第159話 プロークの脱皮

 私は、謎空間に入り、移動する事にした。

 中に入ってみると、以前とは違って、右上あたりに、球体状の宇宙が見えている。

 何て言うのかな、細かい斑点の有る、黒いボール?

 で、その斑点は、恒星……じゃなくて、大銀河なんだ。大銀河が星の様に集まっている様に見える。前に覗いた時は、銀河が出来ている途中で、この空間の中は星で一杯だった様に感じたのだけど、今は頭の上の方に浮かんだ、大きなシャボン玉って感じだ。シャボン玉の表面が、虹色にクルクル流れて動いているみたいに、銀河団が流れて動いている。

 あれ? 少しずつ離れていっているのかな? 手が届かなくなる前にあの中を探検してみたい気がするんだけど、戻れなくなったら怖いから止めておこう。



 さて、屋敷に帰るぞ、と念じたら、見慣れた屋敷の食堂に居た。

 私は、何時もの様に空間壁を破って、そこから出たら、皆が驚いていた。



 「みんなー、ただいまー。」


 「はうっ! ソピア! もう、びっくりさせないでよ。」


 「ソピアちゃん、お帰りなさい。」


 「神様ー、お帰りだよー。」


 「ソピアさん、お帰りなさい。」


 「おかえりなさいませ。」



 お師匠はエピスティーニかな? 飛竜親子は中庭か。

 私は、中庭に出て、飛竜親子に挨拶をし、テレパシーでお師匠にも帰った事を知らせた。



 「イフリートのイブリスちゃんは、火竜に返しちゃったの?」


 「いえ、この中に入っています。」



 私は、魔導鍵を出して見せた。イフリートは、器物に憑く精霊である事を皆に説明した。

 皆に、旅であった色々な事、火竜を眷属にした事、ヒドラも眷属にした事を報告した。



 「うーん、今更もう驚かないけど、火竜も眷属になっちゃったかー。」


 「やっぱり、わたくしが同行して、記録を取る必要があったわねー……」


 「あ、ヴィヴィさんとキャラが被ってたから、会わない方が良かったかも。」


 「いや、逆に興味がそそられるわよ。」


 「で、残りの神竜に会いに行くのは、何時にするの?」


 「うーん、火竜に会いに行く時にプロークも連れて行く約束していたのを破っちゃったから、プロークが起きてからにするよ。」



 で、プロークには変化は無いのかな?

 見守っている飛竜親子に聞いたら、まだ数日は掛かりそうとの事だった。

 じゃあ、今日はもう疲れたから、お風呂に入って寝ちゃおう。








 翌朝、食堂へ降りると、皆は既に揃っていた。

 私は、イブリスも一緒に食べるかなと思い、起こす事にした。


 服の下から魔導鍵を取り出し…………どうやったら出てくるのだ?



 『!--教えてブランガスぅ~!--!』


 『!--あ~らソピアちゃん、お早う。イフリートは、呼びかければ出て来るわよ~。--!』


 『!--そうなんだ! どうもありがとう!--!』


 『!--うふふ、用事が有る時は何時でも呼んでね~。--!』



 という訳で、早速呼び出してみるか。

 私は、魔導鍵に魔力を流し込むと、サントラム学園の校章が空間に浮かび上がる。その校章の真中に有る、鍵穴に魔導鍵を突っ込み、魔導倉庫を開ける時とは逆の左に撚ると同時に、呼びかけた。



 「出て来い、イブリス!」


 「おっほっほーう! おほほほほほーう! はいはいさー、お母様。お呼びで御座いましょうか。」


 「一緒に朝ごはんを食べよう!」



 派手な稲妻と爆炎のエフェクトと共に、イブリスが飛び出して来た。

 うーん、私の知識を齧っているだけ有って、ノリが凄く良いぞ。これは捗る。



 「「「「「えーと、今の寸劇は何かな???」」」」」



 皆の頭の上に疑問符ハテナマークが浮かんでいるけど、これをこっちの世界の人に説明するのは難しいのだ。でも、私は同類を見つけたオタクみたいに、超絶多幸感に浸っている。


 私とイブリスは、並んで朝食をパクついた。

 お、今日は生野菜のサラダとオレンジジュースも付いているぞ。よしよし。

 皆の頭上の疑問符ハテナマークを放置プレイしながら朝食を食べていると、中庭から飛竜親子が、慌てた様子で走り込んで来た。



 「大変です! プローク様が出て来そうです!」


 「「「「「「「えっ!? ええええええーーー!!」」」」」」」



 食事を中断し、皆で中庭に飛び出してみると、確かにプロークの繭? 蛹? の頭部に、横に亀裂が入っている。



 『!--お師匠、大変だー! プロークが出てくるよ!--!』


 『--何!? まだ数日掛ると思って油断しておった! 今すぐ行く!--』



 お師匠、あっという間に飛んで来た。多分、10分掛からなかったんじゃないかな。今までで最速でしょう。



 「うむ、竜の脱皮なぞ、一生の内に見られるかどうかというものじゃからのう。」



 プロークの頭部の亀裂は、かなり大きくなって来ている。

 鼓動する様に上下に開いたり閉じたりを繰り返しながら、亀裂は徐々に広がって行っている。

 暫く、固唾を呑んで見ていると、白っぽい中身が押し出される様に出て来た。

 何か、濡れた紙くずでもグシャグシャっと丸めたみたいに皺だらけで、形がよく解らない。


 この時点で、連絡を受けたらしい王様とエバちゃまが駆け付けて来た。



 「おお、これが竜の脱皮であるか、なんとも……グロいな……」


 「何を言っているのあなた。妾には、神々しくて神聖に見えるわ。」



 まあ、ねー。動物の赤ちゃんだって、生まれたては皺だらけだもんね。

 家族が見れば、神々しい光景でも、何の思い入れも無い赤の他人が見たら、なんじゃこりゃって思うのも仕方の無い事なのかも。


 やがて、全身が出て来た。未だ全身の形がよく解らない。



 「あれ? 何だか小さくなってない?」



 見ていると、クシャクシャに折り畳まれていた翼がニューっと伸びて行く。

 シワシワの腕が前方に突き出され、徐々に黒っぽく色がついて行く。鋭い爪の付いた、5本指の手だ。

 後方にも尻尾と脚が伸び、足は猛禽類の脚の様な爪の付いた4本指、後方に蹴爪が有るから5本指かな? 乾燥するに連れて、徐々に色が付いて来る。

 地面に伏せているので、顔は未だ分からないが、体長は3ヤルト程度には成るのだろうか。


 犬や猫なんかもそうなんだけど、尻尾の有る動物って、頭の先から尻尾の先までが体長なんだよね。だから、例え体格が同じ位でも、ジャパニーズボブテイルみたいに尻尾が短い猫は、体長が短いし、メインクーンみたいに尻尾が胴体と同じ位に長い猫は、体長が長いという事になってしまう。尻尾は脊椎の延長だからって理由みたいだよ。


 まあ、そんな感じで、新しいプロークは、体長が3ヤルト程度しか無い様に見える。大分縮んでしまったけど、これから成長してまた大きくなるのだろうか?


 頭部には、側頭部から伸びた太い角が、湾曲して後頭部斜め上方向に伸びている。

 顔は地面に伏せているので未だ分からない。長い銀色の髪が、濡れて首から背中に貼り付き、エルフみたいに長い耳が髪の毛の間から見えている……て、あれ? 新生プロークは、初めから人形なの?


 徐々に体の表面が乾いて行き、しわしわも大分消えて来た頃、プロークは、手を着いて上体を起こした。

 メイド長さんがいつの間にか持って来たバスローブを、さっとかけて体を隠す。流石だ。

 ふらりと立ち上がったその姿は、ヴェラヴェラよりも若干背が高い。身長2ヤルトといったところか。

 顔は、以前の人形に変身した時の顔に似ているが、額から前方に向けて、1本の角が生えている。

 やがて、ゆっくりと目を開くと、その瞳はドラゴンズアイだった。


 凄いな、竜人か、いや、人の形をした竜だから、人竜?



 「お目出度う、プローク。左腕と翼は、完全に修復されたみたいだね。」


 「グ……ガ……ソ…ピアよ、心配を、かけ、た、な。」


 「取り敢えず、体中カピカピだから、お風呂に入ろうか。」



 私達は、プロークをお風呂場に引っ張って行って、体中に石鹸を塗りたくって角の先から尻尾の先まで丸洗いした。

 ヴェラヴェラが心底楽しそうだった。


 プロークを丸洗いして、気が付くとヴィヴィさんとウルスラさんの他に王妃エバちゃままで居た。

 良いの? 庶民と一緒にお風呂入っちゃって。その、威厳的な意味で。



 「構わないわよ、私だって元々冒険者だったのだから。寧ろ、威厳を振り翳す側に成っちゃったのが嫌だったの。」



 ……だ、そうです。

 なんか、熱心に変身術について質問している。

 二人の頬とかほうれい線とか、首筋のシワとかたるみとか、間近で観察して質問攻めにしている。

 聞くと、外国の要人と合うのに、あまり若すぎるというのも舐められるのだそうで、二人みたいに大幅に若返るのも、ちょっと問題があるらしい。でも、シワやたるみは取りたいのだそうだ。

 そういえば、エバちゃまも元魔導師なんだから、習えば出来るのか。

 女性の美容に対する欲は、果てしが無い。




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