第37話 ジェットエンジン
豪華なお食事会の後、私達はお師匠とヴィヴィさんと別れて、先程の洋服屋へ戻った。
実は、ハンターの服や装備はここに預けていたのだ。
店に入ると、最初に会った店員がびくっとした。
ハンター装備に着替えて、ドレスは豪華な箱に入れて手渡された。
店員さんにお礼を行って店を出た。
ケイティは、歩きながら用も無いのに魔導倉庫を開けたり閉めたりしている。よっぽど嬉しいんだろうね。
そしたら、何回目か、多分7回か8回目位で、突然倉庫が開かなくなってしまった。
「あれ? あれっ? 開かない! 壊れちゃった! うわーん!」
慌てるケイティーを見て、私は冷静に、『それ、魔力が尽きただけだよ』と教えてあげた。
ケイティーの魔力量だと、連続で7~8回程度しか開閉出来ないみたい。
「少し休んだらまた使えるから、仕舞っておきなさい。」
「あうう、うん、そうする。」
しょんぼりしているケイティーは、スラッとしたお姉さんタイプなんだけど、なんか可愛く見えた。お肌ツヤツヤ。
ケイティーの住んでいる安アパートの前に来た時に、ちょっとお茶でも飲んでいく? と聞かれたけど、もう遅いから帰ると言って断った。
「ねえ、私達、また会えるかな?」
「機会があれば、再び巡り合うでしょう。」
なんだこれ、こんなセリフ、京介の時代に言われたかったぜ。しかも、こんな北欧系美人にさ。こんちくしょー。
ばいばーいと手を振って、ケイティーが建物に入ったのを見届けて、私の姿は宵闇に消えた。
上空には、青い光跡を引いて飛んで行く一陣の光があった。
「あっ、ねえねえ、言い忘れちゃったんだけど……、あれ? 居ない……」
一瞬目を離しただけなのに、私の姿が煙の様に消えてしまった事を不思議に思いつつ、ケイティーは部屋に戻った。
「なーにかっこ付けとるんじゃ、ソピーよ。」
上空ではお師匠とヴィヴィさんが待っていた。
「
「わしもじゃが、仮説は組み立ててみた。」
「じゃあ、家まで競争ね。私に勝てたら、その回答を聞いてあげましょう。」
「何を偉そうに! では行くぞ、3、2、1、ドン!」
3条の青い光跡が夜空に流れる。
しかし、その内の一つが更に加速して他の2つを引き離してゆく。
「皆すごいね、正解だよ。だけど、私は未だ加速出来る!」
私の足先にもう一つの光が現れ、双発のエンジンで加速を開始する。
私の頭の先には水蒸気の白いコーンが現れ、更にそれを突き抜けて行く。
雷鳴の様な音を残して私は飛んで行く。
「あーん、ソピアちゃーん。ずるいー!」
「ソピーめ、音の速度を越えおった。」
我が家までは、ほんの数分で到着。
家の中に入って、お茶を淹れるためにお湯を沸かしていると、10分程して、二人も到着した様だ。
「はい、お疲れ様。お茶の用意が出来てるよ。」
「もう、推進力を2つ作るのはずるくないー?」
「そんなルールはありません。」
「だったら、3つでも4つでも作ればもっと速くなる?」
「うーん、でも、限界は有るんだよね。空気の膨張速度とかあるでしょう? それは越えられないの。もし、それを越えようとするなら、もうちょっと違う方法を考えないとだめかもねー。」
「うーむ……もっと違う方法か。」
「最も、それ以上の速度を出す必要が有るのかっていう、根本的な問題もあるんだけどね。」
「まあ、そう言われちゃうとそかもねー。」
お師匠には以前にジェットエンジンの事を話した事が有ったのだけど、ヴィヴィさんは全く無の状態から構造を推測したのは凄いとしか言い様が無い。
まあ、それはさておき、今日は色々疲れたので、お風呂に入って、お休みなさい。
「ちょっと待ってよー。答え合わせがあるでしょう?」
誤魔化されなかった。
私に勝てたらって言ったんだけどな。まあいいか。
黒板を取り出して、眼鏡を掛けて、さあ、講義の時間ですよ。眠いけど。
「まず、お師匠とヴィヴィさんの考えた方法を教えて下さい。」
「わしの考えた方法は、お主の足元が青く光っておったのは、放電現象だと仮定したのじゃ。電力を使って頭の方に細い陰極、足先に広い陽極を設定し、イオン化した空気の風を発生させる事によって、推進力を得る。魔力で単純に空気を押し出すよりも、効率的に連続して推進力を得る事が出来る利点がある。どうじゃ?」
「はい、良い所に気が付きました。でも半分ハズレ。それは、あっちの世界ではイオンクラフトとかリフターと呼ばれるものですね。しかし、大きな推力を得るには投入したエネルギーと得られる運動エネルギーの収支が赤字なので、あまり効率の良い方法とは言えません。」
「うーむ、面白い方法じゃと思ったんじゃがなぁ。」
「はい、次はヴィヴィさん。」
「私は、ソピアちゃんのやり方をずっと観察していて気が付きましたわ。足元の青い光は、青玉ですわ。」
「はい、正解。それで?」
「前方から大量の空気を吸い込んで、後方で圧縮、熱エネルギーを与え、膨張した空気を後方へ一気に噴射する。前方に大きなラッパの先の様な吸入口を設けて、大量の空気を吸い込む事によって、噴射を高めているのですわ。」
「かなり近いです。それは、あっちではラムジェットエンジンと言います。問題点は、自然吸気なため、高速移動中でないと必要な流量を得られないため、効率が良く作動出来ません。」
「じゃあ、正解はー?」
良い歳した爺さんとおばさんがキラキラした目で見てるよ。かわいいよ。
魔導はイメージだから、同じ魔力を持っていたとしても、知識として知っていれば出来る、知らなければ出来ない、という問題点がある。知識は重要なのだ。そして、その知識を応用出来る知恵も。
知識量と知恵を兼ね備えた者を賢者と呼ぶが、知識と知恵を兼ね備えるには物事に対する飽くなき探究心、知識欲が旺盛でないと賢者と呼ばれる域まで到達する事は出来ないのだ。
これは、持って生まれた気質も関係するので、誰でも努力だけで成れるのかというと、難しいものが有る。
簡単な例えで言うと、誰でも学校で好きな科目というものは有ると思う。そして、その好きな科目はあまり勉強しなくてもすんなり頭に入ってくるし、理解も容易なのに対して、嫌いな科目はいくら勉強しても頭に入って来ないという経験があるだろう。
この、好きな科目こそがその子の天賦の才なのだ。
全方面に対して、この『好き』という感情を持つ事が出来る人が賢者と呼ばれる希少な人なのだ。
人間は全て平等で、全ての子供には無限の可能性があると大人は言うけれど、誤解を恐れずに言うと、それはある意味正解で間違い。無限の可能性は、その子が自分の天賦の才能を見つけられたその先にあるのだ。
人は生まれつき持って生まれた天賦の才が、それぞれ個々人で違っている。
ここを理解しないで一律に同じ教育を施すのは失敗だと考えられる。その子の持つ、ユニークな天賦の才を見つけて、そこを伸ばすべきなのでは無いだろうか。
新設するサントラムの上級学校では、その内の魔導に関しての天賦を持っている子供を見つけ出し、教育を施すという使命を持っている。
「私のやり方はこう、という前置きをして置きます。もっと良い方法があるかもしれないから。あっちの世界で主流になっている、オーソドックスなタイプのジェットエンジンの構造を魔導で再現しています。」
ヴィヴィさんのラムジェットの構造をベースに、前方にトルネード状の圧縮機、燃料の代わりに高温の熱を発生させる為のプラズマ球。推力方向を自在に可変出来る偏向ノズル。これらの構造をみっちり解説してあげた。
「つまりね、ヴィヴィさんは、事象を良く観察してほぼ正解を導き出している。大賢者のお師匠は知識が有り過ぎて、自分の知識内だけで独自路線に走り過ぎた。」
ガッツポーズのヴィヴィさん。お師匠は頭を掻いている。
「今回はヴィヴィさんが正解ではあるけれど、お師匠の自分独自の方法を導き出そうという工夫とチャレンジの姿勢は悪くないです。発明は失敗を恐れない、飽くなき好奇心と行動力より生まれます。では、今日の講義はここまで。」
眼鏡をくいっと上げて、本日の講義は終了。
あー眠い、お休みなさい。
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