第70話 ランク昇格試験

 クエストボードから依頼書を引っ剥がしてカウンターへ持っていくと、受付のお姉さんが分厚い帳面をドンと取り出し、ペラペラとページを捲っていく。



 「えーと、依頼書番号、Rの0001753番、特殊案件。配達クエスト。報酬金は大金貨2枚。旅費実費10日分支給。条件は、ハンターランク2以上。……あら? ケイティーはランク1ね。受けられないわよ?」


 「じゃあ、昇格試験受けます。今すぐに受けられますか?」


 「んー、ちょっとまってね。あ、大丈夫、試験官丁度居るわ。じゃあ、この番号札持って試験場へ行って。」


 「ねえねえお姉さん、私も昇格試験受けられる?」


 「大丈夫よ、じゃあ、あなたもこれ持って同じ所へ行って頂戴。」



 私達は、以前にハンター試験を受けた場所へ行った。

 先客は2人居た。



 「あれっ? お前らもか。久しぶりだな。」


 「え、誰?」


 「ナンパでしょう。無視よ無視!」


 「おまえらなー、ハンター試験受けた時に一緒だったろ!」



 私は自慢じゃないが、人の名前も顔も覚えられない人なんだ。

 無機物や景色なら覚えられるんだけどなー……。なんか、こう言う人割と居るみたいだよね。

 ケイティーは、覚えてて巫山戯たらしい。



 「お前らも例の配達クエスト受けるために昇格試験受けるんだろう? ランク2になってあの依頼を受ければ、王宮にコネが出来るかもしれないからなあ。」



 王宮にコネ持っても碌な事は無いよと言おうと思ったけど、止めておいた。人の夢を壊す必要無いもんね。



 「はーい、今日の昇格検定を受けるのは4人ね。中へ入って下さい。あら、見たことの有る面子ねー。皆順調にランクアップしてて嬉しいわ。」



 部屋へ入ると、4角に審判員、回復士なのかな? それと、ボードを持ったお姉さんと試験官の2人が居た。前回と違うのは、試験官が違う人だという事だ。

 多分、ランク毎に専門の試験官が居るみたい。


 前の2人は、割と善戦していた。決定打っぽいのを入れたり入れられたりしている。試験官と互角位なんじゃないかな。頑張ってるんだなー。

 ケイティーはというと、刃引きとはいえ鉄剣の重さが合わないみたいで、ちょっと苦労していた。だけど、攻撃は全部捌いている。反射神経は良いんだよね。前の二人とは違って、どちらも攻撃のダメージを受けない代わりに有効打も入れられないという感じで、違った形で互角っぽかった。


 さて、唯一の魔導師の私の番が来たよ。

 どんな魔法が使えるのか、前回申告した物から増えているのかどうか、現在使える物を全部申告する様に言われた。



 「えーと、赤玉、青玉でしょう、長距離砲撃とEML攻撃、アーク放電と、魔導音速スリングと、黒玉、魔導倉庫、飛行術、あ、あとテレパシーを今朝覚えました。」


 「なんか、聞いた事の無い魔法ばっかりなんだけど、魔導倉庫と飛行術は、最近話題に成っているやつだな? それ以外で攻撃魔法はどれ?」


 「赤玉、青玉、黒玉、砲撃とEMLと……音速スリング……これは魔導なのかな? そんな感じ。」


 「あー、うん、後半が良く分からないのだけど、その中で一番強力なのは?」


 「EMLか黒玉かなあ……」


 「じゃあ、それ撃ってみて。」


 「ここで? 無理です。」


 「それじゃ検定出来ないよ?」


 「はい、はーい! ちょっといいですかー? その子の魔法は、ちょっと強力すぎて屋内で撃つのは危険なんです。」



 なんか、子供だと思って小馬鹿にした風な試験官に、危機感を感じたケイティーが助け舟を出してくれた。



 「あなたはこの子とどんな関係ですか?」


 「同居人で、同じパーティーを組んでます。」


 「屋内だと危険とは?」


 「山を消し飛ばす威力だからです。」


 「はっはっは、冗談も休み休み言いたまえ。そんな魔法は、かの大賢者でも持っていないだろう。」


 「だって、私のオリジナルだもん。」


 「オリジナル? ちゃんと基本を学んだのかね? 子供の考えた最強魔法程痛々しい物は無いんだぞ。まあ、いいから撃ってみせたまえ。」


 「駄目駄目! 駄目だってば!! 絶対に駄目ー!!!」



 試験官、ニヤニヤ小馬鹿にした態度がムカつく。

 ケイティーは、実際に見ているから必死に止めようとしている。



 「面白い子だなあ、いいからやってみたまえ。」


 「わかったよ。どうなっても知らないよ。」


 「いやー! 止めて! 私死にたく無いんで、部屋から出させて下さい!」



 錯乱するケイティーに、皆ギクッとしたが、皆見ちゃいけない物を見てしまったみたいに、視線を逸した。

 ケイティーは、入り口の方へ向けて全力ダッシュした。



 「どうなっても知らないよ。じゃあ、行きますよー。」



 私は、重力を集中させて、目の前に黒玉を作ろうと念じた。

 空間の屈折率が変化したみたいに、一点に向けて映像が歪む。

 まるで巨大な掃除機の様に、または、巨大排水口に吸い込まれる水の様に、空気が一点に物凄い勢いで吸い込まれて行く。

 吸引力の衰えないのはブラックホールだけ。

 想像だにしなかった現象に、近くに居た記録のお姉さんと試験官が地面に這いつくばって必死に耐えている。

 走り出したケイティーも地面に手を着いた。

 軽い砂や紙くずが飛んで来て、中心に吸い込まれて行く。

 中心点にやっと黒い球体が現れ始めると、重力の方向感覚が可笑しくなり、どっちが上なのか下なのかのが分からなくなってくる。

 まるで時間がゆっくりに成った様に感じ、全てがスローモーションの様に見えた。



 「やーーーめーーーーろーーーーー!!」



 試験官の口がそう動いた。声も録音を低速再生したみたいに低音に響く。


 私は、これ以上はヤバイなと感じ、黒玉生成を止めた。

 途端に部屋は通常空間に戻り、気がつくと部屋中に有った物が中心に引き寄せられ、石造りの壁や天井も内側に膨らみ、何個かのレンガが飛び出ていた。



 「怖かった! 怖かったんだからぁー!」



 正気を取り戻したケイティーに涙目でポカポカ叩かれた。痛くは無いんだけどね。






 私達4人は、ラウンジで検定結果が出るのを待った。

 私はケーキと紅茶を楽しんだけど、他の3人は魂が抜けたみたいにぼーっとしていた。



 「検定結果を通知しまーす。ハンター証(ライセンス)を持って、カウンターまで来て下さーい。」



 私達は、ぞろぞろとカウンターへ歩いて行った。私以外の三人は、未だボーッとしている。



 「はい、剣士の3人は、ランク2に昇格です。おめでとう御座います。」



 ハンター証(ライセンス)の結晶にそれぞれ情報が書き込まれ、薄黄色に光ったクリスタルのペンダントを返された。

 3人は、喜ぶなり笑顔に成るなりすればいいのに、渡されたハンター証を無言で首にかけ、ラウンジに戻って行った。椅子に座って、3人共同じ様なポーズで頭を抱えた。



 「えーと、魔導師のあなたは、ランク5に昇格です。おめでとう御座います。」



 ハンター証は、緑色に輝いていた。

 私はそれを首にかけ、満面の笑顔でガッツポーズをした。



 「あ、あのー、それから、言い難いのですが……訓練室の破壊状況が殊の外酷くて、そのう、修理代が……」


 「でもあれ、屋内でやったら危ないから外でやろうって言ったのに、無理やりやらせたのは試験官だよ?」


 「えっ? で、でも、それは……」


 「だって、私のせいじゃないじゃん。」


 「あ、う、ギ、ギルド長ー!」



 あ、ボスを呼びに行った。ずっこい。

 奥からギルド長が走って来た。



 「またお前かーあぁ!!」


 「怒鳴ったって駄目だよ。アレの責任は試験官のおっさんだからね。」


 「おまえ、前回も壁壊したろう、今回は逃げられないぞ。さもなくば、ライセンスは没収だ。」


 「あー、ずっちー!」



 ここで、再起動したケイティーがやって来た。



 「何を言い合っているのかと思って来てみれば! あれを無理矢理やらせたのは試験官の方ですよ!?」


 「な……」


 「おう、そうだぞ。試験官がやらせたんだぞ。」



 一緒に試験を受けてた男性ハンターも加勢に来てくれた。



 「くっ、しかし、実際に壊したのはお前だろうが!」


 「そうだぞ、あんなに危険な魔法だと知ってて使ったのはお前の責任だ。」


 「そうだそうだ!」



 今度は試験官や審判員等がギルド長に加勢に入って来た。前回恥をかかされた試験官も関係無いのに集まって来た。

 別にこういうのは喧嘩じゃないんだから、人数勝負では無いと思うんだけど、やっぱり人数の多い方の主張が有利になるよね。

 年端もいかない12歳の小娘相手に大の大人連中が、なんて大人気無いんでしょう。


 よーし、そっちがその気なら、こっちは権力を盾にしちゃうよ?



 『!--ヴィヴィさん、聞こえるー?--!』


 『--あ、あら? ソピアちゃん? どうしたの?--』


 『!--おー、すぐ繋がってよかった!--!』


 『--テレボイス、略してテレボを作るために回路を開きっぱなしにしてたのよー。--』


 『!--うん、助かりました。ちょっと今、ハンターズでトラブっちゃってて、助けて欲しいの。--!』


 『--まあ! ソピアちゃんがわたくしを頼ってくれるなんて、感激だわー! 今行きますからね!--』



 5秒でやって来た。速っ!



 「ソピアちゃーん! 何があったのー?!」


 「はん! 親を呼んだって無駄だぞ。丁度良い、保護者に支払わせるか。」



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