第110話 ランク昇格は波乱万丈

 この髭男の得物は、バトルアックスだった。

 以前は片手剣を使っていたはずだけど、武器を変えた様だ。



 「剣の方が使い勝手は良かったんだが、アラクネーの様な硬いやつと戦った時に打撃力が足りねえのに気が付いたんだよ。」



 確かに、この男はガタイもでかいし、良い筋肉をしている。同じパーティーに剣を使う者が他に二人居る事を考えると、バトルアックスかバトルハンマーの様な重量の有る打撃武器に転向するのは有りかも知れない。


 4頭のオークが、ハイオークを先頭にこちらへ走ってくるのが見える。

 髭男は、背中に背負っていたアクスを引き抜き、両手に持って待ち構える。

 オークはパワーは有るけれど動きは鈍重だ。前に見たハイオークはツーハンデッドソードを片手で振り回していたけれど、そうそうツーハンデッドソードが落ちているわけも無く、殆どは棍棒を持っている。重いので当たれば威力は絶大なのだけど、如何せん動きがもっさりしすぎで、訓練した人間なら大体避けられる。

 誤解の無い様に言って置くと、もっさりしていると言っても、野生動物並みには速いからね。ヒグマが腕を振り回す位には速いんじゃないかな。普通の人間にとっては驚異だよね。ていうか、まず勝てない。だけど、訓練されたハンターや軍人なら、動きが単調な分避け安いし、攻撃も当て安いって事。

 髭男の場合、どっちももっさりしてそう。パワー対決になるのかな? ガチンコでパワー対決しちゃったら、どんなに鍛えていようと人間はオークには勝てないでしょう。どうなるの、このもっさりパワー対決? どっちのもっさりが勝つかな? 髭もっさり頑張れ!



 「もっさりもっさりうるせーな! ちくしょー!」



 ハイオークが棍棒を振り上げたのを見るやいなや、髭男はバトルアックスの先で喉を突いた。

 喉は殆どの生物の急所だ。太い血管が直ぐ近くを通っているし、気管を潰せば呼吸が出来なくなる。刃物で突き刺せば、血液が気管に流れ込んで窒息する。

 髭男のバトルアックスは、先端が槍になっていて、斧の反対側は鳶口の様な湾曲した刃物になっている。これって、ハルバードって言うんだっけ? ハルバードは一応、バトルアックスの一種って事になっているみたいだけどね。槍と斧が一体になった武器の事をそう呼ぶみたい。日本語では、槍斧とか、斧槍とか書くそうです。

 重くて動きがもっさりしてしまうのを補う様に、素早く攻撃出来る、突き攻撃も出来る様に成っているんだ。如何に棍棒の威力が大きかろうと、振り上げて叩きつけるという2アクションが必要になる。突きならば、1アクションで攻撃が出せる為に後の先を取り安い。


 このハルバードの先に付いているのは槍と言ってもただの尖った衝角では無い。刃の付いた短剣なのだ。

 髭男は、突き刺したハルバードを横に薙ぎ、頸動脈を切断すると共に、そのすぐ横に出ていたオークの米噛みに、斧の反対側に付いている鳶口を突き刺した。

 僅か2アクションの内に2頭のオークを屠ってしまった。腕力馬鹿のもっさり筋肉達磨の髭男じゃないと出来ない芸当だ。凄いぞもっさり脳筋腕力馬鹿。



 「……ちっ……」



 もっさり脳筋馬鹿髭男が舌打ちしやがった。



 「おまえ、さっきから悪口しか言ってねーじゃねーか。」



 おっと、また口を動かしてしまっていた。てゆーかぁ、戦闘中にギャラリーの独り言が聞こえるなんて余裕じゃないか。

 オークは残り2頭。普通のオークだから、気を抜かなければ余裕でしょう。

 重量のある棍棒なので、振りかぶる時と、攻撃を出し終わった時に隙きが出来る。後者は避けて攻撃する必要が有るけど、前者は敵に未だ戦闘の気が満ちる前に素早く斃す事が出来る。遭遇した、様子見のジャブを撃ってみるか、やられた。ってな感じ。本気の攻撃に移られる前に素早く屠る事が出来るので、地球の皆も森でオークに遭遇した時にはオススメだよ!


 髭男は、1頭が振り被った隙きを突いて危なげ無く斃し、もう1頭は、ハルバードを上段に構え、リーチを活かしたフルスイングでオークの脳天をかち割った。最後の1頭でデモンストレーションしただろこいつ。



 「お前なあ、もう少し年上に対しての口の利き方ってもんがあんだろうよ。」



 私の脳内会話を勝手に聞かないで下さい。例え聞こえていたとしてもな! ドスケベ変態ロリ野郎! ケイティーを騙した事は赦してないんだからな。



 「ソピア、私の為に怒ってくれているのは嬉しいんだけど、私はもう赦す事にしたよ。アレ以降真面目にやっているみたいだし。」


 「そ、そうだぞ! 俺達は真面目な冒険者になったんだ!」



 うーん、ケイティーがそう言うなら、まあいいけど……

 次何か有ったら、さっきのオークみたいに丸焼きにして粉にして金魚の餌だからな!



 「お、おう。もうやらねーよ。」


 「ソピア、金魚ってなあに?」


 「こんなちっちゃい、観賞用に小さな赤い魚だよ。」



 私は指で大きさを示してみた。そういえば、金魚ってこっちには居ないのか。



 さて、残りはランク2の剣士二人だな。

 ハイオークが含まれる可能性の高い、4頭のは避けて、3頭のが居ないか周辺を探ってみる。

 都合良く、こちらへ向かってくる3頭が居る。それをギルド長に告げると、残りの2人の内の1人を指名し、他はオークがやって来るのとは反対側へ退避し、物陰に隠れる。

 男は身長の高い細身の男で、ノッポさんと呼ぼう。ロングソード使いだ。ノッポさんと言っても、チューリップハットは被っていないし、手先が器用でも無口なわけでも無いし、ゴン太くんも居ない。


 オークが茂みの向こう側から現れた。

 なんと、驚いた事に1頭はハイオークだった。ごめんね、魔力サーチは、動体を感知するだけで、種族までは解らなかったんだ。ハイオークにしても、必ず3頭のオークを連れていなければいけないなんてルールは無いだろうしね。これは仕方無いよね。


 ギルド長がこれはパスしても良いぞと声をかけたが、ノッポさんはやると言い張った。

 多分、ハイオークを1人で狩れればランク4に成れるのかもしれない。ケイティーの時がそうだったから。

 力も体格も、通常のオークよりも段違いに大きいのだけど、よく見ていけば勝てない相手ではない。

 立ち回りも上手いし、高身長故のリーチの長さも上手く生かしている。後の先も出来ている。出鼻の一太刀でとは行かなかったが、オーク達の攻撃をなんとか躱し、打撲と掠り傷程度のダメージは貰ったが、ハイオークをなんとか斃す事に成功。残りのオークも難無く処理して終了。お姉さんに回復を掛けてもらって一休み。『今日は特別な日だ!』と大喜びだ。最終回ですか?

 初めてのハイオークのソロ討伐は、よっぽど嬉しいらしい。


 さて、最後の1人の為に、サーチを展開する。

 あ、ヤバイ、ハイオーク含むであろう2グループが合流してこちらを見つけて近付いて来るよ。7頭だ。



 「ここは私がサクッと討伐してみせましょう。」



 私が前に出ようとしたら、その肩を記録のお姉さんに掴まれた。

 オーク7頭の姿が見えた時、飛び出して行ったのは、ケイティー、ギルド長、記録のお姉さん、今まで空気だった判定員のおっさんの4人。


 はい、瞬殺でしたよ。強いなこの4人。

 記録のお姉さんも戦えるとは思わなかったよ。判定員のおっさんもだけど、連続ファイアーボールの散弾攻撃は凄かった。ギルド長の剣戟も凄かった。なんか、剣から炎引いてなかった? ケイティーの立体機動といい、なんとか無双ですか? なんとかバサラですか? 進撃のケイティーですか? 何いい大人達がはっちゃけてるんだよ。

 ケイティー曰く、人の戦いを見てると、なんかこう、闘志の様な物がムラムラして、ドキがムネムネして、自分も戦いたく成ってくるんだって。どこの戦闘民族だよ。ワックワクしてくるのか? わくわくさんか?

 私達置いてきぼりだよ、私はこの悪役4人組の方に分けられちゃったのが不本意だよ!


 さあ、最後の1人だよ。

 魔力サーチを300まで広げると、3グループが引っかかった。結構居るなここ。

 3頭のグループで一番近いのは、と。うん、8時の方向に90メートルかな。



 「私から見て4刻の方向に90。3頭居ます。あ、でも、こっちのは戦闘中に他の集団に察知される可能性があるかも知れないので、大体正面方向120ヤルトに居る3頭の方が良いかも。」



 サーチ範囲300で見ると、4刻方向には他の影がチラチラ見え隠れするので、仲間を呼ばれるとマズイ気がしたんだよね。でも、ギルド長の判断は、4刻方向の近い方との事だった。正面方向は森の奥へ進むので、あまり奥へ行くのは避けたいという判断だった。


 「他のが寄ってきたら、また俺らで蹴散らせば良いしな。」



 ギルド長、未だ興奮冷めやらず、か。

 まあ、確かにそうだな。私だけでもどうとでも出来るし。

 というわけで、一番近いオークの方へゾロゾロと歩いて行くと、3頭がこちらへ猛然とダッシュして来た。



 「ん?」



 オークが藪から飛び出して来て、そのまま私達に見向きもせずに森の奥へ一目散に走って行った。

 まるで何かに追われているかの様に。

 追われている? サーチでは何か大きな物がこちらへ向かって来ている。

 地響きと共に現れたのは、身の丈4ヤルトは有りそうな1頭のオグルだった。



 「ぎゃー! お、オグルだー!! 助けてくれ!!!」



 悪役4人は逃げ出した。

 オグルは、私達を見回すと、獲物をさっき追いかけていたオークから私達に切り替えた様だった。

 手に持っている棍棒も、ほぼ丸太と言えるほどの太さだ。それを振り回そうと振り被った所で私は魔力でその動きを固定した。間髪入れずに、オグルの右目に矢が突き立つ。



 「お、あの弓士は逃げないで戻って来たのか。」



 ケイティーが素早くオグルの後ろへ回り込み、両脚のアキレス腱を切断する。

 オグルは、たまらず両膝を着くが、それでも私達よりも遥かに背が高い。私の拘束を振り解こうと藻掻く。

 必死に暴れる野生動物の力は結構強い。本当に強い。自分の腕が折れても構わないって位に暴れる。振り解けはしないと思うけど、振り解かれるんじゃないかと思わせられる程の馬鹿力だ。

 記録のお姉さんと判定員のファイアーボールが胸に連続して着弾し、オグルの動きが一瞬止まる。その隙きを逃さず、ギルド長がその傷口から剣を心臓へ差し込む。その背後から走って来た髭男のハルバードの斧がオグルの額にめり込んだ。



 「逃げた悪役髭男も戻って来たのか。」


 「逃げてねえ、距離を取っただけだ!」



 見事な連携で、オグルを瞬殺した。

 やっぱり皆で力を合わせて事を成し遂げるのって、良いよね。



 「ふう、俺ももう一度冒険者に戻ろうかな。」


 「ギルド長は仕事が沢山あるので駄目です。私は休日に冒険者やろうかなー。」



 なんだよ、レジャー気分かよ。アドレナリンが出て、今ちょっとハイになってるかもしれないけど、そんな気持ちじゃ大怪我するぞ。



 「ほらほら、12歳の小娘に諭されてますよ。それよか、悪役残りの2人は何処行った?」


 「おう、1人はそこの木の陰に隠れているな。もう一人はー……お前、知らないか?」


 「い、いや、一緒に逃げた訳じゃねーから……」



 検定中に怪我人や死亡者を出すのは不味い。浮かれていたギルド長が真剣な顔に成る。

 私は魔力サーチの範囲を広げて、辺りを探るが、何処かに潜んでじっとしていられると分からないんだよなー。



 「あ、居た。」


 「どこだ!」


 「交戦中みたい。多分、さっき私達を素通りしていったオークと。」


 「ああ、同じ方向へ逃げて行っちゃったのね。」



 私達は急いでその方向へ走って行くが、結構遠くまで行ってる。200以上逃げてる。

 私達がその現場に到着した時には、3頭のオークは倒れていて、左腕に負傷をした男がその傍に足を投げ出して座り込んでいた。

 左腕は、肩の脱臼と前腕の骨の骨折、それと肋骨に罅が入っていた。棍棒の直撃をまともに受けちゃったんだろうね。怪我はすぐにお姉さんに回復魔法を掛けてもらっていた。


 まあ、一応、オーク3頭の討伐には成功しているわけか。

 戦闘は誰も見ていないけど、どうなるんだろうこれ?



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