



 「ヴェラヴェラ、心配を掛けました。ご免なさい。」


 「うーん、あたいは良いんだけどさー、ケイティーはちゃんと治るのかい?」



 取り敢えず、ウルスラさんとヴィヴィさんに見せてからだ。

 その前に、村へ戻って皆にお詫びしないとね。



 「あたいは、何時もの神様に戻ってくれてうれしいよー。」



 あちらこちらに心配を掛けてるなー。王都へ帰る前に、村へ寄って匿ってくれた友達に挨拶して帰らないと。

 私は、木の近くに落ちていた魔導鍵を拾い、置きっぱなしのロッキングチェアーを倉庫へ収納して、ヴェラヴェラと一緒に飛び立った。



 …………


 ………


 ……



 村へ着く頃には、大分薄暗くなっていた。

 しかし、村の大人達は松明を持って、広場に集合している。

 一体何が有ったのだろう?


 広場に降り立つと、皆がぎょっとした顔をした。

 それが私だと分かると、一斉に安堵の表情を浮かべる。



 「ソピアちゃん、お帰りなさい。歓迎してあげたい所なんだけど、今大変な事が起こっていてねえ……」



 何かざわついている。一体何が起こっているんだろう?

 そう考えていたら、一人の男がヴェラヴェラを見つけて、走り寄って来た。



 「あっ! あんた! あんたを探していたんだ! うちの子達を何処へやった!」


 「んー? 何の話だー?」


 「とぼけるな! あんたらが人攫いだってのは、分かってるんだぞ!」


 「えー? あたいが人攫いー? そんな訳無いぞ、なんでだー?」


 「あんたらがやって来て、子供達が消えて、あんたらも戻らなければ、そう思うのも当然だろうが!」


 「ん? どういう事? 詳しく話して!」



 ヴェラヴェラに掴みかかろうとするおっちゃんを制して、詳しく話を聞くと、普段特に来訪者も居ないこの寒村に、他所者が二人やって来た。その日の内に、その家の子供が二人行方不明になり、その他所者も戻らない。

 ああ、こりゃ疑われても仕様が無いな。


 私は、ヴェラヴェラが、王都で一緒に住んでいる家族で、家出した私を探しに来てくれたのだと言う事を説明した。



 「お、おう、確かにそんな様な話をしていた。で、ソピア、お前は何処に居たんだ? もう一人の女は何処へ行った!?」



 ああー、言い難い部分を説明しなければならないのかー。挨拶だけして帰りたかった。



 「実は、リーンお祖母ちゃんの家で、あの子達に匿われていたんだ……」


 「なに!? お前、いつの間にか帰っていたのか? それで、あいつらに匿われていたと。」


 「全く……子供達だけで何をやっているんだか。」


 「で? あの子達はリーンさんの家に居るのか?」


 「それがー……」



 うー、説明し難いー。

 掻い摘んで言うと、王都の家から家出して来た私は、リーンお祖母ちゃんの家で子供達だけで匿われていた。

 子供達は、私が王都でさぞ酷い扱いをされていて、それで逃げ帰って来たのだろうと考え、追手が来るのを警戒して、大人達にも秘密で隠してくれていた。

 そこへ案の定というか、王都から二人がやって来て、居場所を突き止められてしまったので、三人が足止めをし、一人が私を連れて森の奥にある小屋へ逃げた。



 「ちょっと待て、森の奥の小屋……だと?」


 「うん、石積みで上に土を被せてある、小山みたいに成っている、退避小屋だよ。有るでしょう?」



 その話を聞いて、大人達は青ざめた。



 「まさか、扉を開けて、中に入ったりはしてないだろうな?」


 「えっ? あ、うん、その中に隠れようって言ってたんだけど、ドアにが鍵がかかってて、入れなかったんだ。そこへ私を探しに来たケイティーと、このヴェラヴェラがやって来て……」


 「この馬鹿が! 子供達だけでそんな森の奥へ入るなんて! それで、もう一人と子供達はどうしたんだ!?」


 「うん、私は一人で更に奥へ逃げちゃったから、良く解らないんだけど、ヴェラヴェラは分かる?」


 「あたいらは、逃げたソピアを追うから、子供達は日が暮れる前に村へ帰りなって言って、その場で別れたんだよー。」


 「なんてこった!」


 「どうしよう、あんた!」



 大人達の間に動揺が広がって言った。




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