第36話 ケイティーの鍵

 「あーっ! 悔しすぎるー!!」


 「だねー、これも勉強になったよ。出かける前に、その場所に棲んでいる魔物の習性や利用可能部位程度は調べてから出かけないと駄目なんだ。」


 「それでも、大金貨84枚だよ! 贅沢しなければ、4年は何もしないで暮らせるよー!」


 「うん、思わぬ臨時収入だったね。」


 「ねね、これから打ち上げしない? 端数の小金貨でぱーっとやろうよ。私、入ってみたかった店があるんだ!」


 「うん、いいね。どんな店?」



 ケイティーに付いて行くと、商区を抜けて、一般居住区も抜けて、貴族居住区までやって来てしまった。

 そして、一つの宮殿かと思うような大きなレストランの前で足を止めた。



 「え? ここ貴族区だよね? 私達じゃ入れてもらえないんじゃない? ドレスコードだってあるのかも。」


 「いいからいいから。その時はその時よ。お金ならあるんだから。」


 「ちょっとまって、駄目だよそういうのは。服だけはちゃんとしたのを買って来よう。」


 「そうなの?」


 「そうだよ、こういう店は雰囲気も楽しむ所なんだから、私達は育ちもあまり良いとは言えないんだから、形だけはきちんとして来ようよ。」



 私達は、商区まで引き返して、高級そうなブティックに入った。

 店員は私達の格好を見て、ちょっと嫌そうな顔をして飛んで来た。



 「お客様、ご用件は何でしょうか?」



 体で通せんぼするかの様に通路を塞ぐ。



 「イブニングドレスを買いたいのだけど。」


 「それでは、この前の道をずーっと工区の方へ行くと、お客様にぴったりの店が御座いますよ。」



 ここはお前達の来る店じゃないと言いたい訳か。

 その言葉を無視して、店員の横を通り抜け、イブニングの飾ってある一角へ行って、勝手に物色する。



 「お客様、ああ、その様な汚い手で、乱暴に扱わないで!」



 私とケイティーの持っていたドレスを、さっとひったくった。



 「ここは、あなた達の様な者の来る様な店ではありません! これらの服は、とっても高価な物なんですよ! 汚い手で触らないで! 大体、この服を買えるお金は持っているのですか? 貧乏人はすぐに出て行って!」



 うわ、丁寧口調も保てなくなってきてるよ、この人。

 お金ならあるよ、と言いかけた所に背後から声がかかった。



 「あらあ? この店は見た目で客を差別するのかしらー?」



 振り向くと、そこにはヴィヴィさんが居た。

 その後ろには、お師匠も居る。

 店長がすっ飛んで来て、横柄な店員を突き飛ばしてペコペコしている。

 突き飛ばされた店員も、一回転して戻ってきてペコペコしている。

 面白い。

 店長は、店員をガミガミ怒っている。



 「店長さん、他のお客さんが居る前で店員を叱るのは駄目よー。」


 「は、はは、申し訳ありません!」



 店長さんは汗っかきだね。今日は暑いもんね。



 「そこのあなた。この子達に似合うドレスを選んで頂戴。」



 指名されたさっきの横柄な店員は、顔面蒼白で私達のドレスを選んでくれた。

 私達がどんな立場の人間なのか、計り兼ねているという表情だ。もしかしたら、有力な貴族の身内が冒険者をやってたという可能性も無くはない。自分の浅慮にぞっとしているという表情。


 小半刻もして、私達二人のドレスが決まった。落ち着いた色合いの、フォーマルな場に着て行けそうな、それでいて若者の華やかさもある、素敵なドレスだ。店員さん、頑張った。

 裾上げも終わって、ヴィヴィさんに挨拶しようとしたら、お師匠と二人共ドレスアップが完了していた。



 「お洋服のお代は、あなた達が稼いだお金から払いなさい。そして、お食事は私達と一緒に付き合って貰うわ。」


 「「えええ」」



 私は、まあいつもの事なので慣れているけど、ケイティーはかなりキョドっている。

 ドレスの代金を払おうとしたら、迷惑を掛けたからと無料にしてくれようとしたのだけど、ヴィヴィさんの『正当な仕事に対する正当な報酬は受け取らなければ駄目よー。』の一言で、一人大金貨2枚を払って店を出た。

 20万円のドレスかー、他で使う事あるのかな……

 ヴィヴィさんとお師匠に付いて行くと、到着したのはさっきの超高級レストラン。



 「さあ、今日は私のおごりだから。好きな物を食べなさい。ただし、ソピアちゃんだけはお酒は駄目よ。」



 店内に入ると、ちょっと薄暗い感じに調光され、豪華な調度に、見た事も無い大きさのシャンデリア、そして、静かな音楽が流れている。音楽はもちろん、生演奏だ。

 ウエイターに案内されたのは、窓際にある大きな丸テーブル。

 勝手に座ろうとしたら、すっと椅子を引かれた。うへ、やばい、緊張する。



 「どどどどうしよう。ソピア、私テーブルマナー分からない。」


 「なによ、ケイティーがここに入ろうって言ったんじゃない。」



 二人共ガチガチに緊張しているのに、その様子を見て年寄り二人はニヤニヤしている。



 「失礼ね、私はまだ若いわよ。」



 読むな!



 メニューがそれぞれ各人に渡されて、開いてみるけど写真も無い文字だけでどんな料理なのかが全然分からない。しかも、値段も書いて無い。ちょっと怖い。多分、お師匠のメニューにだけ料金が書いてあるのだ。

 文字だけメニューで、しかも変なネーミングの料理ばっかりなので、内容が全然想像出来ない。

 困ってヴィヴィさんをチラチラ見ていると、助け舟を出してくれた。



 「皆、特に希望が無ければ、コース料理で良いかしら?」



 コクコクコクコク。私とケイティーは、壊れた玩具みたいに首を振った。



 「ケイティーちゃんは、15歳よねー。何かお酒飲む?」


 「あ、それじゃ、赤葡萄酒を……」



 ヴィヴィさんが無言でウエイターの方を見ると、すっと近付いてくる。



 「このコースを全員に。赤ワインを3つに、この子には赤葡萄果汁をお願い。」


 「焼き方はどういたしましょう?」


 「ミディアムレアでお願い。」



 店員が去った後、緊張してガン見していた私達に気付き



 「あらっ、お肉の焼き方を勝手に決めちゃったけど、良かったかしら?」



 コクコクコクコク。再び、私達二人は無言で頭を振った。

 私達はテーブルマナーなんて全然分からなかったので、お師匠とヴィヴィさんが手を着けるのを待って、その様子を真似した。



 「ナイフとフォークは、外側から順番に。パンは、齧り付かないで、一口ずつ千切って、手が汚れたら、そこのフィンガーボールで濯ぐ。」



 私達が間違えそうに成ると、そっとアドバイスをしてくれる。

 そして、メインの肉料理を食べ終わって、デザートになった所でヴィヴィさんが口を開いた。


 「あなた達の冒険を見させてもらったわ。お互いに協力してよく頑張ったわね。タイラントは、ちょっと危なかしかったけど、良く切り抜けたわ。おめでとう、結構得るものはあったんじゃないかしら。」



 ヴィヴィさんが見ていたのは全然気が付かなかった。



 「ケイティーさん。あなたはサントラム学園の卒業生よね?」


 「あ、はい。」


 「剣術科よね。魔力は全く無いのかしら?」


 「いいえ、背負い袋の荷物をを持ち上げる位は出来るのですが、火とか氷とかの属性魔法は全然覚えられなくて……」


 「ふぅん……今度王都に、サントラムの上級学校を作るって話は聞いているかしら?」


 「はい……。」


 「当初、生徒は魔術士のみにしようと思っていたの。でも、剣術科卒でも、魔導師をする程では無いにしろ、魔力は少し持っているという人は一定数居るのね。そういう子達を集めて、魔導剣士科を作ってみようかなと思っているのね。」


 「……はい。」


 「ちょっとだけ、あなたの魔力を見せてくれないかな?」


 「……はい、では、少しだけ。」



 ケイティは、回りを見回すと、空席に有った椅子を持ち上げて、手元に引き寄せて見せた。



 「まあ、良いんじゃない?」



 そして、バッグをガサゴソやって、一つの鍵を取り出した。



 「じゃーん! 新型魔導倉庫鍵ーーー!」



 ドラ○もんか、あんたは。



 「ちょっと、これを手に持って、この校章の所に親指を当ててみてくれない?」


 「……はあ。」



 言われた通りにするケイティ。



 「そして、鍵に魔力を流すの。」



 見ていると、ケイティの持った鍵が少し光り始める。

 すると、すぐに目の前に紋章の扉が出現した。



 「おお、やった!」


 「その真中にある鍵穴に鍵を突っ込んで右に撚るの。」



 言われた通りにすると、魔導倉庫の扉が開く。



 「おめでとう、その鍵はあなたの物よ。」


 「これが、私の物……」



 ケイティーは、魔導鍵を抱きしめて涙を流した。

 ハンター試験を受けてから今日までの僅かな期間で、目の回る様な幸運に巡り合った。もう一生分の幸運を使い果たしたのではないかと思う程の幸運のラッシュが押し寄せて来たと思った。



 「ヴィヴィさんは、ケイティーにも無料ただでモニター兼広告塔をさせるつもりでしょう?」


 「それを言っちゃ台無しだわー。」


 「ところで、私の持っているのと新型では何処が違うの?」


 「見た目は一緒ね。セキュリティを強化してあるの。」



 要するに、錬金工房で私が言った、コアにガラスを使ったら良いのでは、というヒントを得て、新たに構造を変えたらしい。

 魔導式を針の様に細いガラス管に記述してあり、真鍮製の鍵の中心に埋め込んであるのだという。

 物理的にこじ開けようとしても破壊されるし、魔術的に解析しようとしても、魔導ロックが何重にもかかっている上、強すぎる魔力が流れると、焼き切れてしまうらしい。



 「だから、決して落としたり、強い衝撃は与えないようにね。どうせ指紋認証であなたにしか使えないのだけど、他人に触らせるのも絶対駄目。守れる?」


 「はい、必ず守ります!」



 ケイティは思わぬプレゼントに舞い上がっているみたいだけど、ヴィヴィさんは多分、ただで施しなんてしないよ。ビジネスライクだぞー? わかってるのかな?



 「それでね、今度作る学校の入学の話なんだけど……」



 ほーら始まった。

 開校は半年後、それまではケイティーは好きにハンターをしていてくれて良いけど、事ある毎に魔導倉庫を見せびらかせて人の興味を煽って欲しいという仕事があるらしい。学校が開校したら、モニター学生として、入学してもらう。入学金は免除。断ってもいいけど、その場合は魔導鍵は返却してもらう。という事らしい。


 一旦喜ばせておいて、後から条件を言うなんて、どこの悪質キャッチセールスだよ。

 ケイティー、まだ頭がボーッとして、回ってないよ? 今すぐ返事しないほうが良いよ?


 私のアドバイスにより、返事は後日という事になった。

 でも、私の予想だと、受けちゃうんだろうなー。



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